第12話 元聖女様、スカウトされる
「いや〜急にミサキちゃんを連れて行ってゴメンね」
場所は洞窟から屋敷に戻る。
出迎えてくれたマリオさんもリュウさんと同じように私の心配をしてくれた。
そして現在、私達はリビングでテーブルを囲むように座った。
「うん。美味しい白湯だね」
『茶葉を切らしていて申し訳ございません』
「あはは。こっちが急に押しかけちゃったわけだし、気にしないでいいよ。それにしても凄い完成度の人形だねキミは」
頭を下げるマリオさんに対して興味津々な反応をする魔王フェイトさん。
「屋敷に仕掛けられた結界や魔法もかなりのものだし、前の住人は相当な実力者だね」
意外なことに養父様がこの屋敷を訪れた事は無いとマリオさんから聞いているので、養父様に鍵を渡した人物の事なのだろう。
どうして養父様はそんな鍵を私に譲り渡したのか?私も偶然この屋敷の主人になってしまったけど未だに知らないことの方が多い。
「それで魔王よ。何故ミサキを誘拐などした」
「キミが心配だったんだよ。急に前の棲家から消えてしまったからね。みんな大騒ぎさ」
大変だったんだよ? とフェイトさんは語る。
「ミサキちゃんはピンと来てないけど、彼の扱いは台風と同じでね。あまりウロウロされると心臓に悪いんだ」
この私の隣でのんびりあくびをしているドラゴンが災害扱いされてる超危険物?
全然そんな風に見えない。
「我が何処へ行こうと勝手だろう」
「ボクにキミを止める権利は無いけど行き先くらいは教えてくれないとね」
マイペースなリュウさんに嘆息するフェイトさん。
交流があるらしい二人の日頃の力関係がなんとなく理解出来た気がする。
「慌てて行方を探したらこんな場所でスローライフしてるものだから驚いたよ。それで詳しい事情を聞こうとミサキちゃんをお借りしたんだよ」
「我がいる時でもいいだろう」
「そこは……ね?」
私の方に目をやるフェイトさん。
洞窟での会話の時に下手な回答をしたら私は消されていたんだろう。
嘘なんてつかずに素直に話して良かったと思う。
「まぁ、ミサキちゃんに悪意は無いし、何か訳ありみたいだからね。手荒な真似はしないよ」
「ミサキは我の恩人だ。そんな事をすれば貴様でも咬み殺すぞ」
「ちょっと! だから肩の傷は気にしなくていいですから物騒な事言わないでください!」
歯を剥き出しにしてフェイトさんを威嚇するリュウさん。
どうしてそう攻撃的なのかな。
私は仲裁に入って短気な方を宥める。
どうどう。
「えーと、あとは何だっけ……そうだ!ミサキちゃんって今フリー?」
「フリーって所属の事ですか?養父が亡くなって追放されたので無職ですけど」
「それならさ、ボクに雇われてみない?」
私が魔王の元で働く?
それは元聖女としてアリなのだろうか?
「何を言う。ミサキは我の恩人だ。誰かに縛られる事は許さない」
わかったらさっさと帰れとジェスチャーするリュウさん。
だけどフェイトさんはそんな事気にせずに話し続ける。
「高待遇でお給料も払うし、何なら物品を現物支給でもいいけど」
「お受けします!」
「おいっ!!」
躊躇なく私は二つ返事で返答した。
「ちなみに何をさせるつもりですか?あまり荒事には巻き込まれたくないんですが」
「全然そんなのじゃないよ。この屋敷と周囲の景観を見て思ったんだけど、宿屋を開業してみない?」
宿屋? 民宿のような感じの?
『魔王様、どうして宿屋なのでしょうか。ミサキ様は治癒魔法がお得意です。治癒院ではないのですか?』
私もマリオさんの意見に賛成だ。
「じゃあ、どうして宿屋なのか説明するよ」
そう言ってフェイトさんはどこからともなく地図とペンを取り出してテーブルの上に広げた。
「ここが神聖教会がある人間の国で、こっちが現在地だよ」
地図を見ると、この屋敷があるのは私がいた大きな国の国境の端から少し外れた場所だった。
「そしてこちらがボクが統治している魔族の国だ」
ペンで新しく印をつけられた国もこの屋敷からそう遠くない場所に国境がある。
二つの国境の間に出来た空白地帯。それがこの屋敷が建っている場所だった。
「大昔にボクら魔族と人間の間で戦争があってね。戦が終わってからはこの近辺は緩衝地帯として放置されているんだ」
「それと宿屋に何の関係がある?」
「戦争が終わってかなりの月日が経った。ボクはこれから人間達と国交を再開しようと思ってね。その足掛かりになるような場所が欲しいんだ」
子供のようにキラキラした目で目標を語るフェイトさん。
地図を見る限りだと屋敷はちょうど真ん中に位置している。
「緩衝地帯を真っ直ぐ突き抜けるのは骨が折れそうだし、途中で休める場所が欲しいんだ」
「そんな大人数は泊まれませんよ?」
「キャラバンは野宿が基本さ。ボクが欲しいのは人間や魔族が互いに交流したり、種族の垣根を越えて休める憩いの場さ」
「それが宿屋?」
「最初はね。ゆくゆくは周囲に建物や店を増やしてリゾート地になればいいなと」
お互いを尊重し合って客同士が仲良くなる。
人間と魔族がそれぞれ出店し、利益を出しながら両種族が偏見なく笑って疲れを癒せる夢の楽園計画。
「私には荷が重く無いですか?」
「ボクが一番期待しているのは彼だよ」
指さされたのは私ではなくリュウさん。
「あの竜王が気に入って住み着いた場所なら誰も争ったりしないし出来ないよ」
「そんな奴がいたら捻り潰してやる」
鼻息を荒くするドラゴンの王様。
洞窟で魔王をワンパンしていた姿を思い出すと、確かに逆らえないか。
人型は弱体化していると言っていたし、怪我をせずに全力なら本当に強いのだろう。
「とはいえ、ミサキちゃんにも期待しているよ。キミのその力があれば宿屋は儲かるよ」
「治癒魔法で儲かるって、それこそ治癒院と変わらないんじゃ……」
「治癒魔法はあくまでキミの力の一部だよ。ボクが期待しているのは別の力だ。直接見てもらった方がいいかな」
フェイトさんはそう言うと屋敷の裏にある畑に行ってしまった。
私達もその後に続いて外に出た。
まだ芽が出ていない畑には野菜の種が植えてあって毎日欠かさず水やりをしている。
「ちょっと借りるよ」
フェイトさんが畑の一角に魔法を唱えると、土の中からうねうねと植物のつるが生えた。
「そしてこうだ」
再び魔法を使うと今度はつるが元気を無くしてしおしおになって枯れてしまった。
「ミサキちゃん。この植物に魔力を流してよ」
「こうですか?【ヒール】」
私は言われるがまま枯れたつるに治癒魔法を使った。
教会では小さな怪我をした子を相手に練習をしていたけど植物相手に使うのは初めてだ。
そもそも水さえ与えていれば育つ植物相手に魔法って魔力の無駄使いだと思うんだけど。
『凄いですね』
私が魔法を使うと枯れていた植物に緑色が戻ってうねうねと動き出した。
それもフェイトさんが最初に生やした時より活発に動いている。
「ただ怪我を治すだけじゃなく、ミサキちゃんには魔法をかけた相手の心と体を癒したり生命活動を活発化させる効果もあるんだよ」
フェイトの解説を聞きながら私は自分の力に驚いた。
そんな効果もあるなんて今まで知らなかった。
誰かを癒す力もあるなんて……教会では誰も気づかなかった力だ。
「ミサキちゃんにはこの力を使ってみんなを癒したりおもてなしして欲しいんだ。どうかな?」
私に隠されていた力を見抜いたフェイトさん。
魔王というだけの事はあるし、お互いの誤解が解けたら親しみやすい性格の人だ。
私にはこの力しか無いから教会の外には居場所なんて無いんだと思っていた。
でも、この人達となら新しいナニカが生まれるかもしれない。
それに宿屋に色々な場所から人が集まればいつか記憶を無くす前の私の情報も集まるかもしれない。
「私、やります!」
「交渉成立だね」
こうして私は魔王であるフェイトさんがスポンサーの宿屋を開業する事になったのだった。
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