助言する者
目的地はなく、ただただ元凶となる人物を見つける為に、チェシャ達は広い校舎を駆ける。
「それで、その人は何処にいるの!?」
「分からん! とりあえず、笛を持った男を探す事! それが第一!」
走りながら尋ねるアリスにチェシャが答える。
「クソ野郎の権能の効果範囲はそれほど大きくはない。きっと、この校舎の何処かに隠れていると思うよ」
「そういう事だ! とりあえず、見つけるまででおーけー! そして、見つけたら俺の権能でクソ野郎を闇討ちする!」
チェシャの権能は隠密特化である。
幻影を生み出し、自らの姿を暗ます事ができるチェシャの権能は闇討ちに持ってこいなのだ。
「流石、チェシャだね。『不幸に貶める者』の権能を使えば、あんなクズなどすぐに殺せるだろう」
「正面からやり合えば厳しいが、闇討ちならゴミを屠れる自信がある!」
「ねぇ、二人共その人の事嫌い過ぎじゃないかな?」
もはや悪口としか聞こえない単語を連呼している事に、アリスは苦笑いする。
一体、チェシャとマザーに嫌われるような人物とはどんな人なのだろうか? それが気になるアリスであった。
「
「相容れない存在だ、君が気にする事じゃないさ」
そう言って、両サイドを走るチェシャとマザーが心配するなと口にする。
それを聞いたアリスは釈然としないものの、一旦その疑問を頭の片隅に置いた。
「なぁ、さっきからこの校舎静か過ぎじゃないか!? さっきから誰ともすれ違ってないんだけど!?」
校舎の廊下を並走するチェシャは辺りを見渡す。
だが、何処を走っても笛を持った男は見つからず、それどころか人の気配が全くなかった。
「他の学年は今日は統一課外演習なんだよ! 皆ダンジョンに潜っているから、こんなに静かなんだと思う!」
「だからあの数しか現れなかったのか! それは僥倖だな!」
チェシャ達の通う学園は一学年三百人ほど。
それが四学年ある為、在籍している生徒はざっと千二百人。
その人数全てが敵に回らず、少しの人数しかチェシャ達の前に現れていない。
きっと、課外演習によって他の学年の生徒がいなかった為、その人数しか操作できなかったのだろう。
だからこそ、それが僥倖だと思ったチェシャであった。
「ふむ……でもおかしいね」
「なんで!?」
「当然、千二百人ぐらいならハーメルンは操作する事は容易だろう。だが、考えてみてくれ────操作できるのにも関わらず、どうして人が少ないこのタイミングで襲撃をしたのか?」
操作した人間が多ければ多いほど、元凶にとっては有利に働く。
にも関わらず、わざわざ人の少ない今のタイミングで動き出したのか? それが疑問に思ったのだ。
「……確かに、人が多い方が私達も動きにくいし、見つけられやすくなるもんね」
「その通りだよ、アリス」
そして、マザーは急に立ち止まる。
それに続いてチェシャとアリスも足を止め、考えを纏めるように顎に手を当てるマザーの顔を見た。
「考えられるのは二つ。一つは『このタイミングでないと動けなかった事』、もう一つは『このタイミングこそが最大の好機』であった場合だ」
「……前者でも後者でも、他学年が演習に出かけて不在にしている事に関係がありそうだな」
「私にはよく分からないけど、単純に『他の人に見られたくなかった』からじゃないかな?」
「それはないと思う。見られたくなくとも、ハーメルンであれば見たという事実ですら操作ができるんだ。恐らく、その可能性は低いだろう」
目撃者が例えいたとしても、その人間も合わせて操作をすればいいだけの話。
だからこそ、別に『見られたくない』という意識をしなくてもいいのだ。
「うーん……」
マザー指摘されて頭を悩ますアリス。
そして、少しの間思考したアリスは勢いよく顔を上げた。
「うん、分かんない!」
「流石、アリスだ」
「あぁ、期待通りの反応だね」
「どういう意味!?」
二人の反応に、アリスは驚いて心外だと頬を膨らませた。
そんなアリスをチェシャは頭を撫でながら諌める。
「んじゃ、あんま可能性は低いけど……俺が働きますかね」
アリスの頭を撫で終えたチェシャは徐にポケットから小さなロケットを取り出した。
「何するのチェシャくん?」
「ん? あぁ……あんまし効果はないと思うけど、俺の権能を使ってみようと思う」
「なるほど……君の『助言する者』の権能を使う訳だね」
「まぁな」
────チェシャの権能が一つ、『助言する者』。
これは、知らぬ相手知っている相手問わず、助言を行う為の権能である。
その効果は種類によって様々。
少し先の未来を見る事や、指定した未来に誘導させる事など、どれもが『助言』によって他人の未来に干渉するものになっている。
今回はその一つ。
少し先の未来を見る為に、チェシャは権能を行使する。
「チェシャくん、それで見つかるんだったら始めからそれをしてた方がよかったんじゃないのかな?」
「いや、俺の権能はどれも『視界に入った人間』にしか干渉できないし、見る事もできないんだ。だから、今見つかってないハーメルンのクソ野郎の未来を覗く事や誘導する事もできない────端的に言えば、俺の権能は人探しに向いていないんだよ」
「じゃ、じゃあ……する必要なくない?」
「まぁ、俺もするつもりはなかったんだが……気が変わった。俺達の誰かがハーメルンをこの先見つけている事を信じて未来を見る」
チェシャの権能は視界に入った人間のみにしか干渉できない。
まだ見つかっておらず、手がかりも姿も見えない相手を視界に入れる事など不可能で、その先の未来も今いる場所も把握する事が無理なのだ。
だけど、もし自分達の未来を見れば?
もし、この先ハーメルンを見つけているのであれば、その先の未来を見てハーメルンのいる場所を暴く事ができるだろう。
だだっ広い校舎の中や校内を闇雲に探すより、見つかる可能性に賭けたのだ。
「まぁ、手がかりがない状況で、俺達がハーメルンを見つけているかは怪しいが……やらないよりかはマシだろう」
そして、チェシャはマザーアリスを視界に入れて、タロットを真下へと落とした。
「『助言する者』の権能が一つ────『
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