第32話 元聖女様と夜の会議

 

『どうぞ紅茶です』

「ありがとうマリオくん」


 宿泊するお客さんの夕食も終わり、みんなが部屋に戻って就寝したであろう夜。

 従業員用の居住スペースにあるリビングで私とフェイトさんは向かい合わせでソファーに座っていた。

 この場には他にリュウさんとマリオさんがいて、幼い二人の従業員達は疲れていたので自分達の部屋で寝るように指示を出した。もっとも、それはこれから話すことを耳に入れさせたくないという意味もあったけど。


「で、大事な話とはなんなのだ?」


 今いるメンバーの中で外に出ていたリュウさんだけがフェイトさんが持って来た話題について知らない。


「実はね、そう遠くない未来にボクら魔族と人間の間で戦争が起きかねないんだ」


 その言葉を聞いてリュウさんが深く息を吐き、私はただ無言のままフェイトの顔を真っ直ぐ見る。


「今、人間の領地では魔族狩りが活発になりだしていてね。都市部に近い場所ほど魔族の立場が危うくなっている。ボクの配下の中には人間社会に溶け込んでいる者もいて、その情報によると人間達は魔族を滅するため戦争の準備を始めたらしい」

「どうしてそんなことを……」


 私が思い出すのは教会にいた頃の光景だ。

 この国は人間の領地でも上から数えた方が早い大国で人間同士の戦争なんて何十年も無縁だったと聞いている。


「ボクら魔族と人間との戦争は大昔、百五十年以上前に終結した。そこからは停戦をして以降はこの緩衝地帯を設けることで互いに不干渉になった……コレは以前に説明したね」

「はい」

「百五十年も経てば人間は世代交代する。魔族だって当時を知る者の数は大きく減った。だからこそ今なら二つの種族が交われるチャンスだと思った」


 私が最初にこの宿の女将にならないかとスカウトされた時に聞かされた話だ。


「でも実はね、百五十年の間で一度だけ人間と魔族が争った事件があったんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。四十年前くらいだね。今もだけどボクが魔王であることを快く思っていない勢力が魔族にはあってね。そこの連中が魔族領ではなく人間領の一部を支配して自分達の国を作ろうと攻め入った事件があったんだ」


 紅茶の入ったカップを見つめながらフェイトさんは話し続ける。


「ボクは彼らにまんまと出し抜かれてね。大急ぎで仲間を引き連れて追いかけた。そして駆けつけた時に……」

「まさか人間の町が!?」

「いいや。町にたどり着く前に発見してボコボコにして捕まえたよ。然るべき罰も与えた」


 私はホッと胸を撫で下ろす。

 ん? だったらその話は今回の件に関係あるのかな?


「被害はゼロとはいかなかったんだ。町そのものは無傷だったんだけど攻め入った彼らは道中で荷物を運んでいた行商隊から略奪をしていてね。何人かが犠牲になった」

「それは……」

「被害を受けた行商隊の人達には賠償金を払ったし、人間領に不法侵入したことは配下を通じて人間の上層部に謝罪を申し出て魔族領でも人間に対する行動については厳しく注意したんだ。それでその事件は終わったと勝手に思い込んでいた」

『終わりではなかったのですね』


 冷めてしまった紅茶をマリオさんが取り替えてくれる。

 フェイトさんは重い口を開けた。


「今回の魔族狩りを主導している人間はその事件の生き残りだった人間なんだ」

「魔族へ恨みを持つには十分だな」


 あっさりそう言ったリュウさんの脇に私は肘を入れる

 。

 空気読んでください!


「あぁ。その人物は全ての魔族を滅ぼそうとして戦力を集めている。こうなったのは魔族を統治出来ていなかったボクのせいだ」

「フェイトさんは悪くないですよ。いくら魔王だからって国民全員を管理するなんて出来ないですし、大きな被害が出るまで止めたんですから」

「ありがとうねミサキちゃん。ボクもそう思っていたよ。でも、今回のようなことが起きた以上ボクは魔王として責任を取らなくちゃいけない」

「それはつまり人間と戦うんですか」

「……出来るだけ手は打つし、ギリギリまで回避に動くけど魔族領に到達した瞬間に全力で迎撃させてもらう。ボクはボクで魔族を守らなくちゃいけないんだ」


 それは王としての決断だった。

 みんなをまとめる者としてどうしても下さなければならない判断。

 決して間違いなんかじゃないけどその言葉がフェイトさんから出たというのが私はショックだった。


「先に言っておくが我は味方せぬぞ」

「だろうね。というより、キミがどちらかに味方するとそれだけで世界のパワーバランスが崩れちゃうからね」


 フェイトさんの友達であるリュウさんは中立の立場を選ぶみたいだ。

 なら、私は?


「それと、ミサキをこの案件に巻き込むのも許さん」

「リュウさん!?」


 リュウさんは大きな腕を回して私を抱き寄せた。

 まるで自分のものだと言わんばかりに。


「戦争をやりたいなら勝手しろ。どちらが勝とうが我には関係ない」

「あの、私は、」


 続く言葉は口に出せなかった。

 人間と魔族どちらの味方をすればいいのか。

 記憶を失くした私を拾ってくれた養父にロッテンバーヤさんや教会のみんな。

 人生の目的が無い私に女将としての居場所をくれたフェイトさんに私が雇ったシリウスにルーナちゃん。

 人間と魔族のどちらとも深く関わりあっているから選べない。


「勿論だ。ミサキちゃんだけは巻き込まないよ。ただ場所が場所だから警戒してくれ。キミになら任せていいよね?」

「我を誰だと思っている? 人間など造作もないわ」


 私抜きで話は進んでいく。

 宿の方もしばらくは休業してほとぼりが冷めるのを待つか、フェイトさんに何かがあった場合はそのまま私が宿を続けるか好きにしていいという内容だ。

 必要とあればアズリカさんを宿の護衛につけてくれると言ってくれたけれどお断りした。

 これから忙しくなるフェイトさんから優秀なメイドを引き抜くのは気が引けたからだ。


「万が一があったらコレを使ってね」


 フェイトさんから手渡されたのは魔法が刻まれた腕輪だった。


「コレは?」

「ボクへの使い捨ての緊急コールだね。魔力を注いで祈ればボクに知らせが行くからすぐに駆けつけるよ。まぁ、彼がいればそんな心配はいらないだろうけど」

「無用な心配だ。そんなものを用意する暇があるなら早く国へ戻れ。貴様が強いとはいえ戦争となればそれ相応の装備が必要だろう」


 私は戦争についてなんて何も知らない。

 ただわかるのは、きっと今回のは互いの種族に大きく影響するもので、リュウさんを相手にしても飄々とした態度のフェイトさんですら無事ではすまない。


「フェイトさん。もしよければですけど、人間の国で居場所が無くなりそうな魔族の人がいたらここの場所を教えてあげてください。周囲に簡易テントを用意すればそこそこの人は生活出来ます。食糧も私の魔力でなんとかしますから」


 それでも何も出来ないのが嫌で、私は提案をした。

 魔族狩りが現在進行形で起きているならば被害に遭うのはシリウス達兄妹のような立場や冒険者のララァさん達人間の国で生きている人だ。

 せめて彼らを保護してあげたい。


『ワタシもお手伝いします』

「むぅ。貴様らは勝手に……そこまで言うなら仕方ない。敷地内ならば我が宿を守るついでに面倒を見てやる」


 私の提案にマリオさんが乗り、リュウさんも渋々ではあるが手を貸してくれる。


「ミサキちゃん……ありがとう。ボクも人間領の同胞達が心残りだったんだ。ここは好意に甘えさせてもらうよ」


 こうしてフェイトさんの緊急訪問は終わり、私達の今後の動きが決まったのだった。



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