見つけた

「……見つけた」


 それから数秒の間が空き、チェシャが徐に目を開いた。


「早いねチェシャくん……」


「まぁ、本来はもう少し覗く必要があったんだが……思った以上に早く見つける事ができた。ちなみに、マザーじゃなくてアリスの未来で、だな」


 チェシャはもう少し時間がかかると思っていた。

 何せ、人の未来は小さな行動一つで大きく変わり、幾千幾万の未来が存在する。

 その中を手探りで根拠もヒントもないまま探していたのだ……ここで数十分は探る覚悟をしていたのだが、案外拍子抜けであった。


「それで、ハーメルンのクズは何処にいるんだい?」


「えーっと……ここら辺で時計台ってある?」


「学園の北に少しだけ大きな時計台があるよ! 確か、学園の中にはそこしか時計台がなかった気がする!」


「それじゃあ、そこで決まりだな。ハーメルンは時計台の下の庭園にいる」


 チェシャが見た未来は、笛を吹いている男が薄茶色い時計台の下の庭園で踊っている光景。

 そして、チェシャが覗いた未来はアリスのものであり、この先アリスがハーメルンを見つける事ができたという事になる。


「では、行くとしようか────早く始末して、目的を吐かせよう」


「物騒だよマザーちゃん……」


 あまりに躊躇のない発言に、肩を下げるアリス。

 もう少し穏便な解決方法はないものか、そう思った。


 平和的に、かつ誰も傷つかずにこの事態を収集してはいけないのか?

 これ以上の被害を出さずに終わらせる事はできないのか? そんな疑問を抱く。


 だけど、そんな考えを見透かしたのか、チェシャは真面目な顔つきでアリスの顔を覗いた。


「本来はそれが一番だ……だけど、。平和的思考に走ったとしても共感を得られる訳じゃないし、それが自分の首を絞める事もある」


 アリスは急に変わったチェシャの顔に息を飲む。

 その顔で語るチェシャの言葉は何処か重さを感じ、自分の芯に訴えかけているようだった。


「……アリスの考えは綺麗で美しい。俺も、マザーも、リムも────アリスの考えは好きだよ。だからこそ、その考えの所為でアリスには傷ついて欲しくない。だからこそ、俺達は物騒な話をするんだ」


 綺麗な思想を持った人間が汚い思考をした人間に淘汰される歴史を、チェシャは知っている。

 大義を掲げて国を収めた革命家は暗殺され、騎士道を目指した英雄は闇討ち、救いたいと新薬を開発した薬剤師は助手に騙され手柄を横取りされた。


 そして事実────最後の最後まで拳を握らなかったが、チェシャ目の前で命を落としている。


 だからこそ、二度目はさせない。

 守る為に卑怯な自分に戻るのだ。


「もし、手が回らなかったらアリスにも手伝ってもらうかもしれない、その思想を少し汚してもらうかもしれない────それだけは、覚えておいて欲しい」


 そう言いつつも、チェシャの表情は優しいものだった。

 噛み締めて複雑な表情を見せるアリスの頭を撫で、汚させないようにと安心させる。


「……分かったよ、チェシャくん」


「すまんな、アリス」


 そして、アリスは小さく首肯する。

 前世のアリスは頑なに首を縦に振らなかった。しかし、この世界のアリスは首を縦に振ってくれた事に、チェシャは嬉しくも悲しい複雑な気持ちを抱いた。


 そんな時────


「二人共、来客だよ」


 マザーが廊下の先を見る。

 するとそこには群れを成すように生徒の群れが一本道の廊下に現れていた。


「……ねぇ、マザーさん? なんか後ろにもいるんだけど?」


「だから言ったじゃないか、だって」


 チェシャが頬を引き攣らせて見据える先、そこには同じように生徒の群れが集まっていた。


「ど、どどどどどうしようっ!? 挟まれちゃったんだよ!?」


 落ち着いていたアリスが一気に取り乱す。

 魔姫と呼ばれるぐらいに引けを劣らないアリスがこうして取り乱してしまったのは、狭い空間で挟まれてしまったからだろう。


 だけど、そんなアリスとは裏腹にチェシャとマザーは落ち着いていた。


「……リムねぇが取りこぼした?」


「いや、完全に新手だろう。リムがそんな簡単に通すとは思えない」


「じゃあ、これがほとんど出し尽くしたような感じか? いや、まだいそうではあるんだが……」


「さぁ? しかし、予想通りであれば残っていても、簡単にあしらえる程度しか残っていないだろう」


「そっか……」


 迫り来る生徒を一瞥し、チェシャは少しだけ息を吐いた。


「マザー、頼んでもいい?」


「何を言っている? これはボクの客人だ────君達はさっさと行きたまえ」


「すまんな」


 マザーがチェシャとアリスを庇うように前に出た。

 それを確認すると、チェシャは取り乱すアリスの足と背中に手を回し、そのままお姫様抱っこの要領で抱えた。


「チェ、チェシャくん!?」


 急に抱えられた事により、アリスは驚く。

 だが、顔が先ほどよりも真っ赤に染っているのは驚きだけの理由ではないだろう。


「じゃ、しっかり掴まれよ、アリス!」


「え……? ちょっと待つんだよ、ここって五階だよね?」


 そして、チェシャは廊下の窓枠に足をかける。

 何をしようとしているのかを何となく察してしまったアリスは、間違いであって欲しいとチェシャの首を揺すった。


 だけど、その考えは残念な事に正しかったようだ。


「とぅっ!」


「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 アリスの絶叫が校舎中に一瞬だけ響き渡る。

 だけど、その声は直ぐにチェシャとアリスの姿と共に消えていった。



 ♦♦♦



「……さて」


 チェシャ達の姿が消えた事を確認したマザーは、両サイドから自分目掛けて向かってくる生徒を一瞥した。


「ボクを狙っているように見えるけど……なるほど、目的はだね?」


 大勢の生徒がマザーに迫って来ているのは間違いない。

 だけど、視線はマザーの後ろ────に注がれていた。


「ここから飛び降りたら君達はタダでは済まないだろうに……最悪、君達は死ぬよ?」


 そんなマザーの忠告を含めた呟きをも無視して、武器を取り出し始めた生徒が突貫する。

 その少し後ろを見れば、火の塊や土塊を生み出し飛ばしてこようとする生徒も見えた。


「……君達がどうなろうと構わないが、アリスが悲しむからね。ここで止めさせてもらうよ」


 マザーは両側から来る敵を見据え、懐から溢れるほどのビー玉を取り出す。


「さぁ、舞踏会まで後少し────魔女が見せるマジックショーの時間だ」


 大勢の生徒に対し、精霊の魔女は不敵に笑い対峙する。

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