第22話 元聖女様、村人と交流する

 

 リュウさんと別れて一人で村へとやって来た私だけど、村の中へはすんなり入れた。

 王都や大きな町では入り口に門番がいて怪しい人物がどうかを調べたりされるけれど、こんな田舎だと他所から人が全然来ないせいか、大した事件も起きないおかげか門番はいなかった。

 村の規模も大したことは無かったけれど、私からすれば久しぶりに普通の人間に会えてちょっと感動してしまった。


「おや、見かけない顔の娘さんだね」


 物珍しく村の中を歩いていると、露店を開いているおじさんが声をかけて来た。


「こんにちは。えっと、私は新しく近くに引っ越して来た者です」

「近く? ウチから近いとなると東の町かね」


 東の町というのはこの場所よりもより人間領に近い位置にある町のことだ。


「いいえ。西の方からです」

「あっちは何にもないぞ?」

「実は西の方で新しく宿屋を始めまして。ちょっとその宣伝に」

「西に宿屋? 随分と辺鄙な場所に建てたもんだ。あっちは魔物やらがうじゃうじゃ生息しているし、ずっと先に進んだらおっかない魔族が住んでるって話じゃないか」

「そうですけど、意外と景色が綺麗だったりするので珍しい物を見にお客さんが来ないかな〜って。険しい道の先にある秘境の湯……的な」

「秘境って言っても危険過ぎるだろう。あんな場所さっさと去った方がいいぜ。命がいくつあっても足りないさ」


 その後もおじさんと会話をして、村の名物だという木を彫って作った置物を購入した。

 木彫の熊ってこの世界にもあるんだね。宿屋の玄関に飾るのにちょうど良さそうだ。

 って、本来の目的はチラシを配りに来たのについおじさんの話に流されて買ってしまった。

 お小遣いもとい、お給料はフェイトさんからいただいているけど、お客さんがいないから売り上げはゼロだし、生活に必要なものは経費として購入しているから使う機会が無かったんだよね。

 マリオさんとリュウさんへのお土産も買っちゃおうかな?


「それにしてもあんまりいい印象じゃなかったなぁ」


 村の中で何人かの人と話をしていて気づいたが、魔族の名前が出るとみんな眉をひそめてしまう。

 困ったような、恐れるようなそんな顔だ。

 魔族との戦争があったのは何十年も昔の話で、当時を経験している人はそう生き残っていないけれど、親から子へと魔族という種族の恐ろしさは語り継がれているらしい。


「くらえ魔王! 勇者様の一撃だ!!」

「ぐわぁあああっ。やられた〜」


 木の棒を持ってチャンバラごっこをしている子供達から聞こえる会話も魔族が一方的に悪者にされている。

 本物の魔王と会った私からすれば、彼はとても優しくて、友達思いで人間と仲良くなりたいって夢があるいい人だ。

 だけど普通の人達はそんな事を知らない。


「だからフェイトさんの夢のためにも私が頑張らないとね」


 その第一歩がこのチラシ配りだ。

 数はそんなに多くないから人目につきやすい場所に貼り出せたらいいんだけどね。

 どこに貼るかを悩んで村を歩いていると、目の前で小さな女の子が地面に倒れた。


「大丈夫?」


 急いで駆け寄って泣いている女の子に声をかける。


「足がいたいよ〜!」


 どうやらコケて膝を擦りむいてしまったようだ。

 血が滲んでいてとても痛そうだ。


「よしよし。お姉ちゃんが手当てしてあげるからもう泣かないで」


 私はポケットの中からハンカチを取り出して傷口の周囲についた土をはらう。

 そこから傷口に手をかざして治癒魔法を唱える。


「【ヒール】」


 淡い光が傷口を包み込んであっという間に治癒した。

 そこまで大きな怪我じゃ無かったので傷跡も残らない。


「もういたくない!」

「よかったね。これからは転ばないように注意しなきゃ駄目だよ」

「ありがとうお姉ちゃん」


 女の子は立ち上がって私にお礼を言うと、遊んでいる子供達の方へと走って行った。

 ああいう子供を見ていると教会で聖女として暮らしていた頃を思い出す。

 見習い神官の子達が怪我したり具合が悪くなった時もああやって治療してあげたっけ?

 今頃は何をしているんだろう。私が消えたことで辛い目にあっていなかったらいいな。


「……って、何を感傷的になっているんだ私。今は前だけ見てお仕事に集中!」


 気を取り直して村で人が集まりやすい場所を探そうと動き出した時、背後から誰かが私の服を引っ張った。

 誰だろうと振り返ろうとした時、その人物は私にこう言った。


「振り向くな。あと騒ぐな。余計なことをすればお前を殺すぞ」


 チクリと何かが背中に押し付けられる。

 硬く、鋭い感触だった。多分ナイフとかだと思う。

 急に訪れた自分の命の危機に冷や汗が流れる。


「な、なにをするんですか……」

「質問するな。オレの言うことを黙って聞け」


 声の主は男性なようで、どこまでも冷たく、だけど焦るような口調だった。


「さっきのガキを治したのは魔法だな。お前は治癒師なのか」


 魔法使ったの見られてた。

 条件反射のような勢いで助けてしまったけれど、この世界では治癒魔法を使えるのはごく一部の限られた人間だけ。その殆どが神聖教会の関係者だ。

 私はずっと安全な教会の中にいたけど、ロッテンバーヤさんの授業で聞いた話があった。

 優れた治癒魔法を使える人間はどこからも引くて数多で、時には力を狙われたりする。

 だから教会には護身術を鍛えた護衛代わりの神官や、各都市の衛兵や騎士団が駐在していると。


 リュウさんやフェイトさんに囲まれていたせいですっかり忘れていたけど、実は私って超狙われやすい存在だった!!


「おい答えろ」

「はい。魔法使えます……」


 助けを求めようにも下手に動けば刺されそうだし、私はどうしたらいいんだろう。


「そうか。ならオレの指示に従ってゆっくり歩け」


 男の言う通りに私は村の中を歩いた。

 途中で振り向くことも許されずにどんどん村の外れに進んで行く。

 何度も逃げ出すタイミングをうかがうけれど、私のノロマな足だと逃げ切れない。

 もっと体を鍛えておくべきだったと今更後悔するけど遅い。


「着いた。その小屋の中に入れ」


 周囲に民家も無いほぼ森と村の境界線上にあったのは今にも崩れ落ちそうなボロ小屋だった。

 物置小屋として使われているのかな?

 きっと私はこの中に閉じ込められて、後から何処かへと運ばれて便利な治癒師としてこき使われるんだろう。それこそ死ぬまで一生。

 リュウさん、マリオさん、フェイトさんごめんなさい。どうやら私はここでお別れみたいです。


 お世話になった人達に心の中で謝罪と別れの言葉を述べて、小屋の戸を開く。

 壊れた屋根からうっすらと日光が差し込む小屋の中はとても埃っぽくて強烈な悪臭がする。


 吐き気が込み上げてきそうな中で、私の視線が小屋の奥のある場所に集中した。

 そこには私がさっき怪我を治してあげた少女と同年代くらいの女の子が汚れた毛布の上で寝転がされていたのだった。


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