第26話 元聖女様、人質になる?
「なんだお前ら!」
シリウスが一歩前に出る。
歯を剥き出しにして相手を威嚇する。
「なんだガキ。痛い目にあいたいのか?」
草むらから出てきた男二人はいずれも武装していて、一人は剣を剥き出しのまま持っている。
「悪いことは言わねぇ。大人しく薬と食料を寄越しな」
「誰がお前らみたいな奴に渡すか! 人間の血の匂いがお前らからプンプンするんだ」
犬のような耳と尻尾があるからか、シリウスは鼻が効くようだ。
男達の見た目は汚れていて、着ている鎧の一部が傷ついている。
何らかの戦闘があったのだろうか。
「そうかよ。こっちは急ぎなんだ。ガキだからって容赦しねぇぞ!」
「待ってください!」
私達を守ろうと一歩も引かないシリウスに男が痺れを切らしそうになり、私は声をあげた。
「その子に乱暴しないでください。お望みのものは差し上げます」
「ミサキ姉ちゃん!!」
「シリウス。ルーナちゃんを連れて屋敷へ。マリオさんに食料を用意するように言って」
私はシリウスに近づいて彼を屋敷の方へと押し出す。
今すぐにでも男達へ飛びかかりそうだったが、不安そうに一人震えているルーナちゃんを見て悔しそうに屋敷へと歩き出した。
「ふん。嬢ちゃんは話がわかるみたいだな」
「私達は非力ですから。それに、あなた達の方が心配だったので」
「俺らが?」
「はい。……どこかお体が悪いんでしょ?」
私の問いに男の一人の目の色が変わる。
「隙を見せたつもりはねぇぜ」
「顔色が悪いですし、歩く時も片足を庇っているようでした。骨が折れてるかもしれません」
最初に彼らを見た時から気になっていたのだ。
物を奪いたいなら最初に私達の誰かを捕まえて人質にすればいい。
そのために走って近づくなりすれば良かったのに足に負担をかけないようなゆっくりとした歩き。
さらに、後から来た太めの男性は槍を装備しているけど杖のように使っていて目には酷いクマがある。
「治療をしますからあの子達へは手を出さないでください」
「……ちっ。ガキ相手にムキになるなんて大人気なかったな」
「へへっ……言い方悪かった……」
男達は武器を納めて座り込んだ。
立っているのでさえキツかったようだ。
「おい嬢ちゃん。俺らは金がねぇからいただけるだけもらっていくぜ」
「へへっ……後がねぇんだ」
改めてよく見ると彼らはボロボロだった。
体臭もかなりキツい。
「それは構いません」
「構わ……え? こんな辺境だぞ。食料と薬なんて超がつく希少品だろ」
「いいえ別に。なんだったら今から野菜の収穫するのでお裾分けしましょうか?」
二人は目を丸くして私を見た。
「それよりもこんなに怪我して、一体何があったんですか?」
「いやまぁ……俺らは冒険者でな。それで───」
男達が話してくれた内容はこうだ。
彼らは冒険者として活動していて、自分達の名を上げるために誰も近寄らない魔族との緩衝地帯にやって来た。
しかし、最寄りの冒険者ギルドからここまではかなりの距離があって物資の消耗が早かった。
でも探索中に攻略されていないダンジョンを発見してしまったのでそのままダンジョン内へ突入したら予想外のモンスターが大勢いて命からがら逃げ出した。
荷物は全てダンジョンに置き去りにしたせいで森で野垂れ死にそうになった所で私達の前に現れたのだそう。
「他にも仲間がいて俺らを待ってる。だから仲間のために人を襲ってでも食料と薬が欲しかった」
「へへっ……気が立ってたんだ」
最初から助けてくださいと言ってもらえれば変な勘違いをしなくて済んだけど、彼らも余裕が無くて乱暴にっていたのだろう。
リュウさんも死にかけていて噛み付いてきたしね。
「事情はわかりました。では今から治療しますね」
「治療って、まだ薬もなにも」
私は剣を持っていた男性の傷を見せてもらう。
靴を脱いだら見事に青紫色に腫れ上がっていた。
この状態で森を歩くのはさぞ痛かっただろうに。
「【ヒール】」
「すげぇ! 傷がみるみる治るぞ!」
治癒魔法をかけると傷口が光に包まれる。
ルーナちゃんのように長期間の闘病で体が弱っていると治りが遅いけど、普通の怪我程度ならすぐに治せる。
細かい怪我もあるだろうからついでに全身にも魔法をかける。
「治療魔法ってやつか。実物見るのは初めてだぜ」
「へへっ……感謝」
太めの男の方も治癒魔法をかけるとあっという間に完治した。
『ミサキ様! ご無事ですか!』
二人の治療が終わった頃、屋敷からマリオさんが草刈り用の鎌を握って慌ててやって来た。
「ひぃ! モンスターがこんなところに!」
「へへっ……今なら負けねぇ」
まぁ、いきなり人間サイズで顔がのっぺらぼうの人形が現れたらそういう反応だよね。
シリウスとルーナちゃんもリュウさんを見た時以上に怯えていたし。
「マリオさんストップ! 冒険者さん達も落ち着いて。この人はうちの従業員です!」
双方の間に立ってその場をおさめる。
なんだか最近は人と人の間に立ってこんなことばっかり言っている気がする。
マリオさんはシリウスとルーナちゃんに私が悪い奴らに捕まってしまったと聞いて戦えないのに勇気を出して駆けつけてくれたらしい。
それが勘違いだと説明して、冒険者がどういう状況なのかを説明した。
『……これはお恥ずかしいところを』
「心配してくれてありがとうねマリオさん。それで申し訳ないんだけど食料の用意をしてくれる? 傷は癒せても体力までは回復しないから」
『かしこまりました。ミサキ様はこれからどうなさるのですか?』
「私は準備が済んだらこの人達と一緒に森で待ってる仲間の所へ行きます。動けないくらいの怪我らしいからこっちから行かないと」
屋敷のある敷地内だったら野生のモンスターはいないけど、森の中はそうはいかない。
こうしている間にも他の仲間の人が危険に晒されている可能性があるのだ。
「嬢ちゃんは任せな。傷が癒えたから戦えるぜ」
「へへっ……モンスターなんかに負けない」
護衛に冒険者二人がいてくれればなんとかなるだろう。
怪我をしても私の治癒魔法があればゴリ押しできるはず。
『お気をつけて』
「子供達は任せます」
何も持たずに森へ入るのは危険なので、マリオさんから鎌を受け取る。
私も冒険者達みたいに鎧を来た方が防御力は上がるのだろうが、逆に重さで足が遅くなってしまうので却下だ。
「準備が出来たなら行くぜ」
リュウさんを助けるために入って以降、初めての森への侵入。
正直、かなり怖いけどそんなことを言っていたら救える命が手遅れになってしまう。
私は勇気を振り絞って森へと一歩を踏み出した。
「おーい、ミサキ!」
その直後、上空から聞き馴染みのある声がした。
「森の中で変な匂いがしたので拾ってきたぞ」
眩い銀色の鱗を持った世界最強のドラゴン。
肝心な時にどっかに行っていた我が宿屋の食材調達担当のリュウさんの手には、今にも死にそうな顔をして気絶している鎧姿の冒険者が握られていた。
「な、仲間が!!」
「へへっ……ドラゴンなんて俺らお仕舞いだ……」
すいません。それも私の関係者です。
そしてリュウさん、捨て犬や捨て猫みたいな言い方で冒険者を拾って来ないでください。
とりあえず私は怪我人の元へ走って近づくのだった。
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