第20話 元聖女様、野菜を収穫する

 

 アズリカさんとマリオさんの料理修行が始まって3日目。

 ドワーフ達の工事は順調で、このままいけば予定通りの工期で終わりそうだという。

 今日も今日とてアズリカさんの美味しいご飯をいただいた私は屋敷の裏庭にある畑の手入れに向かう。

 フェイトさんに相談した結果、そろそろ収穫をしてもいいのではないか? と言われたのだ。

 普通の野菜作りに比べたら格段に早いのだが、そこは私の聖女パワーでどうにかなりそうだ。


「野菜が安定して収穫出来れば無駄な出費は抑えられるから素敵だよね〜」


 小屋から農具を取り出して気合を入れるために袖を捲る。

 肩に巻きつけていた包帯もやっと取れたので格段に動きやすい。傷跡は消えなさそうだけど、素肌を見せつける相手もいないから特に気にしない。

 野菜を入れるカゴと収穫用の鎌を持って畑にたどり着くと、そこには目を疑うような光景が待っていた。


「……はっ?」


 うねうねうね。

 びったんびったん。

 もじゃもじゃもじゃ〜。


 そこには畑の土が見えなくなるくらいに生い茂った野菜の蔓が活発に動いていた。

 なんということでしょう。つい先日まで美しい畑だったというのに、今ではジャンルみたいになっています。

 そもそも野菜の蔓ってこんなに動くものでしょうか?


「いやいや。そんなわけない」


 ハッキリと言って異常だ。

 とりあえず家の中にいるフェイトさん達に事情を説明しに行こうと畑に背を向けるが、足が進まない。

 ゆっくりと足元に目をやると、そこには私へ巻き付いた植物の蔓が。


「だ、誰か助けて〜!」


 次々に野菜達は私目掛けて蔓を伸ばしてくる。

 このままだと体丸ごとジャンルの中に吸収されちゃう。

 もしや私が魔力を与え続けたせいでエサ認定されたのだろうか?

 想像してしまうのは身体中の魔力を全部吸われてミイラのようになる自分。


(そんなの嫌だー!!)


 必死に手足をバタバタ動かしても所詮非力な私では野菜に勝つ事が出来ない。

 野菜と力勝負って意味不明かもしれないが、これが現実だ。


(ごめんなさい養父様。私ここまでみたいです)


 ドラゴンに噛まれても魔王に攫われても生きていた私だったが、まさか自分の育てた野菜に食べられてしまうなんて。

 世界の恥ずかしい死に方ランキングなんてものがあればトップ10にはランクインしそうだ。


「ぬぉい! 何しておるんだミサキ!?」

「リュウさんナイス。ご覧の通り野菜に襲われているので助けてください!!」


 丁度いいタイミングで一番荒事に対応出来る人が現れた。

 リュウさんは私の元へ駆け寄ると、力任せに絡み付いた蔓を引きちぎる。

 人間態でも驚異的なパワーだ。


「ふぅ。無事か?」

「おかげさまで助かりました……」


 リュウさんによって救出された私は米俵のように脇に持たれたまま畑から距離を置く。

 野菜達も離れてしまえば諦めたのか、こちらへ蔓を伸ばすのを止めてくれた。


「少し目を離した隙に何をしているのだお前は」

「野菜の収穫でしょうか?」

「何故首を捻る!?」


 驚くリュウさんには悪いけど、私にもわからない。

 あれだけ元気だと私が用意した鎌では収穫出来ないな。そもそもアレは野菜でいいのか?


「騒がしい音がすると思って来てみたけど、おやおや。これはまた随分と面白い成長をしているみたいだね」


 音もなく突然現れたのは宿屋のオーナーでもある魔王のフェイトさんだった。

 ドワーフの職人達やメイドのアズリカさんと一緒にこのところにうちに泊まっているけど、本業の魔王の方は忙しく無いんだろうか?


「笑えないですよフェイトさん。アレどうしたらいいんですか?」


 愉快なものを見たと顔を綻ばせているフェイトさんは「まぁまぁ」と言いながら野菜達に近づくと赤い目を光らせた。

 ほんの僅かな人しか持っていない魔眼を発動させたのだ。


「これは……ミサキちゃんの魔力だけじゃなくて別のものまで混じっているね。急成長の理由はそのせいだろう。この魔力パターンはキミのなんだけど、心当たりはあるかい竜王様?」


 フェイトさんと私の視線が着物を着た大男へ向けられる。


「そういえば、何日か前にミサキの代わりに畑に水をやったな。魔力を与えれば成長するとか言っておったからありったけを注ぎ込んだが───なんだその顔は?」


 額に手をやってあちゃーと呟く私とフェイトさん。

 うん、それが原因なんだわ。

 ってことは、ピンチの私を助けてくれたリュウさんはこのピンチを作り出した元凶ということだ。


「まぁ、次回からは注意しようか。キミの魔力量はとてつもないから生態系に与える影響も大きいしね」

「畑の管理は私の仕事なのでリュウさんはゆっくりしていてくださいね」

「もしかして我、責められているのか?」


 こほん。

 とにかく、今はあの暴走した野菜達が優先だ。


「あれが野菜である以上、収穫してしまえば活動を停止するはずだ。キミにも協力してもらうよ」

「任せよ。力づくで地面から引っこ抜けばいいのだろう」


 ここまでくればあとはパワー勝負。

 野菜達も自分が穫られる側だと気づいたのか、リュウさんとフェイトさんに蔓を伸ばして鞭のように振り回す。


「まぁ、勝てるわけないけどね」


 そう言ってフェイトさんが手をかざすだけで蔓はズタズタに切り刻まれる。

 放たれた魔法の風が刃となって襲い掛かるだけだ。

 切り拓かれた道をリュウさんが一直線に進んで野菜達の蔓を根本から引っ張る。

 その姿はまるで絵本の大きなカブのようだが、あの本の登場人物全員よりもリュウさんの方が強い。

 魔王よりも遥かにつよい世界最強生物が相手では流石のお化け野菜達も抵抗虚しく根本から引き抜かれてしまった。


 地面との繋がりを断たれれば栄養を補給出来ないからか、野菜達はパタリと動かなくなり、残されたのは盛大に抉られてひっくり返った元畑だけだった。


「私の畑が……」

「後で魔法を使って綺麗にしておくからね。竜王もそれでいいだろう?」

「そうだな。だから落ち込むなミサキ」


 さっきまで畑だったものがあたり一面穴ぼこに。


『皆さま。先程から畑の方で大きな音がしておりましたが何があったのですか?」


 私が励まされている時、屋敷から顔の無い自動人形のマリオさんが出てきた。

 私達は彼にも事情を話して収穫した野菜を手渡しました。











「美味しい〜!!」


 また一から畑を作る事を考えて落ち込んだ私ですが、そんなモヤモヤはお昼ご飯を食べて吹き飛びました。


「我は野菜はあまり好きでは無いが、これは中々食べれるな」

「すっごく美味しいですよマリオさん!」


 テーブルの上に並べられているのは野菜が中心のメニューだ。


『アズリカ様の教えもありますが、料理の味を引き出しているのはミサキ様が育てられた野菜のおかげですよ』

「私も料理人として様々な食材に触れてきましたが、ここまで味が凝縮されたものは魔族領でも滅多に目にしません。流石でございますミサキ様」


 料理担当の二人が野菜について褒めてくれる。


「そんなことないですよ。だって、これってリュウさんの魔力の力が大半だと思いますから」

「いいや。彼の魔力の質だと植物が暴れ出したり大きさが異常になるだけだよ。味と収穫量については間違いなくミサキちゃんの成果さ」


 魔法について詳しいフェイトさんがそう言うのならそうなのかな?


「肉は我が。野菜はミサキの担当で決まりだな。だが収穫とやらはいい運動になるからまた我の力が必要であればその時は、」

「必要ありません」

「……むぅ」


 リュウさんクラスからすればちょっとヤンチャな野菜なのだろうが、私からしたら怪獣みたいな存在だった。

 癒しの力で成長促進する度に肝が冷える思いをするのはこりごりなのでお断りだ。


「マリオよ。おかわりを要求する!」

『かしこまりました。まだまだ食材には余裕がありますのでどんどんご注文ください』

「練習の回数が増えましたねマリオ様」


 結局、この日は野菜だけでお腹がいっぱいになりました。

 ドワーフの職人さん達にも好評だったので、宿屋がオープンしたら直売所のようなものを始めても面白いかもしれないなぁ。










 そして数週間が経ち、宿屋としての改装工事が完了して親方さん達は帰って行きました。

 毎日アズリカさんの手料理が食べられて幸せだと言った彼らの仕事はとても素晴らしく、ただのお屋敷が温泉街の旅館みたいになりました。

 マリオさんの料理修行や私の接客の勉強もアズリカさんからの及第点をもらっていよいよオープン準備の完了です。


「大大的なセレモニーでも企画したかったんだけど、ちょっと魔王の仕事が増え始めてね。代理を任せてる部下から呼ばれているから戻っちゃうね」

「私も魔王様にお使えしているので帰らせていただきます。また機会がありましたらその時はお二人の成長を確認させていただきますので」


 そう言って魔族の二人は自分達の城へと去って行きました。


「フェイトさんとアズリカさんの期待を裏切らないためにも頑張りましょうマリオさん!」

『かしこまりましたミサキ様』

「なぁ、我は?」

「リュウさんはほどほどでお願いします」


 接客の練習させたらとてもじゃないけど人前に出せないレベルだったので裏方に回ってもらいます。

 トラブルが発生したら頼るから!

 でも、トラブルの原因がそもそもこのドラゴンなような気もする。


「養父様、見ててくださいね。私、今日から女将になります!」




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