第36話 元聖女様と来訪者

 

「だから言ってんだろ。騎士団に用はねぇからとっとと帰れよ!」

「黙れ! 我々には果たすべき使命がある。ここにいる者達には我々の指示に従ってもらう」


 先頭に立つ騎士と言い争っていたのはララァさんのパーティー仲間のアメロさんだった。


「王命によってこの場にいる全ての魔族は強制収容の対象となる」


 騎士の言葉に集まっていた人達がどよめく。


「さぁ、大人しく従え」

「おいおい。ここはイーストリアンの土地じゃねぇんだからそんなの従えるかよ!」

「ここにいる者達が王国からの逃亡者であることは近隣の村や町で確認済みだ。元国民であるなら黙って言うこと聞け、さもなくば……」


 言い争いをしていた騎士が腰に携えていた剣を引き抜く。

 同時に他の騎士達も物騒な武器を取り出して構えた。


「この野郎!」

「これ以上の逃亡や抵抗をすれば命の保障はできない」


 喧嘩腰になっていたアメロさん達冒険者が言葉に詰まる。


「むしろ抗ってくれた方が帰路が楽かもしれんな」

「テメェら……」


 一触即発で戦闘が始まってしまいそうな雰囲気だ。

 このまま黙って見ているだけなんて出来ない。


「待ってください!」

「あっ、嬢ちゃん」


 ルーナちゃんを近くにいた魔族のお婆さんに任せてアメロさんと騎士達の間に立つ。


「なんだ小娘。ここは子供の出る幕ではない」

「私がこの宿の責任者です。お話があるなら私が伺います」


 剣を抜き、威嚇するような態度をとる騎士達だけどまだ手は出していない。

 ここは穏便に済ませて対話に持ち込んでなんとか帰ってもらえるよう説得をしなくちゃ。


「貴様のような小娘がか?」


 私の頭からつま先までを見下ろして疑うような視線を向けてくる騎士。

 言いたいことはわかるけど、大人の威厳とか身長はこれから自然と身につくんだから! 

 私は成長期なのでまだ可能性はあるはず。


「はい。そうですよね、みなさん」


 話を合わせて欲しいと目配せしながら周囲を見る。

 集まった人達は戸惑いがちに頷いてくれた。


「とりあえずお話をするために宿の中へどうぞ。他の騎士の方達もこんな辺境まで足を運んでさぞお疲れでしょうから中で休まれませんか?」


 口元に手を当て、ゆったりとした口調で微笑みながら提案をする。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけたシリウスやララァさんが私を見て誰なんだこの女って言いたそうな顔をしていた。

 私だって内心は凄く緊張はしている。

 けれど、こうやって余裕のある態度の方が相手の警戒を解きやすいってオープン前にアズリカさんから教わったのだ。

 それに、顔色を伺いながら清楚でおしとやかなフリをするのはちょっと前まで聖女だった時に散々やってきたことだ。


「ふむ。それなら……」


 先頭に立って私と話していた騎士が構えていた剣を下ろそうとした。

 とりあえずこの場で血が流れるのは回避できる! そんな風に思った時だった。


「騙されてはいけませんよ騎士団の方々!」


 騎士達の中に大きな声を上げながら私を指差す人物が現れた。

 その人が着ていたのは私にとって馴染み深い白い布地の神官服だった。


「その娘は監獄へ護送中に逃走した大罪人の元聖女なのです!」


 叫ぶ神官の顔に見覚えがあった。

 聖女時代に教会の中で何度が見かけたような気がする。

 そして、私が追われるようになったきっかけとなるゴグワールの背後に立っていた人間の一人だ。


「何っ!? あの指名手配中の女か!」

「そうです。敬虔な信者を騙し、王国騎士団に恥をかかせた娘ですよ」


 何で神官と騎士が一緒に行動しているのかという疑問はさておき、これは非常に不味い状況だ。

 話し合いに乗ってくれそうだった騎士達が再び剣を構えている。


「あの、そのことについてもキチンとお話するので今は剣を納めてください」

「新教皇のゴグワール様から許可は出ています。見つけ次第処刑して首を持ち帰れと!」


 は?

 いつの間にか監獄送りの追放じゃなくて死刑にされてるとか聞いてないんですけど!?

 ちょっとこの人の口を誰でもいいから閉じて欲しい。


「我々は陛下より神官殿と教会の指示を受けるように言われている。小娘、そこに膝をついて首を差し出せ!」


 ものすごい剣幕で怒りながら私に近づく騎士団。

 あれは逃げたくて逃げたんじゃなくて不可抗力だと説明しても納得してくれなさそうだ。


「ふざけんじゃないよバカ野郎!」


 私を地面に跪かせようと肩に伸ばされた手が払われる。


「ミサキさんはアタシらの命の恩人だ。そんな人に手を出そうなんて見過ごせないね」

「「「リーダーの言う通りだぜ!」」」


 騎士団を近づけさせないようララァさんとその仲間達が私を守るように前に出た。


「ミサキ姉ちゃんはオレが守る」

「おねえちゃんに痛いことしないで!」


 更に今度はシリウスとルーナちゃんが通せんぼするように両手を広げて立っていた。


「シリウス、ルーナちゃん、みなさん……」

「おい。そこを退かなければ痛い目に遭うぞ」


 行く手を阻むように立つみんなを脅す騎士達。

 外野にいた魔族の人達も心なしか表情が強張り、中には石を手にしたり木の棒を握りしめている人もいた。


「構いません騎士達よ。罪人を庇うものもまた罪人。その者達も斬り捨てるのです。神聖教会の名のもとに神はお許しになるでしょう」


 神官がさっさとしろと言わんばかりに大声を出した。

 騎士達もそのつもりなのか隊列を組み、私を守ろうとする人達を囲んで剣を振りかぶる。


「危ない!」


 私は今日一番の大きな声を出しながら手を伸ばした。

 咄嗟にせめて幼い兄妹だけでも傷付けさせないようにと抱き寄せた。

 その結果、振り下ろされた剣先が僅かに私の肩を傷つけ血を流させた。


「ミサキ姉ちゃん!」

「おねえちゃん!」


 一瞬の間を置いて痛みが体に走る。

 傷口はそこまで深くないと思うけど、パックリ切れたせいで服に血が滲んでどんどん赤く染まっていく。


「これくらい平気だから」


 痛みを堪えながら安心させるように兄妹を抱きしめる。

 けれど、それがきっかけになったのか両方の敵意が吹き出してしまった。


「よくもやりやがったね。野郎共! やっちまいな!!」

「やれ! 罪人を処刑せよ!」


 ただの町中で繰り広げられる殴り合いの喧嘩じゃない。

 このままだと大勢の人が傷ついて多くの命が失われる。

 誰か、誰か助けて欲しい。

 こんな悲劇を私は望んでなんかいない。

 誰かが傷つくのなんて見たくはないし、人が死ぬのはとても悲しくて辛いことだ。


「やめて」


 私はずっと見てきた。

 手遅れで助けられなかった人に泣きつく家族を。

 致命傷で苦しみながら死んでいく人の断末魔を聞いた。

 救えた命の方が圧倒的に多いけれど、救えなかった命を見送る経験だってあった。


「やめて……」


 この世で一番長生きして欲しくて助けたかった人に何も出来なくて涙を溢した。

 もう沢山だ。

 もう嫌だ。

 もう冷たくなった手に触れたくない。


「やめてぇえええええええ!!」




 ♦︎




 少女の心からの叫びは届いた。

 空を覆うのは巨大な影。

 かくして、人々の上に現れたのは巨大なドラゴンだった。


「おい。貴様ら、何をしている?」


 羽を畳んで銀色の鱗を持つドラゴンが地に降りる。


「もう一度問うぞ」


 魔族も人間も突然現れた生態系の頂点を目の当たりにして手が止まる。


「我の縄張りで何をしている!!」


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