第28話 魔族の少年 前編(シリウス視点)
オレの名前はシリウス。
人間の母ちゃんと魔族の親父との間に生まれたハーフだ。
親父の方はオレがまだ物心つく前に死んじまったって母ちゃんは言った。一番古い記憶は母ちゃんがルーナを抱っこしてオレの手を歩いて引いてる姿だ。
母ちゃんは親父についてあまり話したがらなかったからきっとロクでもないやつだったんだろう。
母ちゃんは頑張り屋だった。
ルーナの面倒をオレに任せて朝から晩まで働いた。
あまり遊んでくれなかったし、どうしてオレが赤ん坊の世話をしないといけないのかって当時は不満だった。
だけど、なんとか食べていけていたのは母ちゃんのおかげだった。
「ねぇ母ちゃん。オレも他の子みたいに外で遊びたいよ」
「……もうちょっと……もうちょっと我慢してね」
昔、オレが住んでいたのはちょっと大きめの町でそこのボロい長屋がオレの世界だった。
外に出るのは禁止されていてとっても退屈だった。
我儘を言うオレの頭を撫でながら、母ちゃんは申し訳なさそうにいつも同じセリフを言った。
いつまでこの窮屈な生活が続くのかモヤモヤしていたある日、事件は起きた。
妹のルーナが一人でよちよち歩けるようになった頃にオレは暇すぎて昼寝をしていた。
そんでもって、泣き叫ぶルーナの声を聞いて目が覚めたんだ。
「ルーナ!?」
起き上がったオレはびっくりした。
狭い家の中に妹の姿は無く、玄関の戸が少しだけ開いていたんだ。
母ちゃんとの約束も忘れてオレが外に飛び出すと、道の真ん中にルーナが転がっていた。
そしてそれを取り囲むように子供達が立っていた。
「何だこいつ!」
「犬の耳と尻尾が生えてる変な奴だ」
「気持ち悪っ。化け物だ!」
そいつらは木の棒や足でルーナをつついていた。
「やめろ!!」
今まで感じたことのない怒りがオレの中から溢れてきた。
あとから考えると、これはオレの魔族として特性だったんだと思う。
結果、オレは一人でその場にいた全員をボコボコにして泣かせた。
「おい! こんなところに魔族がいるぞ!」
「なんだって!? やっちまえ! 子供達が食われちまうぞ」
あっという間に騒ぎは大きくなって、大人達が寄ってたかってオレを袋叩きにする。
訳がわからなくなって、怖くなってオレはルーナを連れてその場から逃げ出した。
町のどこに行っても悲鳴や罵倒ばっかりでオレはパニックだった。
もしも母ちゃんが徹夜でオレを探して見つけてくれなかったらあそこで死んでたかもしれない。
「シリウス。もうここにはいられないわ。町を出ましょう」
最低限の準備も整わないまま母ちゃんに手を引かれてオレ達は町を出た。
どこに行くの? とオレが聞くと、母ちゃんはこう言った。
「どこか遠くへ……魔族の国なんていいかもしれないわね」
魔族の国。
親が子供を寝かしつけたりする時に話す怖い怪物達が住んでいる場所。
悪い子はそこに連れて行かれ食べられちゃう……なんて話だ。
「オレ、食べられちゃうの?」
「大丈夫。シリウスとルーナはきっと大丈夫よ」
町から町へ。
お金が少しでも貯まれば次の目的地へと移動した。
最初の町以外だと家なんて場所は無くて、馬小屋だったり誰も住んでいない廃屋で夜を過ごす。
そうやって旅をするうちに母ちゃんはどんどん痩せていった。
オレよりも、ルーナよりも細くなって皮と骨だけになっていく。
「母ちゃんこれ! 川で魚捕まえたんだ!」
「そうね。シリウスとルーナで半分に分けて食べなさい」
いつもオレ達を優先して母ちゃんはニコニコ笑っていた。
そうしてたどり着いたのが魔族の国から一番近い村だった。
あと少しで誰もオレ達をいじめたりしない楽園に行けると思っていた。
「魔族の国? そりゃあ、一番ここが近いが……とても子連れで行ける場所じゃねぇよ。森にはモンスターもわんさかいて冒険者でも滅多に行かないよ」
ここが行き止まりだった。
またいつもみたいに母ちゃんが働きに行って、オレはルーナの面倒をみながら近場で食べられるものを探した。
いつかオレが大きくなって母ちゃんとルーナを守れるようになれば森だって抜けれるって信じていっぱい動き回った。
動いて腹が減って空腹で倒れた。
起きたら母ちゃんがすっごい怖い顔で待っていて頭を殴られた。痛かった。
「おにぃちゃん。おかあさん」
「母ちゃん! ルーナが喋ったぞ!!」
小さい時に他の連中につつかれたり罵られたせいかルーナが言葉を話すようになったのは遅かった。
喋れないのかもしれないと心配していた母ちゃんは名前を呼ばれて大喜びした。
「ルーナ……シリウス……二人だけが私の宝物だよ」
「おかあさん、くるしい……」
「母ちゃんってば痛いよ」
相変わらず住む場所は最低だし、お腹も空いたままで苦しかったけど、あの時は本当に幸せだった。
このまま我慢していればきっといつか幸運が訪れて三人仲良く幸せになれるって。
まぁ、そんなことは夢の中だけでしかなくて。
ルーナが一人で留守番して家のことを任せられるようになった頃だった。
「母ちゃん! 母ちゃん!!」
「おにいちゃん。おかあさんつめたいよ……」
子供二人を養うために朝から夜まで働いていた母ちゃんの体は限界だった。
母ちゃんと同じ場所で働いていた人が死んだ母ちゃんを運んできてくれた。
もう二度起きなくなった母ちゃんの前でオレは泣き続けた。
ルーナはまだ人が死ぬってことがわかっていなくて呆然としていたけど、オレが悲しくて泣いているのにつられて一緒に泣いた。
いつのまにか妹より軽くなった母ちゃんをオレは家の近くに埋めた。
「おい、どうすんだよあの子ら」
「あの人はよく働いてくれたんだよな。人が嫌がる仕事を率先してくれたのはよかったが、子供が魔族なんてな……」
「村長が決断したらしいぞ。子供は追い出したり殺したりはしない。ただ放置するだけだって」
それは優しさだったのか、魔族なんぞに関わりたくないって気持ちだったのか。
住んでいた場所が村外れだったからか、村の人達は何もしなかった。
他の町だったら殺されてもおかしくない場所だってあったし、それに比べたらマシだった。
でも当然、それだけじゃ生きていけるわけなかった。
森の奥にはモンスターがいて戦っても勝てない。
魚や木の実を集めようとしても、日によっては何も採れないし、冬は壊滅的だ。
火をおこすための薪も無い。水だって井戸は使わせてもらえないから川まで汲みに行った。
お金がいる。
母ちゃんみたいにお金を稼いで物を買わないとオレ達は生きていけない。
きっと凄い人は自分一人で自給自足の生活ができるんだろうけど、オレ達兄妹は違う。
「お願いします! 何でもしますから働かせてください!」
村に行っては頭を下げて仕事を欲しがった。
でも、誰も仕事をくれなかった。
母ちゃんには仕事をくれたけど、魔族を雇っていたら店の商品が売れなくなるって言われた。
ガキだから使いものにならないって言われた。
学もないし、文字も読めないから無理だって言われた。
貧乏で臭いから目障りだって塩を投げつけられた。
晩飯は塩のスープになった。
「こうなったら森でモンスターと戦うしかねぇな」
「あぶないよ? おかあさんもダメっていってた」
「でもこれしかないだろ。この前村でナイフを拾ったんだ……錆びてるけど」
魔族の血が流れているからきっと同じ年の人間よりはマシだ。
森でモンスターを狩って肉を手に入れればお腹いっぱい食べられる。
そしたらルーナも笑顔になる!
「ダメだよ。おにぃちゃんまでいなくなったらイヤだよ…………」
「そうは言ってもなぁ〜って、ルーナ?」
母ちゃんの次に誰かが死ぬとしたら、それはオレよりも体力が無くて幼い妹だった。
さらに運が悪いことに、母ちゃんは過労で死んだんだけど、ルーナは体が弱っているところに病気がやってきた。
「……くるしいよぉ……」
「ほら、あたたかいお湯飲んで寝てろ」
母ちゃんなら横になって休んでいたら少しだけ元気になっていた。
でもルーナはいっこうによくならなかった。
時間が経っても治らずにどんどん熱が上がっていく。
こうなったらもう自然回復は無理だ。
「お願いします! 妹を、ルーナを助けてやってくれよ!!」
村の中で唯一の医者がいる場所に行って土下座した。
必ずお金は稼ぐし、助けてくれたなら何でもすると言って頼み込んだ。
「魔族なんかに薬を売れるか! 帰れ!!」
「おや、例の魔族のガキだよ。……さっさとくたばればいいのに」
「あっちの妹は変な斑点があるぞ。疫病かもしれねぇ、目の前から消えろ!」
誰も助けてくれない。
それどころかルーナが死ぬのを心待ちにしているやつもいた。
大人が石を投げた。子供が真似して石を投げた。
もう嫌だ。
誰も信じられない、頼れない。
看病しないといけないからオレも外を出歩けない。
苦しそうなルーナを励ましながら布切れを口で噛んで飢えを凌いでいたら母ちゃんが生前に言ってたことを思い出した。
「いいかいシリウス? 何があっても悪いことをしちゃいけないよ」
「なんで?」
「神様はみんなを見ているのよ。良いことも悪いことも。もし悪さをしたら死んだあとに一人ぼっちにされて誰にも会えなくなるの」
死んだあとのことなんて考えるのを止めた。
今ここで動かないとルーナが死んじゃう。
もしも神様ってのがいるなら、オレはどうなってもいいから妹だけでも助けてくれ。
そうじゃないと母ちゃんだって浮かばれない。
「やるしかないんだ……」
オレは今から自分がすることが犯罪だと知ってなお、立ち止まるのを止めた。
魔族だってバレないように深くフードを被って、拾ったナイフを握りしめて家を出る。
目的地は医者のところだ。最悪、薬だけでも盗めればそれでいい。
そう思って村の中を歩いていると、ルーナくらいのガキが転んで泣いていた。
「よしよし。お姉ちゃんが手当てしてあげるからもう泣かないで」
見慣れない女だった。
オレと同じか少し下くらいのチビだったのに目が離せなかった。
「【ヒール】」
信じられない光景を見て、オレはナイフを持った手を握りなおした。
まるで神様が狙えと言っているような格好の的が間抜けな顔でそこにいたんだ。
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