別の────
チェシャは耳を澄ませる。
聞こえてくるのは風が凪ぐ音に加えて、衝撃音などの喧騒が聞こえてきた。
つまり、マザーとリムの戦闘は続いているという証拠。
首謀者であるハーメルンを倒しても、止まる事はなかったという事だ。
「一体どうなっている……?」
マザーとチェシャの中では、この騒動を起こしたのはハーメルンだと考えていた。
断定的事実しかないが『笛の音』、『操作能力』、その二つがハーメルンの笛吹き男の権能に似ていた為、その考えに至った。
そして現に、笛を持った男がいた。
黄金色の笛を見せつけ、自ら戦闘に参加せず高みの見物とでも言わんばかりに蚊帳の外で佇んでいたのだ。
(よく考えろ……そもそも、ハーメルンの野郎は死んだのか?)
この世界で生を受けた童話の住人の共通点は『死』だ。
リムやマザー、チェシャも例外なく
だが、どれだけチェシャが記憶を漁っても、ハーメルンの笛吹き男が死んだという話を聞いた事はなかった。
その事に、今更ながら思い出したチェシャであった。
そして、チェシャの背中に嫌な予感が伝う。
(もし、ハーメルンが
だとすれば、自分達は今まで誰を追っていたのか? 首謀者は笛を持った男なんかではないという事になる。
予想は外れ、全てが振り出しになった────そんな訳がない。
「俺達は手のひらで踊らされただけって事じゃねぇか……っ!」
考えの誘導。
現に、笛を持った男を敵は用意していた。
つまり、そう考えさせる事こそが相手の思惑だった。
「そう考えさせるって事は間違いなく相手は俺達と同じ人間……という事は────」
すべからく、童話の住人が闘争を起こす目的は一つ。
『
その為に、最も近道とされる事は────
「まずい……っ!」
チェシャは勢いよくその場から背を向けた。
向かう先はアリスが隠れている物陰へ。
「狙いはアリスだったのか!!!」
────
それは己が
多ければ多いほど、討てば討つほど、
結論から言えば、首謀者はアリスを討つ為に引き起こしたのだ。
♦♦♦
────同時刻。
「はぁ……はぁ……っ!」
額に汗を流し、庭園の中を駆け回る少女がいた。
「
一瞬だけ背後を振り返り、足元に巨大な氷の壁を出現させる。
その瞬間、陽炎の如く揺らめく炎が氷の壁に衝突し、間一髪で少女の身を守った。
少女はそれを見送る事なくすぐ様駆け出す。
金塊のようなサラリとした髪は乱雑に乱れ、少女の表情は苦悶のまま続く。
「早くチェシャくんに合流しなきゃ……っ!」
アリスは学生服の上着を脱ぎ捨て、走りやすい格好になる。
先程までチェシャによって抱えられていた為、そこまで意識はしていなかったが今は状況が違う。
現状、少しでも早く走らなければならない。
「チェシャくん……っ!」
自分の側に寄り添ってくれた少年の名前を呼ぶ。
どうしてこんな状況になってしまったのか? それは、チェシャが離れた瞬間にアリスが襲われたからだ。
先程からアリスを狙う陽炎の火がアリスを狙い、それから逃げているといつの間にかチェシャから離されていた。
だからこそ、アリスは走る。離れた距離を取り戻す為、チェシャの元に辿り着く為。
しかし、それは中々上手くはいかなかった。
「っ!?」
走るアリスの両側面に、陽炎の火が出現する。
そして、それはアリスに狙いを定めるように一気に襲いかかった。
アリスは陽炎の火を視界に入れると、急ブレーキでその陽炎の火を避けようとするが、陽炎の火はくの字に折れ曲がるようにして進路を変えたアリスを追従した。
「もうっ! さっきからこればっかなんだよ!」
アリスは愚痴を零すと、再び氷の壁を出現させる。
一つは壁に当たり、もう一つは迂回するように壁を避け、アリスの体を狙う。
「っ!」
着弾する直前に、アリスは横っ飛びで陽炎を避ける。
学生服は土埃で汚れ、髪だけではなく学生服までもが乱れた。
「出てきてよ! どうしてこんな事をするの!?」
アリスが逃亡を続けている理由として『相手の姿が見えない』というものがあった。
陽炎の火はどうやって生み出されているのか?
誰が放っているのか?
それが分からなければ対処のしようがなく、現状を打開できない。
アリスが叫ぶ。
すると、アリスの視界の先────何もない空間がゆらゆらと揺れ始めた。
それはまるで蜃気楼のようだった。
そして────
「久しぶり……なのですかね? アリス、覚えていますか?」
短い黒髪の少女が、そこから現れた。
「あなたは……フェリシアさんの従者の人……っ!?」
現れた人物にアリスは目を見開く。
「そちらの意味でお久しぶりと言った訳ではないのですが……やはり、まだ思い出していないようですね」
現れた少女の事を、アリスは知っていた。
決闘を持ちかけたフェリシアの従者であり、別のクラスの女の子。
何度か顔を合わせた事があり、この前もフェリシアの後ろで隠れていた人見知りが目立つ少女である。
(だけど、こんな喋りかただった……? もうちょっとオドオドしてたはずなんだけど……)
知っていても、目の前にいる人物はアリスの知る人物とは程遠い。
口調も畏まったものではなかったし、態度もこんなに堂々とした人ではなかった。
それがアリスをパニックにさせる。
「では改めて────」
そんな戸惑いの表情を見せるアリスに向かって、従者である少女は頭を下げて口を開いた。
「マッチ売りの少女のアンナ────この世界では、マリーという名前でフェリシア様の従者をしておりました。マッチの火でしか夢を見れなかった、哀れな少女でございます」
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