逃亡
「行くぞアリス!!!」
「ここは退いた方がいいね」
「えっ!? えー!?」
チェシャとマザーがすぐ様逃げの姿勢をとる。
先程の緊張感がないやり取りをしていたのが嘘のように様子が変わった。
そんな二人の見て、アリスが戸惑う。
「リムねぇ! そいつらの相手できるか!?」
「よっゆう〜♪ って、言いたいところだけど……この数は頑張ってみないと分からないかなぁ〜」
「すまん! なら頼むわ! こっちはハーメルンの野郎を探す!」
「おっけ〜!」
それだけを言い、チェシャはこの場をリムに任せる。
集まった生徒は先程よりも多く、その人数はチェシャ達が在籍している学年全員と同じくらい。
それに加え、相手はただの一般人ではない。魔法を扱え、中には魔法に長けた生徒もいるわけで────
「リムちゃんに任せちゃってもいいの!? 私達も加勢しないと! フェリシアちゃんもいるし!」
「そうしたいのは山々だが、元を倒さないとあいつらは止まらねぇよ! それがハーメルンの野郎の権能だからだ!」
権能と言われてもピンとこないアリス。
だからこそ、自分の手を引いて訓練所から外に出ようとするチェシャを引き留めようとする。
「一緒に逃げるっていう選択肢はないのかな!?」
「今逃げても、いずれ邪魔しに来る────だったら、ここで足止めしてもらった方が見つけやすくなる!」
リムには申し訳ないとは思っている。
それでも、今考えられる中ではこれが最善だとチェシャは判断した。
「ボク達の知るハーメルンは、一度に操作できる人間が限られている。無限なら逃げが最善かもしれないが、そうでないなら削った方が後が楽になるのさ」
「そ、そうなの……?」
「あぁ……操作を止めるにはハーメルンの意識を奪うしかない。それまで、リムねぇには踏ん張ってもらう!」
チェシャとマザーの考えは同じ。
足止めをしてもらい、その間にハーメルンの笛吹き男を見つけ撃破する。
そうしなければ現状を打破する事ができず、一生の鬼ごっこをする羽目になるからだ。
「ハーメルンの厄介なところは『目的を果たすまで止まらせない』という点だ。操作できる最大は確か数千人、その相手が全て襲いかかってくれば数で押し切られてしまうだろう。この学園のどれだけがハーメルンの手駒になっているか分からないが、今現れた人数ならむしろリムにとっては僥倖だろう」
「それに、ハーメルンの目的が何で、連中がどんな指示を受けているかも分からん! そんな状況で鬼ごっこなんてしてられるか────早急に叩く!」
「でも、その目的がリムちゃんだったらどうするの!?」
「あいつは大丈夫だ────相手にするのは厳しいかもしれないが、一人で逃げるくらいは問題ない! いざとなったら、背中を向けて逃げるはずだ!」
だから心配するな、とチェシャは走りながらアリスに言う。
だが、それでもアリスの不安は拭えない。
せっかく仲良くなれた人が危険な目にあっているのだ────そんな状況で、自分一人が逃げるなど、優しいアリスには難しかった。
「加勢しようと思うなよ! 俺にとってアリスを守る事が最優先なんだ!!!」
そうアリスに向かって言ったチェシャの形相は険しく、苛立ちと焦りを込めて笑っていた。
必死……そう呼べるのかもしれない。
そんな顔を、アリスは初めて見た。
だからこそアリスは何も言えず、ただただ現状が上手く呑み込めないまま訓練所の外に向かって走っていく。
護衛だから、ここまで必死になってくれているのだろうか?
そんな疑問がアリスの脳裏をよぎる。
(ううん……絶対にそれだけじゃないんだよ……)
もっと別の、根本から理由が存在するのだと、何となくだがアリスは感じとった。
そして、それは正解と言っても過言ではない。
……何故なら、チェシャにとってアリスは一度失った存在なのだから。
二度目を起こす訳にはいかない────チェシャはそう考えている。
であれば、これ以上は何も言えない。
例えリムが危険な目にあっていようとも、全ては自分を守る為の行動なのだから。
「リムちゃん! 後で絶対に合流するんだよ!!!」
訓練所を出ていく直前、アリスは訓練所に残るリムに向かって叫んだ。
一人、残ってくれるリムの無事を願って、一方的な約束を取り付ける。
────目指す場所は、まだ決まっていない。
♦♦♦
(うーん……やっぱり、アリスちゃんは優しいなぁ〜)
訓練所に残ったリムは、背中越しに聞こえた声に笑みを浮かべる。
別に、これはただの役割分担だ。
誰かがしなければならない事で、たまたま最初に与えられた役割に自分が選ばれただけ。
それなのに、自分の身を案じてくれている。
それがリムにとって嬉しかった。
「アガァァァァァァァァァァ!!!」
剣を持った生徒が一人、思いっきり地を駆けた。
それに続き、現れた生徒がごぞって足を前に進める。
進行方向にはリム────ではなく、チェシャ達が出ていった訓練所の出口。
その間に立ち塞がるリムの事など、まるで眼中にないようだった。
(なるほど……用があるのは私じゃなくてあの三人の誰かなんだね〜! ホッとしたような、腹立たしいような〜♪)
そうと分かり、リムは愛用のメイスを肩に担いで構える。
(チェシャくんもマザーちゃんも焦るよね〜! だって相手は
人間よりも
それが、童話の世界での格付けだ。
格付けとて絶対ではない────だが、その格付けこそ力の差を表しているのは、童話の世界では常識であった。
事実、何度もリム自信が
何度土の味を味合わされたか分からない。
(悔しいけど、正直タイマンじゃ私は勝てないかな〜)
そう思わせるほど、
故に、チェシャ達が焦ったのも納得できる。
────始まったばかりのこの現状も、予兆でしかないのかもしれないのだから。
「じゃあ、お姉ちゃんはお姉ちゃんで頑張ろうかな〜♪」
しかし、リムは軽い調子で敵を見据える。
どんなに強い敵であっても、任せておけば大丈夫。
自分は与えられた役割だけをこなしておけばいいのだと信じて。
「鏡よ鏡、この世で一番力が強いのは、だぁれ?」
訓練所には続々と生徒が集まってくる。
そして、どんどんチェシャ達の立ち去った出口へと向かっていく。
「もちろん、わ・た・し♪」
────だけど、その生徒達に立ちはだかるように、リムがメイスを振り上げた。
「が〜うがう、わんわ〜ん♪」
いつ終わるか分からない戦い。
殺傷は禁じられ、足止め命じられた后は笑みを浮かべる。
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