チェシャ猫とマッチ売りの少女

「チェシャ……くん……?」


「悪い……側から離れてしまった」


 アリスは現れたチェシャを見て少しだけ驚いた。

 ピンチに颯爽と駆けつけてくれる────それが、あまりにも都合が良すぎる。いつもであれば、その事にもっと驚いていただろう。


 でも何故か……アリスの驚きは、そこまで大きくはなかった。

 不思議と、駆けつけてくれる────そんな気がしたのだ。


「うっ……!」


 アリスの頭に小さな痛みが走る。

 思わず頭を押さえてしまうが、状況が状況────気にしている余裕はないと視線を真っ直ぐに向けた。


「チェシャ猫の登場ですか……こちらはこちらで予想通りですね。まぁ、欲を言えばあなたが来る前にアリスを倒しておきたかった────というのが本音ではありますが」


「こっちは完全に予想外だよ、ちくしょう……まさかハーメルンじゃなくてマッチ売りが来るなんて思わなかった」


 肩を竦めるアンナに対し、チェシャはしてやられたという表情をする。


 チェシャ達はずっとハーメルンの笛吹き男が首謀者だと思っていた。

 だがそれは違っていて、結局は別の首謀者によって誘導されていた結果。

 案の定と言っていいのか、アリスが一人になった瞬間を首謀者によって狙われてしまった。


「だが……お前を見てタネが分かったぞ」


 そして、チェシャはアンナを見据えて憮然と言い放つ。


「────お前、始めから俺達に?」


 チェシャの表情は、確信していると物語っている。

 だけど、分かっているのはチェシャだけ。アリスは、チェシャの言葉に首を傾げる。


「仕掛けていた……?」


「あぁ……マッチ売りの少女の権能は『夢を見せる』力だ。マッチの火の中で、人が誰しも思う奥底の願望を浮かび上がらせ、その夢を一時だけ叶える────言わば、あいつの付けるマッチの火は現実世界とは違う別世界。俺達は、その別世界で見せるマッチ売りの夢を見て体感している訳だ」


 マッチ売りの少女は、寒さに耐える為にそのマッチに火を灯したという。

 そして、そのマッチの火からはあらゆる物が浮かんで見え、少女の願望を叶えた。

 暖炉の火が浮かぶと温かく感じたように、チェシャ達も


 ────マッチ売りの少女は、マッチの火で見せた世界を体感させる。

 それが、アンナの権能なのだ。


「別に隠す事でもありませんから言いますけど……実際に仕掛けたのはフェリシア様が決闘を申し込んだあの時からですね。皆さん、警戒していなかったのでマッチを付けやすかったですよ」


「普通に警戒してなかったからな……まさか、マザーやリムねぇ以外にも同類が転生してるなんて考えもしてなかったし」


「普通はそこで気づくべきではありますけどね────二人も同じ場所で出会って、どうして二人だけしかいないと思ったのですか?」


「……それを言われたら耳が痛い。その通り過ぎて反論ができないよ」


 二人は笑いながら互いを見る。

 だが、口元は笑っていても目は全く笑っていなかった。


「チェシャくん、どうやったらその『夢』を見ないようにできるの……? 思いっきりほっぺ抓ったら目を覚ますかな?」


「んにゃ、。そんな簡単に抜け出せるなら主人公メインキャラクターを名乗ってないだろうし────俺が知る限りでは……マッチ売りを倒さねぇと無理だ」


「た、倒さないといけないの……?」


 アリスが不安そうな目でアンナを見る。

 その不安は『倒す事が困難だから』なのか、『知り合いだから倒したくない』からなのか、はたまた両方なのか。


「前も言ったろ? って────残念ながら、童話向こうの世界で生きていた人間は優しくないんだわ」


「そうですね。先程も言いましたが、私は心優しい少女として謳われています────他の魑魅魍魎ちみもうりょうに比べれば、この程度の条件は優しい方だと思いますよ?」


 二人はさも当たり前だと言い放つ。

 考え方の違いや、冷徹になりきれないアリスにとっては、その当たり前が考えられず恐ろしかった。


「アリス────」


 チェシャは振り返り、しゃがむアリスに視線を合わせて、その頭を撫でた。


「まぁ、深く考えないで無事に終わる事を願ってくれればいいさ。大丈夫……俺はちゃんと守ってやるからさ」


「っ!?」


 安心させるようにチェシャは猫のように笑う。

 その表情、その言葉────どれもが、アリスの記憶を刺激する。


『帰るんだろ、国に? アリスが家族に会うまで……俺はちゃんと守ってやるからさ』


 いつしかの夢で言っていた。

 いつも、自分の隣には彼がいた。


 そんな記憶が、刺激されてしまう。

 刺激は頭痛へと変わっていくが、アリスはそれ以上の懐かしさによって掻き消されていった。


 そして、チェシャはアリスの頭を撫で終わると、そのまま立ち上がりアンナに向き直る。


「じゃあ、始めるか……どうせ、自在作家ストーリー・テラーを狙ってるんだろ?」


「その通りです……ですから、そこを退いてくれませんか?」


「馬鹿言うなよ……俺はチェシャ猫だぜ? 笑い、欺き、助言し、アリスを助けるのが────俺の役目だ」


 そう言って、チェシャは腰に携えた剣の柄を握る。


「アリスが記憶を取り戻していれば話は変わってきますが────所詮、登場人物サブキャラクターであるあなたに勝ち目があると?」


「やってみねぇと分からんだろうが。優しい優しい言ってるが、そこまで来たらただ腹が立つ」


 チェシャは抜刀。

 アンネは、木目の目立った小さな箱を取り出し、数本のマッチを握る。


「手加減は……しませんよ?」


「されなくても、俺はアリスを守ってみせる」


 そして、二人は衝突する。

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