マッチ売りの少女
「マッチ売りの……少女?」
「そうです。といっても、今のアリスに言っても分からないと思いますが」
肩を竦め、さも気にしないと言うアンナ。
だが、何処か含みのある言い方にアリスは眉をひそめる。
「ど、どうしてマリーさんが私を襲うの……? もしかして、フェリシアさんとの決闘が—―――」
「そういう訳ではありませんよ。これは私自身の為……
ゆっくりと、アンナはアリスに近づく。
アリスも、アンナから距離を取るべく数歩後ずさった。
「その
アリスの頭には、これまでの光景が思い浮かぶ。
数百人もの人間が感情の、眼の色を失いつつも自分達に襲ってきた。
他人の気持ちを自分の気持ち一つで操ってしまう……それは、人の心を弄んでいる行為に等しい。
その事に、人一番優しくて、正義感溢れるアリスはふつふつと怒りが込み上げてきた。
だが、そんなアリスを見てアンナは疑問符を浮かべた。
「申し訳ございません、アリス。どうしてあなたは怒っているのですか?」
「怒るに決まってるんだよ! 人の感情や心はその人だけのもの! 誰かが操って傷付けて言い訳がないんだよ!」
惚けるアンナにアリスの湧き上がった怒りが面に出る。
まさか、知らぬ人間を弄んで罪の意識を全く感じない冷酷無比な人間とは思わなかった。ここまで悪人として染まっているのかと、アリスは激怒したのだ。
しかし、アリスの怒りを受けても、アンナは訳が分からないと再び疑問符を浮かべる。
その表情は純粋な疑問。だけど、それはアリスの思っているような事ではなく、単純に話がかみ合っていないといった感じであった。
「えーっと……流石に、私も人の心を弄ぶのはどうかと思うので、しませんよ? まぁ、当事者であるあなた方の気持ちや心を弄んだ――――そう言われれば、そうなのですが……」
「……え?」
「これでも、マッチ売りの少女は優しい女の子として謳われてきましたから。極悪非道、冷酷無比……そんな輩ではありません。無関係の人間を傷つける事など、私には無理です」
頬をかきながら、アリスの言葉を否定する。
そしてアリスはアリスで、アンナの予想外の反応に戸惑いの色を見せていた。
「あなたが……この騒動を引き起こしたんじゃないの?」
「えぇ、そうですよ」
アリスの問いに、アンナは肯定する。
だけど、今の言葉は明確な矛盾だ。この騒動を起こしたのは自分だと語っておきながら、人を操っていないと言っている。
であれば、どちらかは確実に嘘を言っているのだ。
だけど、アリスの目からはアンネが嘘を言っているように見えない。
だからこそ、アリスの戸惑いは深まってしまうばかりであった。
「おかしくないかな? この騒動を起こしたのに、人は操っていないって……じゃあ、あの人達は自分の意志で動いているって事?」
「なるほど……そう考えているのですね。納得しました。まぁ、そういう風に誘導させたつもりではいましたが……フェアリーゴッドマザーあたりが気づくと思っていましたので、予想外ですね」
アリスの疑問に対し、アンナは一人納得したように頷く。
すれ違っていた言葉の原因が分かり、アリスがどうしてそのように疑問に思っていたのかを理解する。
だけど、それはアンナだけであってアリスには理解はできていなかった。
「ど、どういう事……?」
「まぁ、あなたが気にする必要もありませんよ────これから、消え逝く人の身ですから」
アンナの表情が暗くなる。
瞳の色が薄くなり、眼差しも冷たいものへと変わっていき、アンナは懐からマッチの入った箱を取り出した。
そして、一本のマッチ棒に手馴れた動作で火をつける。
「……私は、夢しか見れません」
マッチの火はメラメラと燃える訳ではなく、小さな灯火として。
「寒さと暖かさの板挟みの上に生まれる夢は、なんとも儚いものでした」
だけど、その火からは別の火が奥底に見えてくる。
陽炎のように見える火が、マッチの火の中に生まれている現状に、アリスは目を見開いた。
「だからこそ、私は
マッチの中に生まれた陽炎の火が浮かび上がる。
その火は無数。先程とは違う数の陽炎の火が、一斉にアリスに襲いかかった。
「もうっ! 何が何だか分かんないんだよ!」
アリスは慌てて目の前に大きな壁を作る。
向かってきた陽炎の火に対抗するように。
だけど、それで防げたのは数個の陽炎だけ。
防ぎきれなかったいくつもの陽炎が、壁を越えてアリスに向かって飛んでいった。
(防ぎきれない……っ!)
これがまだ一方であれば、アリスはもう一度氷の壁を作り出して防ぐ事ができただろう。
だが、視界に映るのは壁を除いた両側面から陽炎は迫ってきている。
防げれても、片方のみ。
確実に、どれかの陽炎はアリスに直撃してしまう。
(チェシャくん……っ!)
それが分かってしまったからなのか、アリスは目を瞑って心の中で少年の名前を呼んだ。
都合よくは現れないと分かっていても、迫り来る脅威から助けて欲しくて、願いながら今か今かと陽炎の火が訪れるのを覚悟する。
その時────
「やってくれたな……クソッタレが」
────目を瞑ったアリスの耳に、そんな声が聞こえた。
体に力を入れ、いくら身構えていても陽炎の火が襲ってくる事はなく、アリスはその声とその事実が気になって恐る恐る目を開けた。
目を開けた先────そこには、薄ら笑う見慣れた少年がアリスを庇うように立っていた。
「一度は騙されたが、もう騙されねぇ……アリスを傷つけた罪は重いぞ」
願ったら、駆けつけてくれた。
自分が危険な目にあった時――――前に出て助けてくれる少年。
その光景は、何処かで見たような……既視感があるような光景であった。
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