第2話 聖女様は追放される

 


「なんですって!?」


 ビックリするような大きな声で驚いたのはロッテンバーヤさんだった。


「ですから今言った通りですぞ。聖女……いいや、そこの小娘にはこの教会から出て行ってもらう」


 ここは聖女の間。

 私が普段生活している自室には私とお世話係のロッテンバーヤさん以外に見慣れない複数の人間が集まっていた。


「我々はペトラ教皇が行って来たを明るみにし、神聖教会の未来を守る義務がある!」


 部屋に押しかけるようにやって来た人物の中心にいた男、大司教の一人であるゴグワールが断言した。

 私は数回しか面識が無いが、いい評判をあまり聞かない男だ。


「教皇様が不正だなんて! 何を証拠にそんな事を!」


 長年、教皇の部下として働いてきたロッテンバーヤさんは信じられないといった様子で憤慨した。

 私も今聞いた言葉は信じられない。

 誰よりも真摯に教会の為に働いてきた養父様がそんな事をするはずが無い。


「証拠は今集めていますよ。えぇ、これから山のように集まるでしょうねぇ」


 唇を吊り上げて半笑いで曖昧な言葉を使うゴグワール大司教。

 私はその顔を見て、まだ寝たきりではなく杖をつきながら歩いていた頃の養父様の言葉を思い出した。


『ミサキくん。組織というのはまとまるのが大変でな。この教会も一枚岩では無い。中には権力に目が眩み本来の役目を忘れている者もおる』


 あの時、養父様が言っていたのは目の前のこのゴグワールのような人間だったんだ。

 大司教であるなら、次の教皇に選ばれる可能性は高い。

 養父様の後継者には養父様の派閥の人間が選ばれているが、不正が明るみになれば立場は悪くなる。そうすればゴグワールが教皇になる確率は高まる。

 考えてみれば単純な話だ。


「その不正の一つがそこにいる小娘ですよ」

「私が何か?」

「お前は教皇様が……いいや、ペトラが拾ってきた出自不明な小娘だ。そんな人間を教会の聖女に仕立てあげるなど神への冒涜に他ならぬ!」

「何を言ってるんだい! ミサキ様は聖女に相応しい能力を持っていると大司教達も納得してくれたじゃないかい!」


 私を指差してわざとらしく声を荒らげるゴグワール。そして間に立って反論するロッテンバーヤさん。

 私としては痛い所を突かれた。ゴグワールが言っていることは事実だ。

 だけど、その指摘はまだ想定の範囲内だ。


「あぁ、アレは聖女の座が

「そうさね! だからミサキ様が」


 嫌な予感がした。

 ゴグワールがニヤリと笑う。


「だから我々は聖女に相応しい人物を連れて来た。入れ、我が娘ソアマよ」


 ゴグワール達の背後から入室したのは教会にあるまじき派手な服装とキツい匂いの香水、それから濃い化粧をした女性だった。


「はーいパパ。って、なんなのこの狭い部屋。陰気臭くてカビでも生えてるのかしら?」

「これ。我慢しなさい。後からパパがいくらでも改築してあげるから」


 教会という場所がおおよそ似つかわしくない人物の登場にロッテンバーヤさんも言葉を失っていた。

 私だってビックリしている。


「このソアマが次の聖女だ」

「そういうわけでさっさと出て行ってくれる?真っ黒なインクみたいなおチビさん」


 黒髪に黒い瞳の私へと向かって言った言葉なのだろう。

 あと最後にチビって言ったか?縫い合わせてやろうかその口を。

 私まだ成長期なだけで背は伸びる予定なんだ。ちょっと他人より目線が低いってだけでそんな事を言うなんて許せない。絶対許さないからな!


「馬鹿を言うんじゃないよ! そんな子を誰が認めるって言うんだい!」

「ソアマについては新しい国王陛下から直々に聖女になるようサポートするように言われている。それに今いる不正に関与していない大司教達は全員賛同してくれているぞ」


 ロッテンバーヤさんも今度は言い返せずに口をパクパクと魚のように開くだけだった。

 本来なら神聖教会は国とは別の立場にある組織だけど、国の中に教会本部を建てている以上は多少政治にも付き合う必要がある。

 それでも養父様はなるべく関わらないようにしていたけど、この男はズブズブのようだ。

 不正に関わっていない大司教達というのも、養父様の派閥以外は懐柔されたというわけだろうか。


「理解したらさっさと出て行け。ここからお前を追放する」

「はい。わかりました」

「聖女様!?」


 出口を指差された私はあっさりと了承の返事をする。

 そんな態度にロッテンバーヤさんが驚くので、私は彼女に耳打ちをする。

 ……届かなかったから少し背伸びをして。


「素直に言う事を聞かないとどんな目に遭うか分かりませんし、今は我慢をしましょう。命を大切にしろというのもペトラ教皇の教えです」


 あの手の人達に歯向かえば間違いなく酷い目に遭わされるだろう。

 今も私の事が気に入らないのか、こちらを睨んでいる。娘の方は部屋の模様替えについて手下の神官と相談している。

 納得はいかないけど今は大人しく従って機を待つ事にしよう。


「ですが聖女様…」

「これは私からのお願いです」

「かしこまりました……」


 不満だらけですという感じだけど、ここは耐えてもらうしかない。

 続けてゴグワール達から出された条件を聞くと、追放されるのは私だけで、世話係のロッテンバーヤさんは聖女のお付きから新しく神官になった者達の教育係に格下げという形になるらしい。そこについてはホッと安心した。



 さて、私はこの神聖教会の本部を追放されてどんな場所に左遷されるのだろうか?


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