第5話 元聖女様、ご飯を食べる
翌日。
美味しそうなご飯の匂いと物音で私は目覚めた。
昨日は教会を出る前に朝食を食べて以降、何も口にしていないからとってもお腹が空いていた。
人の倍くらい食べる私からすると空腹は最大の拷問なのだけど、昨日はそれどころじゃない事ばかりで気がつかなかった。
あれ? でもどうしてご飯の匂いが?
私は養父様から渡された鍵で誰もいない屋敷に入ったのにご飯の匂いがするのはおかしい。
寝ている私の上からかけられていた毛布をどかして私は起き上がった。
もしかしてこの家の人が帰って来たのかも!
「あの、急にお邪魔してごめんなさい。その、あの」
勝手に家に侵入して寝ていた罪悪感もありテンパりながら挨拶をしてしまった。
でも、物音と匂いのする方向に立っていたのは人間じゃなかった。
「えっ……」
そこに立って料理をテーブルに運んでいたのは、昨日私が見つけた人形だった。
目の前で起きている不思議な出来事に私が口をパクパクさせていると、人形は椅子を引いてそのまま立ち止まった。
のっぺりとした顔をしているが、何となくこちらを見つめているように見えた。
「えっと、私が座るの?」
口が無いから人形は話さないが、そう言われているような気がしたし、このリビングには私以外の人間はいない。
警戒しながらもご飯の誘惑に敵わなかった私は恐る恐る椅子近づいて座った。
すると人形はキッチンの方へと消えて、ポットを持ってまた現れた。
テーブルに置かれていたグラスを手に取り、器用にポットから水を注いで私の前に置いてくれた。
「ありがとうございます……」
お礼を言っても人形からの返事は無く、彼?は部屋の隅に移動して昨日と全く同じその位置が自分の定位置だと言わんばかりに椅子に座った。
気まずい沈黙の時間が少しあって、私はテーブルの上に並べられた料理を見る。
温かい湯気の出ている野菜のスープとパンが置いてあり、分量としては一人分のようだ。
これはもしかして屋敷の主人が帰って来る時間に合わせて人形が用意したものかもしれないので、私が勝手に食べていいのだろうか?
教会ではまず一番偉い人が一口食べてから他の者達が食事をすると教えられた。
聖女になってからはロッテンバーヤさんが毒見もしていたし、何の躊躇も無く食べるのはどうなんだろう?
ぐぅうううううう〜。
「っ〜!!」
私の脳が色々な事を考えていたけど、お腹の虫は我慢出来ずに盛大に鳴いた。
恥ずかしくなってお腹を押さえてしまった。この場には私と人形の他には誰もいないというのに。
ちらりと人形を見るけど、彼は座ったまま動かない。
こほん。
折角の料理が冷めてしまうのも勿体ないのでここはいただくとしよう。
既に一泊しているし、いくつか余罪が増えても怖くなんかない。
「いただきます」
手を合わせてスプーンを掴む。
まずは野菜の入った透明なスープだ。
「ふぅー、ふぅー」
火傷しないように息を吹きかけて口に運ぶ。
程よく煮込まれたにんじんを噛むと、甘さが口の中に広がる。
スープも飲むと、野菜の旨味と胡椒の味がして美味しい。
ご飯モードがONになった私はそのまま白いパンを掴んで千切る。
教会で出されるのはボソッとした食感の黒いパンが多かったけど、このパンはもちもちと柔らかい。
パン、スープ、パン、スープ、パン。
腹ペコだった私はあっという間にテーブルのお皿を空っぽにした。
テーブルマナーなんて関係なしにガツガツと平らげた。
「あー、美味しかった!」
グラスに入っている水を飲み干して手を合わせごちそうさまと言う。
すると、人形が立ち上がってこちらに近づいて来た。
空になった皿を重ねてキッチンに持っていこうとしている。
食べ終わるのを待っていたのかな?
目らしきものが無いのに器用に片付ける彼に私はちょっとお願いしてみた。
「あの……おかわりありますか?」
美味しかった料理だけど、私にとって一人前はちょっと物足りなかった。
ダメ元で話しかけてたが、彼は特にアクションを起こす事無くキッチンの方に行ってしまった。
「ダメでしたか」
肩をガクっりと落として落ち込む私でしたが、なんとキッチンから戻って来た人形はスープとパンのおかわりを持って来てくれました!
イェイ! ありがとう!
ただ、問題があるとすればそれは、また私がおかわりを要求するかもしれないと人形が今度は立ったまま待ち構えている事でしょうか。
「……もう一度だけおかわりお願いします」
結局、人形のその行動は正しかったので私は自分の食いしん坊具合がちょっと恥ずかしくなっちゃいました。
朝ご飯を食べ後、私は今後の生活について悩んでいた。
昨日はこの不思議な屋敷に泊まって難を逃れましたが、いつまでもここにいるわけには……。
「でも、この鍵って養父様がくれたんだよね?」
私はペトラ教皇の正式な養子だったので、この透明な結晶で出来た鍵が屋敷に対応しているという事は、屋敷の主人は養父様?
『……儂は使う事が無かったが、きっと君には必要な物だ……鍵がミサキくんの未来を導いてくれる』
今まで養父様がこの不思議な場所について話してくれた事は無かったし、本人も使う機会が無かったと言っていた。
「判断が難しい所ですが、私はしばらくここに居て良いのでしょうか?」
記憶喪失で自分の事をよく覚えていない異世界の人間。
頼れる保護者はすでに死去。養父様にご存命な血縁者がいるという話は聞いていません。
聖女でも無くなり、教会を追放された私は何処にも行き場が無いです。
そんな中で辿り着いたこの屋敷。
一体どこに建っているのかもまだ知りませんが、もうちょっとだけお世話になってみようか。
「もし家の人が帰って来たら素直に事情を話して謝ります。よし、それでいこう」
不安は残りますが、これで寝床は確保だ。
他に気になる事があるとするなら、それは私のやるべき事について。
誰もいないこの屋敷に住み着くのはいいけど、何もせずに怠惰な暮らしはちょっと……。
働かざる者食うべからず! ということわざもありますから、何か仕事をしよう。
ニート万歳!! なんて日本で言ってる人はいたけど、罪悪感なんかは生まれないのかな?
「とはいえ、何をすればいいのか……」
リビングのソファーに座って悩む私の前では、人形が部屋を掃除しています。
この人形……いや、人形さんは黙々と家事をしています。
料理を用意してくれたのといい、掃除といい、どうも使用人のように身の回りの事をさせるために作られた人形さんみたいだ。
昨日はずっと動かなかったけど、私が屋敷の中に入ったから活動を再開したのかな?
人形さんがテキパキと要領よく家事をしてくれるおかげで私にはする事が無い。
手伝おうとしても、ずっと教会で聖女としてお世話係にお世話してもらっていた身分では人形さんの手間を増やすだけだ。
「となると、残るは治癒魔法か……」
魔法。
この世界にありふれている不思議な力。
私の持つ魔力は人より多く、使える人間がごく僅かな治癒魔法が使える。
その効果も優れていて、寿命や蘇生以外なら大概のものは治せる。
私が聖女になれたのもこの力のおかげだ。治癒魔法が使えなかったら私はただの記憶喪失の異世界人という厄介な人間でしか無い。
「治癒院でも開く?」
日本に比べて科学が未発達なこの世界は医療が遅れている。
それは治癒魔法があるからだ。
手をかざして魔法を使うだけで怪我や病気が治るならそっちが良い。
でも、治癒魔法を使える人間の数はとても少ないのでお金がない人や一般人は町のお医者さんの病院に行く。
治癒院は教会が経営している所が多く、世間的には教会=治癒院という扱いだ。
元聖女である私なら並の治癒院より優れた腕を披露する所なんだけど、生憎と患者がいない。
屋敷の外を眺めても、人が住んでいそうな村や町は近くになさそうだ。
どうしてこんな不便な場所に屋敷を建てたのだろう?
疑問が湧いて来るけど、おかげで騎士達にすぐ見つかるような事は無い。
移送途中に逃げた形になってしまった私はどういう扱いになっているのだろう。
「うーん…」
腕を組んで悩みながら部屋の中をぐるぐる回るけど解決策が思い浮かばない。
ちょっと外の空気でも吸って気分転換しようか?
そう考えた直後だった。
ドスーーーーーーーーン!!!!
雷でも落ちたのかという物凄い轟音が屋敷近くの森から聞こえた。
「何の音!?」
外は快晴で気持ちのいい天気だったのに何が起きたんだろうか。
気になった私は無鉄砲に屋敷を飛び出して音がした方へ向かった。
そしてこれが、のちの私の人生を変える出会いの始まりだった。
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