第3話 元聖女様は移動します

 

 この3年間での私の私物というのはとても少なかったようで、バッグ1つに全部収まってしまった。

 聖女として活動する時の服は教会から貸し与えられているものだったし、聖女には賃金が発生しないので手持ちのお金も少ない。

 治癒魔法の勉強や教会の生活に馴染むので手一杯で趣味も特に無かったせいで私物が少ない。


 本来なら養父様の残してある財産は私に相続されるのだけど、不正問題によって没収されてしまった。

 近々、そのコレクションも売却されて教会の資産になるらしい。


 その点は私も納得いかずもやもやしたけど、こっそり首からぶら下げている不思議な鍵だけは手放さなかった。

 私服なんて殆ど着ない私にロッテンバーヤさんが譲ってくれた白いワンピースの内側に鍵は隠し持っている。


「それて、私はどちらに向かえば?」

「教会の外に迎えが来ています」


 ゴグワールの配下である神官に案内されて教会の敷地の外へ進む。

 少し歩いて着いた場所には一台の馬車が止まっていた。


「えっ?」


 私は思わず声を出してしまった。

 止まっている馬車の前には武装した騎士が数人立っていたのだ。

 堅牢そうな馬車には鉄格子のような窓枠が一つあって、乗り心地が良さそうな作りではない。というよりまるでこれは、護送車じゃないか。


「騎士団の皆様、こちらが例の聖女を騙っていた咎人です」

「うむ。確かに悪名高い偽聖女だな」


 神官と騎士の話す内容が理解出来なかった。

 私が咎人?


「これは一体、何のつもりですか!」

「これから貴方は騎士団に引き渡され、監獄に連行されるのですよ」

「っ!?」


 そんな話聞いていない!

 多分、ゴグワール達が私の能力と戸籍的に養父様の正式な娘である事を恐れて仕組んだのだろう。

 いずれ真実が明らかになるだろうと甘く考えていた私を徹底的に排除するつもりだ。

 監獄に連れて行かれればそのまま飼い殺されるか、処刑されるかの二択だ。


「ほら、さっさと馬車に乗れ」

「嫌っ! 離してください!」


 咄嗟にその場から逃げようとしたけど、成人男性に腕を掴まれたら振り解けない。

 魔法が使えるとはいえ、体はただのか弱い女だ。

 抵抗も虚しく馬車の中に押し込む形で乗せられてしまった。


 ガコン。

 逃げ出す事が出来ないように外側から入り口にかんぬきをかけられた。

 罪人である私の荷物は騎士達が預かる事になったが、おそらく返しては貰えないだろう。


「「「ミサキ様!!」」」


 私を乗せた馬車が動き出す時に何人か面識ある幼い見習い神官達が鉄格子の窓から見えた。

 こちらに近付こうとする彼らに対して、私は何も言わずに首を横に振った。

 もし、ここで私と親しくしていたと思われたらあの子達にまで被害が及んでしまうかもしれない。


 その子供達を優しく抱きしめながら私に頭を下げるロッテンバーヤさんの姿もあった。

 そうか成る程。子供好きで私のお世話係をしていた彼女には何よりも効果のある人質達だろう。

 これで一番養父様に近かった二人が排除できた。ゴグワールが高笑いしている顔が容易に想像出来る。


「おい。馬車を出せ」

「了解。出発します」


 騎士達は彼女達に特に何も言わなかった。

 これで追放されるのは私だけで済む。


 ……どうかお元気で。


 私はそう願いながら、今までお世話になっていた教会から旅立った。


 聖女として、ずっと教会内部で生活していた私が初めて見る王都の風景は賑やかだった。

 誰もが笑いながら街を歩き、罪人が乗っているこの場所に向かって石を投げつける。

 鉄格子のような広い窓枠なので当然いくつかが中まで入ってきて私にぶつかる。


「犯罪者への対応はどの世界でも同じなんですね」


 私には3年より前の記憶が無い。

 覚えているのはミサキという名前と、遠い異世界の日本についての知識だけ。

 日本がこの世界より科学技術が進んでいて、魔法が無かったのは覚えているけど私が何処に住む誰なのかは記憶に残っていない。

 自分が体験したエピソード記憶というものだけがスッポリ抜け落ちてしまっているのだ。


「あーあ、どうして私はこの世界に来たんだろう」


 何かに呼ばれたのか、それとも偶然だったのか。

 何もかもを思い出せないし、教会のネットワークを利用して養父様が調べても何も判明しなかった。

 自分が何者なのか分からない恐怖を感じながら生きてきた3年間だったけど、その終わりがこんな風になるなんて。


「養父様……」


 体に当たる石の痛みを感じながら、服の上から遺品の鍵を握り締める

 彼が残した遺言に応えられそうにも無い。

 何者でもない私を拾ってくれた優しいお爺ちゃん。

 温かい手を繋いで教会へと案内してくれた日の事は一生忘れない。

 治癒魔法の練習にもいっぱい付き合ってくれて、成功したら私を褒めてくれた。

 その恩返しがしたかったのに。


 息を引き取ってドンドン冷たくなった養父様の事を思い出すとまた悲しくなって涙が溢れる。

 そうして、目から落ちた涙が握り締めていた鍵に触れる。


「何これ!?」


 急にキラキラと光を放ちながら輝く透明な結晶で作られた鍵。


「おい。何をしている!」


 石を投げていた住人達が馬車の中の光に反応し、騎士達も何かが起きている事に気づいた。


「くそっ。何かを隠し持っていたな」

「逃亡するなら殺せと命令が出ている。処分するぞ!」


 馬車を止めると騎士達は馬車の中に入ってこようとする。

 ガタガタと揺れる扉が開いてしまえば私は騎士達の持つ剣で殺されてしまう。


 それは嫌だ。私まだ何もしていない。何もなし得ていない。

 きっと私にだって生きている意味があるんだ!

 その意味を知るまでは、養父様の遺言を貫くまでは死にたくない!!




 ーーー誰か助けて。




 祈った次の瞬間、鍵から溢れていた光は馬車を包み込んで私の視界は真っ白になった。



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