第30話 元聖女様、初接客する。

 

 変化が訪れたのはララァさん達が宿を出発して少し経った頃だった。

 いつも通りに畑の手入れやシリウス達兄妹に勉強を教えていた時に入り口のベルが鳴ったのだ。


「はーい、どちらさまですか?」


 特に予定は聞いていなかったけどフェイトさんが来たのかな?

 それとも代理でアズリカさんが来てくれたのかもしれないと思って油断していた私はその光景に驚いた。


「あの、ここがダンジョン近くで泊まれる宿だって聞いたんですけど、部屋空いてますか?」


 玄関にいたのは二人組の男性で、どちらも鎧を着て武装をしていた。

 格好から察するに冒険者の人だろうか?

 いいや、それよりも大事なことがあるだろ! と心の中でツッコむ。

 初めてのちゃんとこの場所が宿屋だって知っているお客さんだ!!


「はい、全然空いてますよ。もう開業以来お客さんいなくて部屋空き放題ですから、どどどどこでもお好きな部屋をお使いください」

「え、あ……はい?」


 必至に練習していたはずの対応マニュアルの内容がパニックになって頭から抜け落ちたせいでお客さんが混乱してしまった。

 一度呼吸を整えよう。落ち着いて、ひっひっふー……これは出産の時だっけ?


「お部屋に案内しますのでこちらにどうじょ!」

「「ぷっ!」」


 今度は接客スマイルを浮かべたけど盛大に噛んでしまった。

 穴があったら入りたいくらいだ。


「ミサキ姉ちゃん〜誰だった?」

「こらシリウス! お客さんの前よ!」

「あー、どうもいらっしゃい」


 一人でわたわたしていたら奥の方からシリウスがやって来た。

 彼はどうも私と違って特にテンパっていることもなく、普段通りの態度だった。


「お兄さん達冒険者? だったら2階より1階の裏口に近い場所がいいよ。風呂が近いし鎧を脱ぐスペースもあるから。荷物はオレが運ぶから」

「そうだな。じゃあそれで頼みます」


 そのまま冒険者さんと普通に話してシリウスは彼らが持ってきたであろう荷物を受け取り、部屋の案内をした。

 なんだろうかこの敗北感は。


「料金は帰る前に精算ね。食事は基本的に三食あるけど、どうする?」

「ここには寝泊まりしか考えていないから料理は抜きでも構わないな」

「それは勿体ないぜ。うちの自慢はシェフの料理で弁当も作ってるから冒険に行くなら是非利用してみてよくれよな」


 しかも施設の説明をしたり食事の注文まで受けているし、成長が著しい。

 最近まで数字の数え方や文字の書き方がわからなかった子とは思えない。


「ダンジョン行くか?」

「今日は移動日だし一泊してから行こうぜ」


 冒険者の二人はそのままダンジョンの探索に行くことなく部屋で休むと言った。

 彼らに部屋の鍵を渡し、食事の時間になれば呼びに来ると伝えて私とシリウスは従業員用の居住スペースへと戻った。


『いかがでしたかミサキ様?』

「なんだかもうシリウスだけでやっていけるんじゃないかって思いました……」


 心配そうに待っていたマリオさんとルーナちゃんに私の失敗を話す。

 ドワーフの親方さん達やララァさん達には全然緊張もしなかったしリラックスして話しかけていられたのに、いざ改めて正式な宿泊客だと思って接客しようとすると頭が回らなくなる。

 脳内のシュミレーションだけは完璧だと思ったのに。


「いやまぁ、ミサキ姉ちゃんの慌てっぷり見てたら逆にオレがしっかりしないとなって思った」

「ありがとうシリウス〜!」


 頼りになる従業員がいてくれてよかったと彼の手を掴んで感謝の言葉を言うとシリウスは照れ臭そうに笑った。


「人間相手だからちょっと怖かったけど仕事だと思えば平気ってわかったしな」

「そっか……それはよかったね」


 私は彼の過去の境遇を思い出した。

 人間に差別されて人間を憎んでいた魔族のハーフの少年。

 そんな彼が自分から進んで人に話しかけるのは私が思っているよりもずっと勇気のいることだ。


「おにいちゃんがんばってね」

「任せとけ。ルーナも飯の時にしっかり手伝うんだぞ」

「うん!」


 鼻息を荒くして意気込むルーナちゃんに微笑むシリウス。

 この調子なら大した失敗もなく人への憎しみや嫌悪感も薄らいでいってくれるかもしれない。


「マリオさん。今日のお客さんは明日朝から冒険に行くみたいなので今晩は精のつく料理をお願いします」

『かしこまりましたミサキ様。料理人として全力で注文を遂行いたします』


 マリオさんもララァさん達以来のお客さんに腕がなるだろう。

 私もいつまでもテンパっていられないな。

 この宿の女将は私だからちゃんとお客さんのおもてなしを頑張らないと!


「ところでリュウさんは?」

『竜王様は本日も森に出かけておられます。そろそろお戻りになるかと』

「全くあの人は……って、お客さんいるのにいつも通り帰ってくるのはマズい!!」


 森へ出かけて運動不足を解消してくるのはあの人の普段通りの行動だけど今はお客さんがいる。

 それを知らずに宿の前までドラゴンの姿で飛んできでもしたら……。


「「うわぁあああああ!! ドラゴンだ!?」」

「あー……」


 問題に気付くのが遅れてしまって客室から悲鳴が聞こえた。

 その後私達従業員は慌てて客室へと駆けつけて事情を

 説明するのだった。










「「うめぇ!!」」


 ドラゴン強襲騒ぎの誤解を解き、リュウさんの説明をしたその日の夜。冒険者二人は食堂でマリオさんの料理を食べて興奮していた。


「噂は本当だったな」

「こりゃあ、ダンジョンの中で食べる弁当も楽しみだ」


 味には満足してくれたようでホッと胸を撫で下ろす。

 ララァさん達からも聞いていたように二人は魔族らしい容姿の兄妹に特に厳しい態度を見せなかった。

 それどころか一生懸命に料理を運ぶルーナちゃんを心配していたくらいだ。

 夕食が終わると気をよくしてくれた彼らからお誘いがあってそのまま食堂で軽く話すことになった。


「お二人はどうやってここの場所を知ったんですか?」

「あぁ、それは町の冒険者ギルドにいる時に吟遊詩人のエルフが宣伝してたんだよ」


 エルフの吟遊詩人と聞いて私は以前リュウさんが拾ってきた森で行き倒れていたヒルスールさんを思い出した。

 約束通りにこの宿のことを各地で宣伝してくれているようだ。ヒルスールさんの歌はとても心地よくて楽しい気持ちになれたからなぁ……。


「それで興味本位でこっちに来てたら魔族がいるパーティーに会ってな」

「気のいい連中だったぜ。女将によろしくって言ってたな」


 今度はララァさん達だ。

 帰り際の町でこの二人に会って私達のことを話してくれたみたいだ。

 今まで関わって来た人達のおかげでお客さんが来てくれたと思うと感動的だ。


「俺達の他にも興味ありそうな奴らもいたしな。遅れてチラホラ来るんじゃねぇか?」

「この辺りはモンスターも多いし、未踏破のダンジョンもあるからこれから盛り上がると思うぜ。一発稼ぎにな」


  私達からすれば凶暴なモンスター達は脅威でしかないけど彼らからすれば大事な収入源になる。

 そうなれば怪我をする人もいるだろうから私の治癒魔法の出番もあるかもしれない。

 ゆくゆくは色んな人が遊びに来れるようにしたいけど、まずは冒険者向けとして準備した方がいいと思った。


「ところでお嬢ちゃん。この宿の女将さんってどこにいるんだい?」

「まるで聖女様みたいな人って聞いたんだが……」


 今後の経営計画について考えていると冒険者二人がキョロキョロしだした。

 リュウさんとシリウスが口を覆って笑い出したので後でお説教確定。


「私がこの宿の女将ですぅ!!」


 二人は改めて私を見て「こんな小さい子が……」と言ったので懇切丁寧に説明をしてあげた。

 こう見えても立派な大人の女性です! 子供じゃありません! と言った。

 そしたらリュウさんが驚かせたお詫びを兼ねてサービスしたデザートを分けてくました。


 むむむ。美味しいけどなんだか納得いきませんでした。





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