マザーVSチェシャ
「あれ……? チェシャくんがいない……」
試合が終わったアリスは、先程までチェシャ達がいた場所へと戻っていた。
自分の実力を見たかと自慢したいが為に、チェシャの元にやって来たのだが、少し目を離した隙に自分の護衛の姿が消えている。
「もうっ! チェシャくんは専属護衛としての自覚が足りないんだよ!」
頬を膨らませ、アリスは可愛らしい憤慨を見せた。
専属護衛という仕事を与えたのにも関わらず、護衛対象である自分からこうも早く離れてしまう。これでは何か起こってもすぐに守ってもらえないではないか、そう思ったのだ。
「アリス様、お疲れ様です!」
「素晴らしい試合でした! 流石は五人しかいない魔姫の一人ですね!」
「公爵家の人間であり、お姿もさることながら実力も兼ね備えている……このロイド、感服です!」
アリスが一人でいると分かり、周囲の人間がアリスの周りにわらわらと群がり始める。
その生徒はクラスを問わず。お世辞なのか本心で褒めているのか分からないが、きっと『公爵家の人間とお近付きになりたい』という下心が少なからずはある為、こうして集まってしまったのだろう。
「皆さん、ありがとうございます。労いのお言葉、とても嬉しいです」
その下心がどうしても見えてしまい、先程とは違い外面の仮面を纏ったアリスは綺麗な笑みを浮かべてお礼を口にする。
口調も言葉遣いも、チェシャが聞けば小さな笑みを浮かべてしまうほど丁寧であった。
(チェシャくんに色々と聞きたい事があったのに……)
一緒にいた女の子と何故親しいのか? 初対面じゃなかったのか? そんな色々浮かび上がる疑問と、よく分からない不満が外面の笑みの裏に潜み始める。
だが、そんな思いなど集まる生徒は知る由もない。
そんな時────
ドゴォォォォォォン!!!
「……え?」
激しい衝撃音が、訓練場に響き渡った。
試合ではこれ程までの音は滅多に聞かず、試合に立ち会っている教師、群がる生徒や中心にいるアリスの視線が一点に集まる。
そこには────
「チェシャくん!?」
専属護衛の姿があった。
♦♦♦
巨大な砂煙が舞う。
それは訓練場にいる人間の一部を呑み込み、咳き込む人の声があちらこちらから聞こえ始める。
そして、徐々に砂煙は晴れていき、そこから顔を現したのは────
「おいコラ。少しは加減しろばかちんが」
砂埃を叩き、言葉とは裏腹に笑みを浮かべているチェシャであった。
そのチェシャが見据える先。そこには、小さく拍手をしている銀髪の少女の姿があった。
「素晴らしい。君の権能は転生しても健在のようだ」
フェアリーゴッドマザー。
同じように笑みを浮かべ、銀髪を靡かせながら周りの様子など気にもしない様子でユリスを見ていた。
「ふむ……もう少し検証してみたいところだね」
マザーはそう呟き、懐から取り出した小さなビー玉を放り投げる。
「かぼちゃの馬車の乗り心地はいかがかな?」
すると、そのビー玉は上空で急に光だし、その形を変えていく。
サイズは大きくなり、形は徐々に細く先を尖らせ、陽の光によって輝いていた色は濃い鼠色に変わる。
そのビー玉はやがて原型や面影など失くし、全く別の物に変わっていく。
そう、それは────
「今度は徹甲弾かよ……」
「ちなみに二ポンド砲の四十ミリだ。先程とは威力が違うが、君になら関係ないだろう」
イギリス軍で使われた戦車などを攻撃する際に用いられた砲弾であった。
マザーは軽く指を鳴らすと、その砲弾がチェシャに向かって勢いよく放たれていくが、その砲弾はチェシャの体を通り抜け、その先にある地面に落ち激しい衝撃音を上げた。
「君の猫のように笑う者は大概面倒くさいね……まぁ、知ってはいたのだが」
「そんな事言ったらお前のかぼちゃの馬車も面倒くさいわ。詐欺だろ、あらゆる物体を別の物体に変換できるって」
「それは君に言われたくないな。君も、その権能は十分に詐欺だよ」
やれやれと、肩を竦めるマザー。
────シンデレラ、フェアリーゴッドマザー。
その権能の一つに、『かぼちゃの馬車』というものが存在する。
灰かぶり姫の部屋にあったかぼちゃを馬車に変えたように、その権能はあらゆる物体を、別の物体へと変換させるものだ。
その変換する物に制限はない。
故に、どんな物であろうがマザーの力一つで変えられてしまうのだ。
……例えば、『ビー玉』から『徹甲弾』へと変えるように。
「まだまだ、これぐらいで終わりじゃないだろう?」
「当然、まだ何もやってねぇよ!」
チェシャは腰に携えた剣を引き抜き、そのままマザーの元へと肉薄していく。
『おいっ! お前らは一体何をやっている!?』
対峙が本格的に始まろうとした時、衝撃音を聞いた教師が二人の元へ近づいた。
周囲を見れば、巻き込まれないように生徒達は離れ、ざわめき、遠巻きにチェシャ達を眺めている。
距離が離れている所為で、チェシャ達には何を言っているのか理解できなかったが、少なくともチェシャ達の事を口にしているのだろうとは分かった。
「気にする必要なし」
「同意」
それでも、教師の介入が入ろうがチェシャは駆ける足を止めず、マザーはビー玉を放り同じ徹甲弾を放ち続ける。
誰も、介入した教師を気にしろなどと口には出せなかった。
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