ハーメルンの笛吹き男

 〜ハーメルンの笛吹き男〜


 ハーメルンという町に突如現れた色とりどりの布で作った衣装を着た男。

 その男はネズミの大繁殖に頭を悩ませていた住人に「報酬を貰えるのであればネズミを退治する」と言い、町の住人は約束を交わした。


 そして、男が笛を吹くと町中のネズミが一斉に現れ、男の元に集まりそのまま川へ全てのネズミを沈めた。

 だが、町の住人は約束を破り報酬を支払わず、それに怒った男は「代わりに大切な者をいただく」と言って、笛を吹きながら子供達を連れ去っていった。


 その子供達は、町へ戻ってこなかったという――――



 ♦♦♦



「だぁー! こんちくしょう! 何があしらえる程度だ! 普通にいるじゃねぇか!?」


 学園の敷地内に、チェシャの情けない叫びが響き渡る。

 アリスをお姫様抱っこで抱え、全力疾走の名の元に駆けていく。


 そして、その後ろには数十人の生徒が後を追っていた。

 中には教職員らしき人間も混ざっている。


「チェシャくん! 前、前!」


「ぬおっ!?」


 角を曲がった直後、目の前から数名の生徒が剣をチェシャに向けて振りかぶっていた。

 その斬撃をチェシャは懐に入り込む事で避け、そのまま回し蹴りの要領で数人を巻き込んで吹き飛ばしていく。


氷結ヒューマ!」


 そして、残りの生徒に向かってアリスが魔法を放つ。

 地面から生えた氷の氷柱は正確に剣のみを弾き、生徒から剣を奪っていく。


「ナイスアシスト!」


「むふん! 私だって守られるだけじゃないんだから!」


 マザーにリム、その二人と合わせてチェシャにも守られている。

 だが、自分もやればできるのだと、アリスはチェシャにアピールした。


『————業火の炎よ』


 教職員と思われる男が、立ち止まるチェシャ達に向かって魔法を打ち出す。

 それを寸前で交わし、二撃目をアリスが生み出した氷の壁が防いだ。


「その調子で頼む! こちとら意外と重かったアリスを抱えるので両手が塞がってるからな!」


「はい喧嘩売ったー! 私に喧嘩売ったんだよ!」


 どんな時でもアリスをからかう事を忘れないチェシャ。

 何とも緊張感のないやり取りである。


「それで、時計台はこの先まっすぐでおーけー!?」


「そのまままっすぐでおーけーなんだよ!」


「了解!」


 アリスに案内されながらも、チェシャは足を進めていく。

 何度も行く手を阻まれながらも、その足取りは止まる事なく目的地へと向かっていった。


「うがー! マジでハーメルンの野郎覚えてろよ……この借りは倍にして返してやるからな!」


「ほ、ほどほどにね……?」


 現状、チェシャ達には危害はない。

 それどころか、やって来る生徒達にも目立った外傷も存在しない。


 それは一重にチェシャ達が怪我をさせないように最大限加減をしているのだが、それとは別にチェシャ達の労力が使われていく。

 こんな面倒な事を引き起こしやがってと、チェシャの怒りのゲージは徐々に上がっていくのであった。



 ♦♦♦



 そんなやり取りをしつつ、チェシャ達は時計台へと到着した。

 生徒を振り切り、息を乱しながらも目的地の下にある庭園へと足を運ぶ。


 色とりどりの草木が並び、見上げれば大きくそびえ立つ時計台が見える。

 風の凪ぐ音だけが聞こえ、まるで人が一人もいないのだと思わせるような空気であった。


 だけど────


「ようやく見つけたこんちくしょう……」


 物陰に隠れ、時計台の下に視線を移すチェシャ。

 その視線の先には一人だけ色とりどりの柄が入った服を着て、大きく曲がった金の笛を持った男が佇んでいた。


「あの人が、チェシャくん達の言っていたハーメルンさん……?」


 息を潜めたアリスがチェシャに尋ねる。


「奇抜な服に、黄金色の笛────間違いない、あいつが『ハーメルンの笛吹き男』だ」


 その姿は、童話の世界で見たハーメルンの姿と同じもの。

 故に、チェシャはこの騒動の原因はあいつだと、確信した。


「変な服着てるね……」


「言うな、それがハーメルンだからだ」


 ハーメルンの笛吹き男の出自は諸説あり、一説では吟遊詩人と云われていたりする。

 多分、その影響ではないかと思うのだが、アリスにとっては珍しい姿この上ないようだ。


「いいかアリス……お前はここにいろ」


「へ? ど、どうして……?」


「俺が一気に突っ込んで秒で終わらすからだ。俺の権能ではは通じない。だから不意をついてあいつの意識を奪う────アリスがいたら余計な的を増やしかねんし、闇討ちで二人はやりにくい」


 二人合わせて出ていったところで、アリスに攻撃意識が向けばチェシャはアリスを守らなくてはならなくなる。

 チェシャの権能では攻撃は無に等しく、チェシャのみであればスムーズに不意をつきやすい。


 なにせ、相手はチェシャに物理攻撃が通らないと思わないから。

 すれ違いざまに一撃を加える事ができる。


 口にこそ出さなかったが、言わばアリスは『足でまとい』。

 故に、チェシャはアリスに対して待機するように言ったのだ。


「……うん、分かった」


 少しだけ不服そうな顔をしたものの、アリスは首肯する。

 きっと、チェシャの言い分が分かったのだろう。


「だけど、無理しちゃダメだよ? チェシャくんが傷ついちゃうのは嫌だからね?」


「おうとも、任せんしゃい。パッと終わらせて戻ってくるさ」


 チェシャはアリスの頭を撫でて、安心させるよう口にする。

 そして、すぐ様視線を逸らすと────


「んじゃ、ハーメルンをとっちめて来ますか」


 そのまま、物陰から顔を出した。

 足に力を入れ、視線の先にいる男に向かって突貫していく。


「……っ!?」


 急に現れたチェシャの存在に気がついたのか、男は焦った様子で笛を持ち直した。

 そして、その笛を吹く事なくチェシャに向かって振り下ろす。


 ────だが、それはチェシャには通らない。


「ふんっ!」


 振り下ろされた笛はチェシャの体をすり抜け、そのまま当たる事なく薙いでしまう。その間にチェシャは掌を伸ばし、手刀を男の喉笛に向かって突き出した。


「あがっ……」


 強烈な手刀を受けた男は白目を向き、そのまま地面へと倒れこんでしまった。

 まさに闇討ち。これが堂々とした戦闘であれば、こんなにも早く決着がつく事も一撃で沈める事ができなかっただろう。


「ふぅ……」


 チェシャは倒れた男を見下ろし、小さな息を吐く。

 目的の人物は倒した。これで事態は収束する――――そう、チェシャ達は思っている。


 だが――――


(あまりにも呆気なさすぎる……ハーメルンはこんなに手ごたえのない奴だったか?)


 チェシャは違和感を覚えてしまった。

 相手は曲がりなりにも主人公メインキャラクター。自分達、登場人物サブキャラクターよりも格上な相手なのだ。


 確かに、不意をつく事に特化したチェシャだったとしても、こんなにあっさりと幕を引くとは考えにくい。

 倒すつもりで攻撃したのは間違いない――――だが、主人公メインキャラクターにしては


 故に、チェシャは違和感を感じた。

 そしてそれは、悪い予感へと変わっていく――――


「……まさか、首謀者はハーメルンじゃない?」


 ――――それは、果たして正解なのか?


 すぐには分からなかったが、チェシャは考えをまとめる為にその場で立ちつくした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る