第10話 元聖女様、不審者その2に会う
一週間が経った。
私もこの屋敷での暮らしにそれなりに慣れて来た。
ふかふかのベッドでぐっすり寝て、マリオさんに起こされてみんなで一緒に朝食を食べる。
その後は畑仕事や洗濯・掃除を手伝い、お昼を食べる。
夕食後には温かいお風呂に入ってベッドの中へ。
なんて健康な生活を送っているんだろう……。
「いや、定年退職後の老人かい!!」
「どうしたミサキ?」
美味しい朝ご飯を食べた後に机を叩いた私を心配するのは背の高い銀髪の竜の王様。
「私ってばただ食べて寝るだけの生活をしてますよね」
「それは駄目なのか?」
「私は働きたいんですよ!」
今の生活は悪くない。
悪くないんだけど、教会で毎日聖女として日々仕事に追われていた身からすると、何もしないで働かないのはちょっと退屈なのだ。
労働は生きがいです!……と社畜とまでは言いたくないが、やりがいのある事した気持ちはある。
「労働か……」
「リュウさんはお仕事の経験ありますか?」
「あるぞ」
リュウさん。
のっぺらぼうの人形をマリオさんと呼んでいたら自分の事も名前、もしくはあだ名で呼んでくれとしつこく言われたのでこう呼んでいる。
本名からもじってあだ名を付けようとしたが、「本名なんて古すぎて忘れた」らしいので竜王から取ってリュウさん。
マリオさんのように魔力を奪われて強制的に契約……とならなかったのは助かった。
ドラゴン相手だと私の魔力どころか生命力の全てを持っていかれて死にかねない。
「我の使命は世界の守護だ!」
「へー、すごいですね」
「そうであろう?」
うん。どこからツッコんだらいいかわからないからパスだ。次、
「マリオさんは経験ありますか?」
『ワタシはマスターの身の回りのお世話をするのが仕事ですね』
そうだった。マリオさんは専業主婦のような立場だ。
どうやら参考になりそうな人がこの場には一人もいない。
私の年齢だと日本では学生をやっているけど、こちらの世界では学校で学べるのは通えるお金を持っている裕福な人だけ。
それ以外の子供は親の仕事の手伝いをするのが当たり前だ。
私も養父様から学校に通わないか?と言われたけど、とりあえずは生きるだけで精一杯だったし断った。
学校に未練が無いわけではないけど、聖女としての仕事はそこそこにやりがいがあった。
それに代わるような仕事……畑仕事とか?
でもまだ家庭菜園レベルだしなぁ。
「我は肉を森で獲るからな。狩人としても働いているぞ」
むふー、と腕を組んで自慢するリュウさん。
このドラゴン、最近気づいたけど精神年齢が中学生男子くらいで止まっている。
「畑の手伝いをしようとして道具を壊したから狩りに逃げただけじゃないですか」
「力加減が難しいのだ」
元がドラゴンなので狩りが得意なのもあるが、この人それ以外の事が何も出来ない。
料理や洗濯、掃除だって床をびしゃびしゃにするし、うっかりドアを破壊しかけるくらいだ。
『それぞれの得意分野を実践すればそれで良いのです』
「うむ。そうだな。我は狩りをもっと頑張るぞ!」
「それだと私は治癒魔法しか無いんですよねー」
『そ、それは……』
フォローする言葉に詰まるマリオさん。
自分には使えない治癒魔法。
治癒院を開くにも場所が悪いから、近くの街や村を探して出稼ぎに行こうかな?
「では、我はまた森に行くからな」
『本日も成果を期待しております』
「任せておけ、我は竜王だからな!」
ガハハハ! と笑いながらリュウさんが屋敷を出て行った。
マリオさんも朝食の片付けがあるので、私は仕方なく畑に向かうのだった。
屋敷の裏にあるこの畑も種を植えてから毎日水やりを欠かさずにお世話している。
「出稼ぎついでに野菜を売るのもありかな?」
元聖女が作った無農薬野菜!……売れなさそう。
神聖教会の名前は有名で、その聖女ともなれば超がつく人気者かと思えばそうじゃない。
聖女とは教会で特別な地位にいる人の事で、その顔や名前が全ての国民に知れ渡っているわけじゃない。
それでも、患者を相手に聖女としての役割を全うしていけば名前は広まっていつか記憶を失う前の私を知っている人が名乗り出てくれるかも?という望みはあった。
追放されたら広まるのは悪名だろうけど。
「異世界に来たら普通はもっと楽な人生送れるんじゃないのかな」
異世界で汗水垂らしながら鍬を持って畑仕事するなんて地味過ぎる。
現実はアニメみたいに簡単にはいかないね。
「はーどっこいしょ! よっこいしょ!」
誰にも見られていないからお婆ちゃんみたいな掛け声で耕す。
その内、日本で流行っていた歌を歌って一人カラオケの気分になる。
ダンスまで付け加えて決めポーズもしちゃおう。
ぐるっと回って次はお前のターンだ!
「あっはっはっ。随分と愉快な踊りだねぇ」
それは、いつの間にか私の後ろに誰か立っていた。
真っ白な髪に病気のように血色の悪い肌の男。そして何より目立っていたのは真っ赤に輝く瞳だった。
「キミが最近彼のお気に入りの女の子かな?」
「どちら様ですか?」
警戒する私と対象的にニコニコと笑いながら男は喋った。
「ボクは通りすがりのイケメンお兄さんさ」
「マリオさーん! 不審者一名発見しました!!」
「待って、冗談だから!」
屋敷の中にいるマリオさんを呼ぼうとしたら不審者の男に取り押さえられてしまった。
体格差もあって完全に動けない。
「離してください! 騎士団呼びますよ?」
「こんな森の中でかい?」
「……うっ」
街中なら兎も角、こんな人がいない場所に騎士団の詰所なんてない。
「心配しないで。ボクはキミとちょっと話がしたいだけなんだ」
「現在進行形で私の体に抱きついている人をどう信用すればいいんですか?」
「そうだよね〜……ちょっと場所を変えようか」
男はそう言うと、私の顎を持ち上げて自分の顔に近づけた。
病的だけど、どこか儚く蠱惑的な整った顔に意識が吸い寄せられる。
「あっ……」
赤い瞳が妖しく光って、その中に六芒星のマークが見えた時、私の意識が遠くなる。
「ゆっくりお休み………おチビさん」
私チビじゃないですけど!? まだこれから成長期来るんです! と反論する事も出来ずに私はガクリと気を失ってしまった。
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