第25話 元聖女様、先生役をする

 

「そこ!」

「わかってるよ! ……ったくうるさいなぁ」

「おにいちゃん!」

「へいへい」


 気怠げに雑巾がけをするシリウスにルーナちゃんが厳しく指導している。

 掃除したのに埃が残っているのを彼女は許せなかったようだ。


「すっかり元気になりましたね」

『ミサキ様の献身的な治療のおかげでしょう』

「マリオさんのおかげでもありますよ」


 兄妹で言い争いをしながら働く二人を見ると微笑ましい気持ちになる。

 病気のせいで体が弱っていたルーナちゃんだけど、やっと一人で動き回れるようになったのだ。

 彼女はさっそく掃除係を自分から申し出ると効率よく仕事を終わらせて兄の監督役に回った。

 ルーナちゃんは物を覚えるのが早く、これならうちの看板娘になるのもそう遠くないでしょう。


「ミサキおねぇちゃん。次は何をお手伝いしたらいい?」

「ありがとうルーナちゃん。今日はね……」


 お客さんが来た時の対応や挨拶についてと言おうとして私は止めた。

 魔族のハーフである二人を雇い入れてから半月が経ったけど未だにお客さんは来ない。

 村での宣伝は中途半端に終わってしまったし、あの様子だと誰もこちらに来たがらないだろう。

 本当に困った問題で宿の経営は赤字だ。

 フェイトさんは最初だし構わないよ〜って手紙で返事をくれたけどいつまでもそれが続くようじゃいけない。

 宿の設備も、マリオさんが作る料理も素晴らしいからきっかけがあれば上手くいくと思うんだけどな。


「ミサキ姉ちゃん?」

「ごめんごめん」


 シリウスが心配そうに顔を覗き込んでいた。

 話の途中で考え込んでしまっていたみたい。


「お勉強の続きをしよっか」


 ペンと紙を用意して字の読み書きとお金の計算について教える。

 こっちはまだ勉強期間の長さからシリウスの方が理解しているけど、ルーナちゃんは私やマリオさんに毎日就寝前に本の読み聞かせをせがんでくるので読み書きはそう遠くないうちに覚えるでしょう。

 シリウスはお兄ちゃんぶって笑っているが、それが苦笑いに変わるのは遠くなさそうだ。

 勉強会はつつがなく進行して、途中でマリオさんがジュースとクッキーを用意してくれたので小休憩に入る。


「そういえばリュウさんはどこに?」


 いつもなら真面目に勉強する兄妹をからかって邪魔する大男の姿が見えない。


「リュウの兄貴なら森に狩りに行ってくるって言ってた。運動不足だから暴れてたいって」


 シリウスはリュウさんの事を兄貴と呼ぶ。

 なんでも自分より凄く強いリュウさんに憧れたのだとか。全く男の子って単純だなぁと思う。

 空いた時間を見つけてはリュウさんと修行をして強くなるんだと意気込んでいたが、私が見た光景はただ追いかけっこして遊んでいるようにしか見えなかった。

 休むのも修行のうちだとか言って昼寝もしていたし。


「暴れるって大丈夫かな……」


 リュウさんがその気になれば国すら滅ぶって聞いていたし、不安になる。

 まぁ、この辺は人が寄り付かない場所で宿の裏手を少し歩けば広大なジャンルが待ち構えている。

 多少の破壊くらいは影響無いのかな?


「今日もお肉たべられる?」

「リュウの兄貴ならすっごい大物を狩ってくるはずだぞ!」

「わーい!」


 山盛りお皿に乗ったお肉を想像してはしゃぐ無垢な子供達。


「子供って無邪気ね」

「ミサキ姉ちゃんも子供じゃん。オレよりチビいだだだだだだだだっ!!」

「私は小さくない。オーケー?」


 両手でシリウスの頭をグリグリしてお仕置きをする。

 これはいじめではなく罪に対する罰なのだ。

 いくら健康的な生活と二次性徴期のダブルコンボで背が伸びていて私より僅かに高い身長だとしてもこの宿では私が女将だ。

 身長でバカにしてくるのは許せん。


「いってーな。そんなにチビ「シリウス?」なんでもないです……はい」


 名前を呼んであげながら笑顔で拳を構えるとシリウスは口を閉じた。

 うむ。それでよろしい。


「今のはおにいちゃんが悪い」

『竜王様に似ていますね』


 こういうところは似なくてよろしい。

 やっぱりリュウさんに教わるのは間違いじゃないだろうか。

 フェイトさんに弟子入りすれば少しは紳士的になってくれるかな?


「リュウさんがしばらく帰ってこないなら私は畑の世話でもしようかな」

「おねえちゃん! ルーナも手伝う!」


 例のお化け野菜が誕生してクレーターに変貌してしまった私の畑は魔法によって元通りに修復された。

 現在は私の治癒魔法によって普通に育っている。

 成長は早いが、人を襲ったりはしない。

 人を好んで襲う野菜なんていてたまるかと思うけど襲われた身としては二度とごめんだ。


 熱中症にならないように帽子を被って物置小屋からじょうろを取り出して水を溜める。

 重たくなったじょうろを使ってルーナちゃんが一株づつ一生懸命に水を与えて、その後に私が魔法を唱える。

 シリウスは野菜と一緒に育った雑草の処理だ。

 犬っぽい魔族だからなのか、土を掘り返すのは得意だそうで楽しそうにむしりとっている。


「収穫楽しみだね。おにいちゃん」

「野菜……好きじゃないんだよな」

「好き嫌いしたらマリオさんの食事抜きにしちゃおうかな〜」

「それは困るよミサキ姉ちゃん」


 肩を落とすシリウスに冗談だと伝える。

 苦手な野菜でもアズリカさん仕込みのマリオさんの腕前ならきっと食べられるように調理してくれる。

 リュウさんだってパクパク食べてるしね。

 私達は好きなマリオさんの料理について話しながら仲良く畑仕事をする。




 そんな時だった。

 草むらがガサガサと揺れたのは。


「ん?」


 最初に気づいたのはシリウス。

 彼は手に持っていた草を捨てて私とルーナちゃんの前に立つ。

 この畑はリュウさんの匂いでマーキングされていて勝手に森から出てくる動物が荒らせないようになっている。

 だから宿のすぐ側に野生動物が近づくのはあまりない。

 草むらが揺れる音が次第に大きくなり、そこから出てきたのは鎧を着て剣を持った男性だった。


「おい、俺たちついてるぞ」

「へへっ……」


 その後ろからまた一人、槍を握った男が現れる。


「子供が三人か。なぁお前達……持ってる食料全部と薬を寄越してもらおうか」


 リュウさん不在の中、突如現れた怪しげな連中に私達は遭遇してしまった。




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