第40話 元聖女&魔王&最強の竜
「さて、一件落着と言いたいけど、まだやることがあるんだよね」
フェイトさんが空気を切り替えるように手を叩いて話し出した。
私もいつまでも泣いていられないとぐちゃぐちゃになった顔を服の袖でゴシゴシと拭く。
リュウさんはすっかりやる気を無くしたようで大人しくその場に伏せた。
「な、なんだはお前達は! 勝手に城に侵入するなんて犯罪だぞ!」
「これは失礼陛下。なにせ大急ぎなものでしたので」
陛下とフェイトさんが呼んだのは腰が抜けたせいでまだ地面に座り込んでいた偉そうな男の人だった。
私の知っている王様はもっと年老いたおじさんだったので新しく王様になった人なのだろう。
フェイトさんは彼に向けてでゆっくりとお辞儀をした。
「初めまして。ボクは魔王フェイトという者です」
「「「ま、魔王!?」」」
自己紹介を聞き、その場にいる王国の人達が悲鳴まじりの声を上げた。
それもそのはずで、自分達がこれから戦争をしようとしていた相手のトップが今目の前にいるからだ。
「だ、誰かこの男を捕えろ! 早くしろ!」
「止めた方がいいと思いますよ。さっきの氷壁を見たでしょ? 氷漬けになりたくなければ剣を抜かないことだ」
余裕の笑みを浮かべながらフェイトさんが警告すると腰に手を伸ばしていた騎士達の動きが止まる。
彼が圧倒的な力を持っているのをさっきの騒ぎで目撃している。
自分達との実力の差がどれだけあるかに気づかないほど彼等も愚かではなかった。
「ボクはキミ達を害するつもりはない。ただ、陛下と話をしたいだけなんだけどいいかな?」
赤い瞳が妖しい光を放つ。
いつでもこっちは魔眼が使えるぞというアピールする。
気圧された王様は隣にいたゴグワールに助けを求めるように縋りついた。
「ど、どうすればいい!?」
「屈してはなりませんぞ陛下。相手は残忍で醜悪な魔王。あのドラゴンもきっと奴の指示に違いない。これは奴らの戦線布告なのです!」
よくもまぁ、ペラペラと口から出まかせを言ってくれる。
私が追放された時も同じようにデタラメな事を言ってたわよね。
「おのれ魔族め! こんなことをしてタダで済むと思うでないぞ!」
「外野には口を謹んでいただきたい。これは王同士の話し合いだ」
「ふざけるな! 儂を誰だと思っておる。神聖教会の教皇であるぞ!」
「だからどうしたんだい? これは国と国同士の話なんだから教会は外野だろ?」
あくまでゴグワールを無視しようとするフェイトさんだけど相手は食い下がる。
「待て。ゴグワールは俺の補佐をしているのだ。話し合いに参加する義務がある」
「つまり、イーストリアン王国は神聖教会と肩を並べているという意味で良いのかな?」
「そうだ! 儂は陛下の命で動いているし、いずれ陛下の義父になる男だ。それをコケにするなどやはり魔族は低俗で卑しい種族だな」
あんまりにもふざけたことを言うのでカチンと来て文句を言ってやると思ったけど、私の口が開く前に胸が痛くて苦しくなった。
「グルルルルゥ……」
「リュウさん、ストップ!」
私より先に我慢の限界がきてキレそうになっていたリュウさんが唸っていた。
口から火の粉が漏れていて止めなかったら辺りが焼け野原になっていただろう。
目の前で人間が丸焼きになるところなんて見たくないし、リュウさんにそんなことはして欲しくない。
「ひぃ! さっさとその物騒なドラゴンをどけろ! 化け物を差し向けるのが魔族のやり方か!」
「生憎と彼はボクの友人ではあるけれど、部下じゃないからね。そちらの教皇のように指示は聞かないんだ」
困ったものだよね〜と他人事のように言いながら笑うフェイトさん。
私がなんとか撫でながら宥めるとリュウさんは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも思い止まってくれた。
「そもそも今回の件は彼の縄張りをこの国の騎士と教会の神官が襲ったからなんだよね」
「我が国の騎士がか?」
「うん。彼の元にイーストリアン王国から亡命しようとした人達が集まっていてね。そこを襲われたんだよ」
ゆっくりと事件の説明をするフェイトさん。
魔族のことで一番怒っていそうなのは彼なのにどうしてあんなにも落ち着いていられるんだろう。
「というわけなんだけど、理解してもらえたかな?」
「イーストリアンの国民であれば王命に従うべきだ。逃げようとした者が捕らえられるのは当然だろ」
「陛下のおっしゃる通りだ。儂らの命令に従わぬ者が悪い」
王様とゴグワールの態度は一向に変わらない。
むしろフェイトさんの方がおかしいと言いたげだ。
「そうか。じゃあ、聞きたいのだけどどうして魔族がそんな扱いを受けなくちゃならないのかな? 彼らもキミらの国の民なんだろ?」
「それは魔族が人類を脅かす侵略者だからだ! 遥か昔に大きな戦争で人間を滅ぼそうとしたのだろう?」
「百五十年以上も昔だね。けれど、その後に停戦条約を結んだし、緩衝地帯を設けることで距離を置いた。キミらにとっては先祖の話だろう?」
魔族の中には人間と寿命が大きく異なる人達がいる。
エルフのヒルスールさんやメイドのアズリカさん、フェイトさんも見た目と違ってかなり年上らしい。
そんな人達にとっては自分の経験した昔の記憶だけど、イーストリアンの今を生きる人にとっては過去の記録だ。
「それはそうだが……」
言葉に詰まった王様が隣を見る。
ゴグワールだけは依然憎しみの表情でフェイトさんを睨みつけていた。
「騙されてはなりません陛下。魔族は戦争の後、四十年前に再び侵攻しようと人間を襲ったのです!」
以前、フェイトさんが語っていた事件だ。
魔王が彼であることを認められなくて暴走した魔族達が起こしたという。
「忘れはしておらんぞ。停戦したなどと口で言って起きながら何人も人間を殺した魔族を!」
「……そうだね。キミがあの事件の生き残りだった少年だったんだから」
ゴグワールが魔族襲撃事件の被害者?
被害があった行商隊の生き残りだったなんて初耳だ。
「そうだ! この目で魔族が人間を襲う残忍な姿を見た。あの事件のせいで儂の一族は仕事を辞めることになり散り散りになったのだ! 貴様ら魔族のせいで!」
ゴグワールが主導で始めた魔族狩り。
魔族によって自分の人生を狂わされた少年が大人になって力を手にした結果。
募っていた魔族への憎しみが今回の事件引き金になった。
「陛下。今こそ魔族へ報復を。奴らを根絶やしにしなければいつ同様の悲劇が起こるやもしれませんぞ!」
「かわいそうなパパ。ねぇ、陛下。私も魔族が怖いわ。あんなのさっさっ片付けてちょうだい」
ゴグワールとソアマが王様に意見する。
二人に丸め込まれるような形のまま王様はフェイトさんを指さした。
「俺は騙されんぞ魔王。証人がいる以上、魔族の残忍さは明白だ。それにこうして我が城に不法侵入しているのは明確な罪だ! ドラゴンについてもお前なんかの言うことは信じられん! イーストリアン国王として、これは魔族から人間への宣戦布告として受け取らせもらうぞ!!」
はっきりと大きな声で宣言する王様。
隣にいる二人が勝ち誇ったようにニヤニヤしながらこちらを見る。
「陛下、罪人であればあちらにもおりますぞ」
「あらあら。いつぞやのおチビさんじゃない? あの子、前に話していた逃げ出した元聖女よ。まさか魔族に取り入ってるなんて教会の風上にもおけないわよねー」
「なんだと? 逃げ出した罪人は処刑対象だ。その娘を差し出して貰おうか」
私の顔を覚えていたようでゴグワールが指を差し、ソアマもそれに便乗する。
指名手配扱いになっているらしい私はこの国の法にのっとれば確かに処刑対象かもしれない。
「私は自分で逃げ出したわけじゃなくてあれば偶然です。それに、そもそも追放される理由が無かった!」
私だって忘れちゃいない。
あの場ではロッテンバーヤさんや他の人が心配で大人しく従うつもりだったけど騙し討ちのような形で投獄されるところだった。
「聖女じゃなくなるのはまだ許せました。けど、やっぱりお義父様を悪人に仕立てられて無実の罪を被せられたことは許せません。撤回してください!」
ずっと心残りがあって申し訳ないと思っていたことを私は口にした。
この世界に迷い込んだ小娘を拾って温かく優しく接して面倒を見てくれた立派な聖職者。
お義父様がこれまで築き上げてきた信頼や功績を台無しにされたままなのが嫌だった。
「罪人のくせにペラペラと。おい、魔王。この場は見逃してやってもいいが、その小娘は引き渡して貰おうか」
「残念だけどそういうわけにはいかないね。今の彼女はボクの大切なビジネスパートナーでね」
私を蔑んだような目で見てくる王様から庇うようにフェイトさんが間に立った。
そんなことをしたら魔族へのマイナスのイメージが更に強くなるのにも構わずにだ。
「ボクらのゴタゴタに巻き込んじゃってごめんね。キミとあの宿にいる人達は絶対にボクが守るから安心して」
「フェイトさんは悪くありませんよ」
魔族と人間が手を取り合って仲良くできるようにしたいって願いに乗ったのは私だし、避難してきた人達を受け入れると申し出たのも私だ。
そもそも最初に私が何も出来なかったからゴグワールが好き勝手にして魔族狩りなんてものを計画して実行した。
私にだって負うべき責任はあるのだ。
「あと、私を守る心配はいりません。今は心強い用心棒がいますから」
「そうだった。ボクなんかよりもずっと強い彼がいるもんね」
いい加減滅茶苦茶な事を言われ続けて我慢できなくなってきた。
今の私には何も出来ないからこういう時は頼らせて貰おうか。
やり過ぎそうだったら全力で止めるけど、やっぱり力がないと守れないものだってあると教会を追い出されてから身をもって学んだ。
「いざって時はお願いしますねリュウさん。殺すのは絶対に駄目ですけどちょっとした怪我なら治せますからね。でも、先に手を出すのは止めてくださいよ」
「注文が多い。我は手加減が苦手だから全部吹き飛ばすのが得意なのだ。……しかしまぁ、先程から黙っていれば奴らは聞くに堪えないことばかり口にする。不完全燃焼だったからな思いきり暴れてやろうか」
フェイトさんや私の言葉を聞いても馬鹿にしたような態度だった王様達がリュウさんが立ち上がっただけで顔色を悪くする。
やっぱり怖い見た目と壊れた建物がトラウマになってしまったようだ。
大丈夫だよね? 本気で大暴れしてもお願いしたら止めてくれるよね?
不安な気持ちになる私をよそにリュウさんは口を大きく開いて膨大な魔力が咆哮として放たれてしまった。
「ちょ、リュウさん!?」
真上に向かって伸びていく光はそのまま空を覆っていた雲を突き抜けた。
すると何ということでしょう。衝撃波で雲が吹き飛ばされて青空が広がるではありませんか。
「何やってるんですか!? 絶対今の大きな音と一緒に騒ぎになりますよね!」
「我が来た時点で既に大騒ぎだ。今更何をやっても変わらんだろう」
私がお願いしたかったのはいざという時に私を連れて逃げて欲しかっただけなのにリュウさんは挑発というか、威嚇するようなことをした。
あと、天候を変えるような攻撃を防いだフェイトさんも流石です。
「「「あ、あぁ……」」」
あんぐりと口を開いたまま王様やリュウさんを警戒した騎士達が空を見上げて言葉を失っていた。
中には家族の名前を呼びながら体を丸めて泣く人もいたくらいだ。
「効果覿面だね」
「笑い事じゃないですよフェイトさん。戦争にならないようにまずはどうにかして話し合いをしないと!」
今は宣戦布告をされた状態だ。
フェイトさんをはじめとした魔族の人が負ける姿は思い浮かばないけれど、開戦してしまえばお互いに犠牲者が出るのは避けられない。
何か戦争を避けられるような手を探さないと……。
「実はあんまり出来ることってないんだよね」
「諦めちゃだめですよ!」
「だってさ、もうやれる事はやった後だし」
聞き捨てならない発言に首を傾げると、フェイトさんが城門だったものがあった場所を指した。
私とリュウさんがそちらに目を向けると、立派な馬に跨った王様に何処か似た顔の青年がいた。
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