第29話 魔族の少年 後編(シリウス視点)
オレはナイフを女に突きつけた。
「振り向くな。あと騒ぐな。余計なことをすればお前を殺すぞ」
精一杯声を低くして、慣れない言葉を使いながら女を脅す。
治癒魔法を使えるやつがこんな辺境の村で一人あるいているなんてラッキーだった。
こいつならきっとルーナを助けられる。
人目を避けながら家まで連れて行き、治療をさせよう。
女の行動にちょっと驚いて素顔を見られてしまったけどルーナが助かるならオレなんてどうなってもいい。
魔法によって妹は少しマシな状態になったけど話を聞けばこのままの生活が続くとまた同じことの繰り返しになるらしい。
どうにか出来ないのか! ってオレは熱くなってしまった。
だけど返ってきたのは謝罪の言葉だったんだ。
「ごめんなさい……」
「謝るんじゃねぇ! 何が何でも治せよ! もうコレしかないんだ。他に何も残っちゃいないんだよ……ルーナしかオレにはないんだ……」
悔しくて涙が止まらない。
オレ達兄妹が、母ちゃんがどんな悪い事をしたっていうんだよ!
短い間だったけど三人で仲良く暮らせていたんだ。貧乏でも笑っていられたんだ。
あとちょっとで楽園に行けたのに……。
ルーナまでいなくなったらオレに生きる意味なんてないんだよ!!
どうして全部を奪われなきゃいけないんだ?
誰が悪いんだ?
もうなにもわからない。こんな風にオレ達を苦しめる世界が憎い。
ルーナを心配して魔法を使ってくれた女にすら憎しみを向けそうになった時、家の扉がぶっ壊された。
ずかずかと入って来たのは銀髪の大男。
「なんだお前! 邪魔するな!!」
オレは憎しみと怒りのままに男を殺すつもりで攻撃した。
錆びてるとはいえ、魔族のオレの力で突き刺せば人一人くらい簡単に殺せると思った。
パキン!
折れたのはナイフの方だった。
本気で殺そうとしたのに男には全く効果がなくて、唖然として改めて男をまじまじと見た。
瞬間、鳥肌立って冷や汗が止まらなくなった。
オレの体が、魔族としての本能が警告してくる。
目の前のコイツには絶対に勝てない。戦おうとしたのが間違いだ。
嵐とか津波とか、そういう類いの存在だ。
(ルーナ、にいちゃんここでお別れだ)
本当の化け物は怒っていた。
その瞳にはオレが連れて来たお人好しの女が映っていたんだ。
あぁ、あの時のオレと同じだ。
ルーナが子供達にいじめられていて相手をボコボコにした時のオレと。
この女はこの男にとって大事な人だったんだ。
それを傷つけようとしたオレは今まで嫌っていた連中と同じなんだ。
(いんがおーほーってやつだ)
殺される。
殴られたらオレなんて簡単にこの世から消える。
そしたら母ちゃんに……悪いことしたから会えないな。
母ちゃん……母ちゃん……っ!!
だけどオレは死ななかった。
「この子を許してあげてください」
魔法を使える女がオレを庇ったんだ。
あんな怖い化け物を相手に一歩も引かずに女は口を開く。
大男は怒っているけど女はそれを知ったうえでオレ達を許してくれと言って、まさかの大男が折れた。
「大丈夫? 怖がらせてごめんね」
大男はまだこちらを睨んでいるけどもう手を出すつもりは無いらしい。
女がオレの前にしゃがみ込んで微笑む。
なんとオレを雇ってくれるらしい。
魔族だぞと言っても種族なんて関係ないって言い返された。
こんな事を言われたのは人生初で口をポカーンと開いて固まった。
憎しみも怒りもいつの間にか頭から抜け落ちてたオレに救いの手が差し伸べられていたんだ。
「お前、真面目っぽそうな顔してかなりの馬鹿だな」
「お前じゃなくてミサキ。それがあなたの雇い主で私の名前」
「オレはシリウス。寝てるのは妹のルーナだ。しばらく世話になる」
こんな村に残って死ぬくらいならとオレはその手を取ることにしたんだ。
「あー! オレはなんてことを!!」
ミサキ姉ちゃんに与えられた自分の部屋のベッドでオレは頭を抱えていた。
「おにいちゃんうるさい」
「だってよー」
連れて来られた屋敷は超でっかいし、出されるメシは超うまいし、服もベッドもふかふかでお金まで貰える。
初めてマリオさんを見た時は警戒しちまったし、ルーナが元気になるまでは眠りも浅かったけど、今じゃ日が暮れると眠くなる。
「ミサキ姉ちゃんには感謝だな」
「うん。ミサキおねえちゃんだいすきー」
もう助からないと思ったルーナを助けてくれたし、将来の夢なんて考えたことないオレに勉強を教えてくれる。
マリオさんはいつも世話を焼いてくれるし、リュウの兄貴は遊び相手になってくれる。
幸せって多分、今のことだと思う。
「だってのにオレは……」
出会いのタイミングが最悪だった。
命の恩人を殺そうとしていたなんて最低だ。
まぁ、そのおかげでルーナは助かったけどやっぱり後悔している。
「なぁ、ルーナ。にいちゃんはどうやったら許してもらえるかな?」
「おねえちゃんたちは怒ってないよ?」
「そうなんだよなぁ……」
付き合ってみて分かったけど、この屋敷にいる人は全員が優し過ぎる。
居心地が良くてオレが人間嫌いになっていたのを忘れちまうくらいに。
ルーナだって今じゃミサキ姉ちゃんにべったり甘えていてちょっと羨ま……げふんげふん。
「だいじょうぶ。ルーナたちがいっぱいお手伝いしたら喜んでくれるよ!」
「オレはお前のその気楽さが羨ましいよ」
両手の拳を握って意気込む元気な妹の姿にほっこりしながらオレはミサキ姉ちゃんのために何が出来るかを考えた。
そうして悩んでいるうちに大きな事件が起きた。
変な連中がオレ達の前に現れて食い物と薬を寄越せって言って来たんだ。
血の匂いがするそいつらからルーナとミサキ姉ちゃんを守ろうと前に出たけど、勝てる気はしない。
だけど、リュウの兄貴がいない今、オレが男して守らなきゃいけないんだ。
「待ってください!」
でも、またオレの前に立ったのはミサキ姉ちゃんだった。
オレと一つしか年が変わらないし、身体も小さくてオレより筋肉が無いはずなのにその意志は何よりも強かった。
ルーナを連れて屋敷に戻れって言われた時は大人しく従うつもりは無かったんだけど、怯えている妹を見て悔しいけど諦めた。
……もっとオレが強かったらミサキ姉ちゃんに庇われるなんてなくなるのに。
マリオさんにミサキ姉ちゃんが危ないって説明をしてルーナと部屋に閉じ籠る。
母ちゃんが具合が悪いのに仕事に行った時と同じだ。
オレにはこうして待っていることしかできないんだ。
「おにいちゃん……ミサキおねえちゃんだいじょうぶだよね?」
「大丈夫だ。なんたってリュウの兄貴に口喧嘩で勝つ人だぞ? あんな連中に負けるもんか」
もう出て来てもいいよと言われてミサキ姉ちゃんの元へ行ったら驚いた。
あの連中は冒険者で、仲間が死にそうだったから乱暴な態度だったらしい。
「悪かったな坊主」
「へへっ……お嬢ちゃんもごめんね」
リュウの兄貴が残りの冒険者を助けてミサキ姉ちゃんが治療している時に謝られた。
なんだ、この人達もオレと同じように大切な人を守りたくてあんなことしたのか。
「仕方ねぇな。ミサキ姉ちゃんに免じて許してやるよ」
「ゆるしてやるよ!」
ルーナがオレの真似をして威張る。
その姿がおかしくって、オレと冒険者達は笑ってしまった。
それから今回の件で改めてミサキ姉ちゃんの器の大きさに気づいた。
あの人はどんな相手にも手を伸ばして助けようとしてくれる。
聞いた話だとリュウの兄貴もミサキ姉ちゃんに助けられたらしい。
本当に凄くて、カッコよくて、優しい人だ。
母ちゃんが昔言っていたお伽話に出てくる女神様ってミサキ姉ちゃんみたいな人を言うんだろう。
オレも早く強く大きくなって恩返ししなくちゃいけないな。
そのために冒険者達に色々教えてもらおうかな?
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