第19話 間話 その頃の神聖教会
イーストリアン王国にある神聖教会の総本山。
神聖教会とはかつて世界を救った勇者の仲間であり、神から恩恵を与えられた《聖女》を代々祀る組織である。
先日、教皇が代替わりした教会の前には聖女への面会を求めて大勢の人々が並んでいた。
「どうか息子をお助けください!」
「うちの母ちゃんがこのままじゃ死んじまうよ!」
「聖女様ならどんな傷や病気も治してくれるって聞いて田舎から来たんだ。頼むから会わせてくれ!」
医者では治せない不治の病に陥った者。肉体の一部を欠損した者。すぐに治療しなければ死んでしまうような怪我をした者。
誰もが普通の治癒院では回復不可能とされた病人や怪我人達だ。
彼らにとって頼るべき最後の砦がこの神聖教会総本山に暮らしている聖女様だった。
教会に対する寄付金という名の多額の治療費を払わなければならないが、その額は真面目に働き続ければ決して納めきれない額では無いし、分割も可。親子二代に渡って払う家もあった。
だが、それは今までの話。
「帰れ! お前らのような貧乏人を聖女様に合わせるわけにはいかない」
「聖女様から治癒してもらえるのは貴族か教会に認められた商人だけだ。それ以外は去れ! さもなくば斬るぞ」
腰の鞘から剣を抜き、民衆へと突きつける騎士。
神聖教会の敷地内でありながら門番を務めているのは王国の騎士団だった。
教会は王国内にこそあれど、一歩引いた位置から政治に関わっていた。
それが今では騎士団の介入を許可する程に変質していた。
流石にここまで脅されれば力を持たない民衆は解散するしか無く、最近はずっとこの光景が繰り広げられてきた。
民衆を追い返した騎士は報告のために教会の中心部へと足を運ぶ。
教皇の部屋と書かれた看板のあるドアをノックして入室する。
「何のようだ」
「はっ。本日も聖女様への面会を求める市民が大勢集まっていましたので報告を」
「ふん。金にもならない貧乏人共のくせに忌々しい。次からは教会の職務妨害だとか理由をつけて牢にぶち込め」
「ですが」
「教会と聖女を守るようにと陛下からの命令だ。もしやその命に逆らうのか?」
「いいえ。かしこまりました」
敬礼をして騎士は立ち去った。
高価な調度品で飾られた部屋に残ったのはゴグワールのみ。
先代であるペトラを陥れ、金と暴力で他派閥を黙らせたこの男は新たな教皇として教会に君臨していた。
「全く。どいつもこいつも忌々しい」
教会では禁止されている葉巻きを口に咥えながらゴグワールは一枚の紙を睨む。
騎士団からの報告書には元聖女の居場所が現在も不明であると書いてあった。
神聖教会の全てを手中に収めるためにペトラ派の関係者を放逐してきたが、その中でも聖女である少女は何が何でも処分しておきたかった。
ある日ペトラが拾って来た彼女は治癒魔法が使えることで聖女に認定され、その実力でもってペトラ派の勢いを加速させていた。
前々から教皇の座を狙っていたゴグワールからすれば目の上のたんこぶだったのだ。
だからこそゴグワールの支配を盤石にするために娘を聖女に押し上げ、ペトラ派が団結しないように不正をでっち上げて散り散りにし、反撃の狼煙になりえる少女を処分しようとした。
「おのれペトラめ……」
しかし、少女は護送中に姿を眩ませた。
その場にいた者からの証言を集めると、どこかへ転移したのではないか? という結論になった。
関係者一度を事情聴取したが、誰も心当たりが無いのだという。
世話係でもあった女ですら何も知らないという。
だが、ゴグワールには確信があった。
きっとペトラが最後に何かをしたに違いない。
教皇として安心して過ごすためには元聖女である少女の首が欲しかった。
なのに現実は行方不明の報告書ばかりだった。
「あらパパ。難しい顔をしてどうしたの?」
「ソアマか。部屋に入る時はノックしなさいと日頃から言っておるだろう」
「そういう小言は聞き飽きたわ。ねー、私もう今日は休みたい」
「治療は全て終わったのか?」
「終わったわよ。二人も治したから疲れたわ」
行儀悪く教皇室のソファーに座るソアマ。
その顔色は少し悪く、疲れているようであった。
ゴグワールにとって治癒魔法が使える娘は出世に必要なピースだった。
聖女の父ともなれば発言力は増す。教会は結局のところ聖女という存在に左右されやすいからだ。
今の教会があるのも初代から続く聖女の功績があってのこと。
なのに、ソアマが聖女でゴグワールが教皇である事に抵抗し、反発しようとする勢力が一定数いる。
彼ら彼女らは聖女をあの少女に戻せという。
「三人では無かったか?」
「一人は死んだわよ。そもそもあんな重傷じゃ助からないわ。それなのに引き受けた神官はクビにしておいてよねパパ。死体触るのなんでゴメンよ」
「……そうか。役立たずは邪魔だからパパが処分しておこう。それよりも明日は陛下に御面会するのだからさっさと身を綺麗にして明日に備えなさい」
「はーい」
イーストリアン王国のトップに会えると聞くと声を高くしてソアマは部屋から出て行った。
先王が崩御して新しい玉座に収まった第一王子。
ソアマとも幼い頃から面識があり、そこそこの仲だという。
ゴグワールが教皇になれたのも、ソアマを聖女に出来たのも、ペトラを陥れ少女の処刑を可能にしたのも新国王のおかげだった。
麒麟児と言われていた第二王子が他国へ留学していたのはいい機会だったとゴグワールはほくそ笑む。
このままソアマと恋仲になって結婚してくれれば国政にも深く関われる。間違いなく歴史に名を残す権力者になれる。
そのための次の準備は進んでいる。
「逃げた小娘に比べるとソアマは能力で劣るが、きっとインチキをしておったのだろう。ペトラの考えそうなことだ」
書類の山からゴグワールが取り出したのは一枚の計画書。
そこには勇者召喚と魔族殲滅の文字がある。
「数年前に失敗した計画を今度こそ成功させ、人類の敵である魔族を根絶やしにしてくれるわ! がはははははははっ!!」
たった一人の教皇室にゴグワールの高笑いが響くのだった。
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