第11話 元聖女様、誘拐される


「んっ……」


 途切れていた意識が覚醒する。

 ゆっくりと目を開くと知らな天井だった。

 岩肌が剥き出しの洞窟のような場所で私は寝転がされていた。


「おや、目が覚めたかい?」


 そう言ってこちらを覗き込むのは畑で声をかけてきた白髪の優男。


「っ!!」

「そんなに怖い顔しないでよ。話を聞くまで何もしないからさ」

「話が終わったら何かするんですね」

「それはキミの返答次第かな?」


 顔に笑みを浮かべているけど怪しい雰囲気を感じる。

 さっきは赤い瞳を見たら急に眠気が出て来たからそういう魔法を使われたのかもしれない。

 私なんかを攫って何を聞き出そうというのか。


「教会の事なんて私は何も知りませんよ!」


 聖女になったとはいえ、教会ではこちらの生活に慣れる事と治癒魔法の練習で手一杯だった。

 内部の事情だとかお偉いさんのやり取りなんかは養父様に任せっきりだったお飾り聖女だったから。


「教会についてなんて一言も言ってないよ。キミ、神聖教会の人間なのかい?」


 し、しまった! 私ったら余計な事を!!


「ベツニ、ゼンゼンチガウ」

「誤魔化せてないよ。それで、教会の人がどうしてこんな場所に?」


 興味深いと私から視線を外さない怪しい男。

 近くの岩に足を組んで腰かける姿が様なっている。

 聞き間違いということにしてくれない

 こうなれば素直に話すしかない?


「元教会の人間です。ちょっと訳あって追放されちゃいました。それであの屋敷に住んでます」

「追放ね。それにしてもあんな辺境に住むなんて物好きだね」


 あんな辺境?

 地図もないから現在地が何処なのか分かっていないけど、そんなに変な場所なのあそこ?


「キミがあの屋敷に住んでいるのは分かった。それで、彼とはどういう関係なんだい?」

「彼って……」

「銀色のドラゴンだよ」


 リュウさんの関係者か。

 人間離れした髪色や雰囲気は確かに近いかも。


「彼は有名人でね。色々な者が彼の動向に注目しているのさ」


 自称竜の王様だと思っていたけどかなりの大物だったみたい。

 日頃はちょっと意地悪なガキ大将みたいな性格しているのに。


「それで君と彼の関係は?」

「患者と恩人です」

「患者?」

「はい。森の中で怪我していたリュウさ……竜王様を私が助けました」

「彼ほどの存在が怪我を……それで彼を治療のためにあの屋敷に招き入れたのかい?」

「いいえ。勝手に懐かれて、療養するって言って無理矢理押しかけてきました」

「は?」


 男性の目が点になる。

 私だって驚きだ。鶴の恩返しならぬドラゴンの恩返しなのだから。


「まぁ、部屋は余っているから別にいいんですけど、これって不味かったりします?」

「そういう理由なら仕方ない……のかな?とりあえずキミは彼を無理矢理縛り付けているとか利用しようとか考えていないんだね?」

「勿論ですよ。ドラゴン相手に勝てるわけないじゃないですか」


 その言葉を聞いて、男性は足を崩してリラックスするように背筋を伸ばした。

 今までの態度は私に圧力をかけて情報を聞き出すためだったのかな?


「それを聞いて安心したよ。よからぬことを企む連中に利用されているかと思ってね。それなのに彼から押しかけただなんて……ははははっ」


 口元に手を当てて笑う男。

 よっぽど面白かったのか笑いが止まらない。ツボに入ったようだ。


「そんな事しませんよ。それで、私は解放してもらえるんですか?」


 態度が軟化したし、私が無害な事も分かってもらえたらこのまま素直に帰してくれるだろうか。


「うん。そうしたいのは山々なんだけど、今度はキミ個人について興味が出て来たね。その魔力に治癒魔法が使えるキミがどうして追放なんてされたのか」


 再び男性の瞳が妖しく光る。

 その私を見透かすような視線に首の辺りがゾワゾワする。

 

「ボクの目は魔眼でね。色々と特殊で他人の魔力が見えたり、簡単な催眠をかけたり出来る。キミをここに連れてくる時にもその力を使ったんだよ」


 魔眼。

 生まれ持った特異体質で、目に不思議な力が宿っているもの。

 かなり珍しいもので実物を見るのは初めてだけが、そういう知識は教会で教わっていた。


「平均的な人間の魔力と比べて桁外れのキミを教会が放っておくわけないと思うんだけど?」

「後任が見つかったのでお前は用済みだと言われました。あとは濡れ衣を着せられて殺されそうになった所をなんとかここまで逃げて来たんです」

「キミ、苦労してるね」


 初対面の誘拐犯にも同情されてしまった私。

 本当に運がないというか、ついてない。


「勿体無いよ。キミみたいな人材がこんな場所で燻っているなんて。よければボクがーーー」


 言葉の続きは聞こえなかった。

 ドゴーーーン!! という轟音と共に男が洞窟の壁にめり込んでしまったからだ。


「大丈夫かミサキ!!」

「あ、リュウさん」


 ものすごい勢いで男を殴り飛ばした犯人はリュウさんだった。

 呼吸が荒い彼は私の元にダッシュで近づくと体のあちこちを触りながらオロオロとしだした。


「怪我は無いか?変な事はされていないか?マリオから話を聞いて急いで来たが」

「ご心配おかけしました。私は大丈夫です。ちょっと誘拐されてお話してただけです」


 私に何も無かったと分かるとホッと肩を下ろすリュウさん。

 普段はガキ大将みたいなところがあって私にいじわるするのにこういう時は過保護になるんて意外だ。


「それで、お前を攫った愚か者は何処だ?我が灰にしてやるぞ」


 怖い顔で鼻息を荒くするリュウさん。

 犯人ならそこの壁に大の字で埋まってます。

 ギャグ漫画みたいな状態だけど大丈夫なのだろうか?

 生きてる? 生きてるならヒールでどうにかなるけど。


「相変わらずの馬鹿力だね……服がボロボロだよ」


 私の心配なんて不要とばかりに自力で壁から出てきた男は汚れた服をポンポンと払う。

 ドラゴンの一撃でも体に大した傷が無いということは普通じゃない。

 並の人間なら潰れたトマトになっていたかもしれない。


「むっ。貴様は魔王ではないか。こんな所に何のようだ?」

「ま、まおう?」


 こちらへ近づく男の姿を見て、リュウさんがとんでもないことを言った。

 魔王って、RPGゲームなんかでお馴染みのあの?

 世界征服してやるぜ!的な野望を持っている悪の親玉?


「改めて自己紹介をするね。ボクは魔王フェイト。竜王とは長い付き合いの友人さ」



 こうして、異世界で二人目の王に出会った。

 彼との出会いもまたのちの私の人生を大きく変える出来事になるのだけど、まだこの時の私はそんなことを知らなかった。



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