第8話 元聖女様、不審者に会う
前略、家の前に変な男がいる。
改めて屋敷を訪れた人物を見ると銀色の髪に宝石のような青い瞳をした背の高い美丈夫なのだが、頭のツノと目つきの悪さに目がいく。
あと、威圧感が凄まじい。正面から向き合っているだけで膝が震えそうになる。
「どちら様ですか?」
緊張で声が裏返らなかったのは聖女として人前では感情を表に出さないように気をつけていたからだ。
この人、どう見てもカタギの人間じゃ無い。ヤのつくお仕事の組長さんって言われても違和感が無い。
「先日は世話になったな」
「人違いです。ごめんなさい」
私は勢いよく頭を下げて謝った。
相手から見えない俯いた状態の顔にたらたらと冷たい汗が流れる。
だ、誰だっけこの人!?
教会にいる頃はそれなりな数の患者さんと会っていたが、全ての人を覚えているわけではない。
患者さんの付き添い人や家族?でも、突然転移した私がこの場所に居るって誰も知らないはずだし、ツノが生えた知り合いだなんて心当たりが無い。
「間違えなどではない。臭いで覚えている」
「マリオさん、私ってそんな臭いです?」
この屋敷に来てからはまだ入浴はしていないけど、濡れたタオルで体を拭いてしっかりと清潔にはしていた。
『ワタシには嗅覚がありませんが、ミサキ様は悪臭などしませんよ。ただこちらの方が特殊なだけでしょう』
のっぺらぼうの顔には鼻がついていないので匂いの判別は付かないらしい。
料理の味なんかはどうやって判断しているのか気になるけど今はそれどころじゃない。
「……話を続けるぞ」
「あっ、どうぞ」
うら若き乙女としては体臭問題が気になっているけれど話を遮られた男の人が不満そうな顔をしていたので素直に聞き手に回る。
「我が名は
腕を組み、自信満々に自己紹介をする男性。
……頭の病気って治癒魔法で治るのかな?
本人がそれを正常だと認識しているなら治せないとは思うけど、脳に発生したなんらかの障害なら私の力でどうにかしてあげたい。
「ふっ。我の名を聞けば何も言えなくなるのはいつの時代であろうと変わらんな。だが、それも許そう」
「【ヒール】」
「いきなり何をする!?」
「頭の治療をしようかと」
男性は治癒魔法の光を浴びる前に素早く避けて驚いた顔をしている。
「確かにまだ万全の状態では無いが、これくらい時期に治る」
「治した方がいいと思います。えぇ、早急に」
やっぱり頭の病気か。
そうじゃなかったら自分を竜王だ!なんてドヤ顔で言えないから。
もう一度、【ヒール】を使おうとするとマリオさんが私の肩に手を置く。
『ミサキ様。こちらのお方にあまり失礼なことをするのはお辞めください。ミサキ様の身が危険です』
マリオさんはそう言って私の前に立って竜王さん? の前に跪いた。
『マスターのご無礼をお許しください竜王様』
「人形が我の前に出るか。他者のいいなりにしかならぬ奴は気に食わんが、許してやる。それでそこの小さな娘よ」
マリオさんを見て機嫌が悪くなる自称竜王。
あろうことか私を小さいと言った。
「ふん」
「おい、何故そっぽをむく」
「私は小さくありません。まだ成長期なのでこれからどんどん大きくなるんです」
身長は145センチしかないけど、年齢が14歳なのを考えると勝負はこれからなのだ。
教会にいた見習い達から聖女様小さいとからかわれたり、ロッテンバーヤさんから幼児扱いされたりもしたけど私は立派な女性なのだ。
「いや、小さいが」
「ちっちゃくありません!」
「だがこうして見下ろすと」
「あなたが大きいだけなんです!こちらは首が痛くなりそうです!」
「すまん……」
腰を曲げて私と同じ高さに目線を合わせてくれる竜王さん。
意外と素直だな……まぁ、わかってくれればいいのです。
「こほん。話がズレてしまったが、我は今日お前に礼を言いに来たのだ」
「それなんですけど私、あなたが誰なのか覚えていないんですよね。どこかでお会いしましたっけ?」
「たった2日前の事も忘れたのか?」
へ? 2日前?
私がこの屋敷に転移してまだ1週間も経っていない。
その短い期間中に出会ったのは最初から屋敷にいたマリオさんと、
「見た目が違うからか?ならばこれでどうだ」
竜王さんが服の袖を捲り上げると、肌色だった腕が肥大化してびっちりと銀色の鱗が生えた。指先も鋭い爪が伸びて何でも切り裂けそうなくらいだ。
「あの時のドラゴン!?」
「そうだ。あの場で死を覚悟していた我をお前は助けた」
瀕死だったドラゴンと目の前の男性を重ねる。
鱗の色は銀色だったし、顔の傷の位置も同じだ。
そして私と目が合った青い瞳も現在で、真っ直ぐにこちらを見つめている。
良かった。生きていたんだ。
「ゆえに、礼を言いに来た」
「お礼だなんてとんでもない。私はただ助けなきゃと思ったから助けただけなんです」
見返りは求めていない。
聖女だったから。
治癒魔法が使えたから。
養父様に助けられたから。
それらの偶然があって私はドラゴンを治療出来た。ただそれだけだ。
「それと詫びだ。助けられる身でありながら我はお前を傷つけてしまった」
視線が私の左肩に移る。
巨大な顎に噛まれた傷は治療こそ終わっているけど傷跡は一生残るかもしれない。
竜王の目尻が下がって申し訳なさそうな表情になる。
怖い見た目の人がこういう顔をすると、一般人よりしゅんとして見えるのはギャップの差だね。
「人間の娘よ。助けて貰った礼と傷つけた詫びだ。願いをいえ。どんな願いもひとつだけかなえてやろう…」
凄く真剣な顔に切り替えて、竜王は私にそう言った。
なんだか聞き覚えのある言葉のような気がする。
私はその問いに対して一瞬考えて、答えを口に出した。
「私、願いなんてありません」
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