第33話 元聖女様は休業中です。
『ミサキ様。新しくいらっしゃった方々に配る毛布が底を尽いてしまいましたので裁縫に取り掛かります』
「ミサキ姉ちゃん! 風呂用の薪が足りなくなったからオレ、薪割りしてくるよ」
マリオさんとシリウスが忙しなく動き回り、ルーナちゃんもその手伝いに奔走している。
宿には休業中の看板がかかっていていつ営業を再開するかの予定も立っていない。
あの日、フェイトさんから聞かされた人間と魔族の関係悪化の問題以降、この宿に魔族の人達が助けを求めてくることが増えたからです。
避難民の魔族や魔族との混血の人達は簡易的なテントでの生活を余儀なくされていて、その数は百人近くいる。
今後も王国側での魔族排斥活動が活発になると逃げてくる人々は増える一方だ。
「ミサキさん。畑の野菜の収穫量が足りてないんだけどまたお願いできないかい?」
「わかりました。すぐ行きますララァさん」
人手が足りなくなって困っていた私達を率先して手伝ってくれたのは猫耳のついた魔族のララァさん率いる冒険者パーティーだった。
「おっ、嬢ちゃんが来たぞー」
「へへっ……もう種芋は植えてありますよ」
ララァさんに呼ばれて宿の裏手に行くと彼女の仲間達がいた。
みんな、普段の冒険者としての装備を外して麦わら帽子を被り手には鍬を握っている。
「じゃあ、早速始めちゃいますね。【ヒール】」
私は小慣れた手つきで腕を突き出し、畑全体に行き届くよう魔法をかける。
淡いキラキラとした光が地面に降り注ぐと、緑色の芽がニョキニョキと生えてきた。
これまではこの段階で手を止めていたけど、今必要なのは避難民全員の食糧なので、収穫が可能なサイズになるまで無理矢理成長させる。
「……ふぅ」
「よし! 野郎共収穫しな!」
私が魔法を止めてひと息吐いたのを合図にララァさんとその仲間達はさっそく地面を掘り返して野菜を収穫をしていく。
人が増えていくにつれて畑に魔力を注ぐ回数も増えてきたけれど、先の事を考えたらもっと畑の範囲を広げないといけないかも。
「いつ見ても規格外だね。貴重な回復魔法をこんな風に使うなんて」
「これでもかなり使用を制限してるんですよ。避難してくる人の中には怪我をした人や長旅で体調を崩している人もいるので」
魔族への迫害がより酷くなっているせいで馬車を利用できずに徒歩でこんな山奥まで来る羽目になっている。
冒険者の人は慣れてるから平気だって聞いていたけど、先に道の整備をフェイトさんに相談していた方が良かったのかもしれない。
魔族の民をまとめなくちゃいけない彼は、あれ以降姿を見せずに魔族領で魔王としての仕事をしている。
「それにしてもこれからどうなるんすかね」
「うぅ……冒険者としての仕事もしないと生活が……」
「この前も言ったけど、アタシを置いてアンタらだけで依頼を受けてもいいんだぞ」
作物を収穫していると仲間の愚痴を聞いたララァさんがそう言った。
しかし、その提案はすぐに却下された。
「俺らは一生リーダーについていくって決めてんすよ」
「へへっ……実はリーダー抜きだと全然弱いですし」
「ったく、相変わらず世話がやけるよ」
呆れた様子で、だけど尻尾だけはブンブンと揺れていた。
シリウスやルーナちゃんと過ごしているおかげでなんとなく尻尾のある魔族の感情が読めるようになったけど、これは感情が昂っている証拠だ。
きっと、口ではこう言っても実は照れ臭かったりするのだろう。
「みんなこういう風に仲が良かったらいいのに……」
そんなことを呟いてしまった。
宿の周辺にテントを建てて肩を寄せ合っている人達の間に漂う空気は良くない。
私が最初に彼らを迎え入れた時も向けられたのは敵意を含んだものだったからだ。
リュウさんやシリウス、ルーナちゃん。それに魔族の人にそこそこ顔が知れていたララァさん達のおかけで今はなんとかやっていけている。
『気分が優れないようですね。ミサキ様』
「マリオさん。……私、顔に出てましたか?」
収穫が終わり作物を保管場所に運んでもらった後、一人きりで整理しているとマリオさんが声をかけて来た。
どうやらそろそろお昼の時間なので調理する食材を取りに来たらしい。
『はい。俯いてお暗い雰囲気でしたし、魔力の方にも濁りがありました』
自動人形のマリオさんは名付けをしたことで私との間に魔力をやり取りするパスが繋がっているとか。
「あははは。マリオさんには隠し事できないですね」
『ミサキ様は素直な方でいらっしゃいますからね。ワタシでなくともわかりますよ』
うっ。聖女時代にロッテンバーヤさんにも似たようなことを言われた気がする。
立場のある人間だからあまり素顔で対応せずに感情を悟られないよう心に仮面を被りなさいって。
どうもここに来てからはその仮面が剥がれやすくなって取り繕うのが苦手になっているかもしれない。
「みんなを助けたいんです。このままじゃあ、シリウス達の時よりももっと酷い悲劇が起きそうで」
人間による魔族の迫害。
人間と魔族との共存を語るフェイトさんの夢はキラキラ輝いていて、何も無かった私はその言葉に惹かれた。
シリウス達兄妹の境遇を知ってからは私自身もそう強く思うようになった。
でも、世界は真逆の方向へ進んでいる。
きっと、このまま行けば取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
「養父様が生きていれば、私が聖女のままだったらこんなことには……」
聖女とそれを支援する教皇という立場があれば政治にも多少の影響を与えられただろう。
いっそ教会が魔族を保護すると宣言さえしても良かった。
でも、そうはならずに私は神聖教会の全てを失ってここにいる。
私が追放されてしまったせいだ。
養父様が持っていたものを、私に与えられたものを守りきれなかった。
『ミサキ様、ご自分を責めないでください。世の中にはどうしようもないことがございます』
木で作られた固い手が私の手を包み込む。
『ミサキ様は素晴らしいお力を持っているので他の方よりも多くのことを背負おうとされています』
膝を床に着いて、顔の高さを私に合わせるマリオさん。
『人形でしかないワタシの役目はミサキ様の快適な生活をお支えすることしか出来ませんが、よろしければその重荷を少しでもお分ください。ミサキ様が全て自分のせいだとご自身を責める必要は無いのですから』
「マリオさん……」
彼は自分を人形だという。
体は木で作られていて、顔はのっぺらぼうで表情はわからない。
でも、こうして私を慰めようとしている態度や言葉はただの人形じゃない温かさがあった。
『ミサキ様。これからご用意する昼食ですが、リクエストなどはありませんか?』
今はその熱が何よりも優しく伝わってきた。
『折角ですし、避難されている方にもご馳走を振る舞えば皆さんの気分も晴れるかもしれません。おもてなしの心得というのをアズリカ様から教わっていますので、きっとミサキ様のお役に立ちますよ』
「そうですね。じゃあ、私はふわふわのパンと温かいお肉たっぷりのシチューが食べたいです!」
『かしこまりました。ワタシのマスター』
ちょっぴりだけ目尻に浮かんだ水はマリオさんのおかげで乾いて消えた。
私は今の自分にできるだけのことをやろう。
もう聖女ではないただの宿屋の女将なんだから、ここに来てくれた人達をおもてなしするだけだ。
それ以外のことはきっとフェイトさんがどうにかしてくれると信じて。
「みんなに料理を配るとなるとシリウスとルーナちゃんにも手伝ってもらわないといけないですよね。ちょっと二人を探してきます!」
少し晴れやかな気分になった私は厨房をマリオさんに任せて宿の外で薪割りとそのサポートをしていた兄妹の元へと駆けるのだった。
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