第31話 元聖女様は忙しい!!

 

 初めての接客に戸惑いながらもなんとかお客さんに満足してもらえたようで私は嬉しかった。

 これからもみんなで頑張って楽しく営業出来ればいいなと思っていました。


「ミサキ姉ちゃん。四番テーブルにエールを二杯追加」

「おねえちゃん。五番さんがデザートお願いしますって」


 魔族のハーフである兄妹が厨房へと伝票を運んでくる。

 頼まれた料理は一度メモして確認のための復唱をするように教え、それをきちんと守れているようだ。

 字の練習の成果は出ていてルーナちゃんも立派な戦力兼お客さんのアイドルとして働いてもらっている。

 シリウスはそんな妹を見て自分も頑張らなきゃと意気込んでバリバリ仕事を捌いている。


 一方の私はというと、


「マリオさん確認お願いします」

『完璧ですミサキ様。ルーナさん、デザートをお客様へ。シリウスさんお待たせしました。溢さないように気をつけてください』


 厨房でマリオさんの補佐をしていました。

 現在、この宿の定員は十組で一つの部屋に最大で四人が泊まれるようになっている。

 そして今、その全室が埋まっています。


「や、やることが多い!」

『嬉しい悲鳴でございます』


 最初のお客さんが来ずに村にチラシ配りに行ったのはなんだったのだろうと言いたくなる。

 ヒルスールさんの宣伝を聞いて来たお客さんが半数。それと別にララァさん達やその後のお客さんの口コミで来た人が残りの半数になっている。


 お客さん達が食事を楽しみながら話す内容を聞くに、やはり長い間人が訪れなかったこの近隣には換金素材になるモンスターが多く、未踏破のダンジョンから持ち帰る戦利品は高値がついているとか。

 更には伝説上の存在だった銀色のドラゴンの目撃情報まであって一部の自称ドラゴンスレイヤーが訪れるのだ。

 ドラゴンスレイヤーは無謀にもリュウさんに挑んで返り討ちされて帰っていったが、またいずれ挑戦しにくると闘志を燃やしていた。


「よし。次は、」


 出し終わった伝票にバツをつけて次の注文にとりかかる。

 お客さんの大半が冒険者というだけあって健啖家が多いのだ。

 マリオさんの調理スピードは早いんだけどいかんせ注文が多いので最後の仕上げや簡単な調理は私が行なっている。

 リュウさん? 森で追加の食材を狩りに行ってもらっています。

 宿の中にいると冒険者達に混じってお酒を飲んで宴会になってしまうので外に出てもらっています。


「おや。随分と賑わっているね」

「そうなんですよ。本当に大変で……ってフェイトさん!?」


 厨房に顔を覗かせていたのは白髪の長身で赤い瞳の魔王だ。

 この宿のオーナーでリュウさんと古くからの付き合いがある人だけど普段は魔王としての仕事が忙しくて手紙でのやり取りしかしていなかったんだけど。


「大丈夫なんですか? 魔王がここにいて」

「ははは。魔王の人相をただの冒険者が知るわけないよ。それに見た目的には人間と変わらないし、言いふらさなきゃ大丈夫さ」


 確かに。

 私も最初はただの怪しい人だと思っていてまさか魔族の王様だとは考えもしなかった。

 普通にしていればただの顔がいい若者にしか見えない。


「よし、それでボクは何を手伝ったらいいかな?」

「そんなフェイトさんに手伝ってもらうなんて恐れ多いですから。座って待っていてください」

「えぇ〜。でもこのお店のオーナーはボクだよね? それでもミサキちゃんは断る?」

「……お皿洗いをお願いします」


 オーナー権限を出してくるのはズルいと思う。

 手伝いをするのが楽しいのか、フェイトさんは上機嫌で皿を洗い出した。

 洗った皿が空を飛びながら食器棚へと戻っていく。不思議な光景だけどおそらく魔法だろう。

 たかが皿洗いに魔法とはなんとも贅沢な魔力の使い方だけど魔王ともなればこの程度は朝飯前なのだろう。

 いや、そもそも魔王に頼むのが皿洗いって大丈夫なの!?

 本人が鼻歌を歌い出したし問題なしかな?


「というかフェイトさん皿洗い出来るんだ……」

「ボクを何だと思っているんだい? 昔は一人暮らししたりバイトしていたからね」


 魔王がバイトですか……。

 フェイトさんの昔の話はあまり聞かないけど魔王になる前にどんな生活をしていたのか気になる。

 どうやったらアズリカさんみたいな綺麗なメイドさんを雇えるのかも。


「それに皿洗いなんて誰でも出来るでしょ?」

「リュウさんは出来ませんでした」

「あー、彼は壊すのが得意だからね」


 私よりも付き合いが長いフェイトさんはリュウさんが皿を洗う姿を想像してすぐに納得したようだ。

 暇だったからか、ある時リュウさんが手伝いをすると言ってくれたので皿洗いを任せたらクッキーみたいにパリパリ割れていった。

 自分のせいじゃなくて皿が壊れやすいのが悪いのだと言っていたのでそれ以降は皿洗い禁止令が発令された。


「手伝いをしたいって言ってくれるのはありがたいんですけどね」

「貴重なことだよ。あの竜王が誰かの役に立ちたいなんて」

「気まぐれなんじゃないですか?」

「そうだね。彼は気分屋だから」


 その通りなんですと思った私はフェイトさんと顔を合わせて笑った。

 リュウさん本人がいたら怒られそうだ。


「ところでミサキちゃん。この後は時間あるかな?」


 皿洗いもある程度片付き、分身でもしているのかと見間違うくらいの早さで料理を作っていたマリオさんがゆっくりとした動きになった頃、フェイトさんはそう言った。


「そろそろ注文も落ち着いてきてみなさん就寝するでしょうから、それからなら」

「よかった。実は今日は様子を見に来たのと別件でキミに伝えておきたいことがあってね」


 わざわざ魔王であるフェイトさんが直接私に?

 いったいなんの話だろうか。

 フェイトさんは少し躊躇うように囁いた。


「あくまでボクの予想だけど、もしかするとそう遠くない先、ボクら魔族と人間とで戦争が起きるかもしれない」


 ──ガチャーン。


 私の手が滑って持っていたコップが割れる音が厨房に響いた。




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