異変が訪れる
「リムちゃん!?」
アリスが驚きと合わせてリムの名前を呼ぶ。
今、目の前で起こったのはリムに向かってフェリシア達が魔法を撃ち込んだ光景。
それも前ぶりもなく、リムに向かって魔法が放たれた。
「あ、危なかった……」
いつもののほほんとした口調が崩れ、砂煙からリムが五体満足のまま姿を現す。
寸前でリムの権能が間に合ったのだろう。その事に、アリスは安堵の息を漏らした。
「ちょっと〜! 何するのよ〜!」
リムがフェリシア達に向かって怒る。
どうしてこんな事をしたのか? 決闘も始まっておらず、相手はリムでもなく、ましてやフェリシア以外の生徒が参加する訳でもないはず。
にもかかわらず、リムに向かって魔法を放った。それが分からなかった。
「さて、チェシャは彼女達をどう思うかな?」
その光景を見たマザーがチェシャに問いかける。
「普通に考えれば、決闘という話は嘘で俺達をおびき寄せてまとめてボコろうと思っていたか。もしくは、なんらかの異常があいつらに訪れたかってところだな」
リムが憤慨する中、チェシャとマザーだけは冷静に状況を見ていた。
「前者に限ってはないだろう。貴族にとって決闘は神聖なものだ。自ら穢すような行いはとるとは考えにくい。それに、まとめてお灸を据えようとしていたのであれば、この前集まった時にでもしているはずだよ」
「んじゃ、残るは後者か……?」
「ボクはそう考えるけどね。もちろん、前者の可能性もあるが……」
ちらりと、マザーはフェリシア達の姿を見る。
目が虚ろで、足取りはおぼつかない。生気が抜かれているような、そんな感覚を覚えさせていた。
「チェシャくん……これって、どういう状況なの?」
未だに現状を理解しきれていないアリスが不安そうな目をチェシャに向ける。
「いや、俺もいまいち掴めてはいないんだが……とりあえず、俺とマザーはあいつらに何らかの異常が出たのでは? って考えている」
「異常……?」
「例えば、俺達と出会う前に誰かに脅されて無理矢理従わされていたり、そうせざる状況と認識させられてしまっていたり、誰かに意識を乗っ取られたり────そこまでは分からん」
「そうなんだ……じゃあ、助けてあげなきゃ!」
そう言って、アリスは拳を握ってフェリシア達の元に向かおうとする。
だが、それをチェシャの腕が止めた。
「待て待て待て。行動するのが早いわアリス」
「で、でもっ! 早くしてあげないとフェリシアさん達が危険な目に合うかもしれないんだよ!?」
「それは分かるが、どうすればその異常を取り除けるか分からんだろうが。それに────俺の仕事は、お前の護衛だ。アリスを危険な目に合わせる訳にはいかねぇんだよ」
どんな風評を受けようが、どんな態度をとっていようが、今のチェシャは
アリスの護衛だ。
主人が自ら火の中に飛び込む事は許されず、チェシャはその火を振り払わなければならない。
「リムねぇー! そいつらの注意って引ける? その間に、俺とマザーでなんか考えとくからさー」
「殺してもいいの〜?」
「はい、NG! このばかちんがぁ! そんな事したらアリスが悲しんじゃうでしょうが!」
「ちぇ〜……じゃあ意識奪っとこうかチェシャくん〜?」
「うむ、それは許可しよう」
なんとも緊張感のないやり取りである。
リムが相手をしてくれているのであれば、邪魔される事なく現状を考えられるとチェシャはマザーに向き合った。
「それで……ぶっちゃけどう思うよ?」
「そうだね……ボクは『精神操作』の類いを受けていると思っている。脅しだとすればもう少し口数も多いはずだし、幻覚を見せられているのであればうわ言も出てくる────だが、今の彼女達はただ魔法を使っているだけだ。主人の命令に忠実に従っているようにしか見えない」
そう言われて、アリスとチェシャはフェリシア達を一瞥する。
特に陣形をとる訳でもなくただただリムに向かって魔法を放っており、それをリムがメイス片手に薙ぎ払っていた。
「流石、マザー。ナイス観察眼」
「凄いね、マザーちゃん!」
「よ、よせ……照れるじゃないか」
二人の褒め言葉に、少しだけ照れて顔を赤くしたマザー。
近くで魔法が飛び交って一人の少女が戦っているのにも関わらず、本当に緊張感も減ったくれもない。
「んで、マザーの意見が正しいとして……アリス、相手の意識を乗っ取るみたいな魔法、この世界にあるか?」
「う、ううん……私が知る限りでは、そんな魔法はないよ。意識や精神に干渉するっていうのは、まず事象ですらないから生み出す事もできないんだよ」
「じゃあ、魔法の線は消えたとして────」
「まぁ、間違いなく『転生者』だろうね」
転生者────それはチェシャやマザー、リムなどのように前世の記憶を持った人間である。
そして、今の段階で分かっている事と言えば、皆が皆『童話の住人』である事。
『童話の住人』であれば魔法だけでなくそれぞれの役割に沿った『権能』を扱う事ができる。
それこそ、人を操る権能など山のようにある訳で────
「だけど、正直検討がつかない。誰? 誰が犯人なんだよ?」
「そうだね……数人を操る程度の人間なんて腐るほどいたからね……誰が、と特定しない限りは具体的な対処法が見つからない」
「じゃあ、あいつらを倒してお終いか……」
具体的な対処法が見つからず、とりあえずフェリシア達の意識を刈り取っておこうと考えたチェシャ。
その物騒な考えに、とりあえずアリスはペシペシとチェシャの背中を叩いた。
────そんな時。
〜〜〜〜♪
甲高い笛の音が聞こえ始めた。
「あれ? なんだかきれ────」
「聞くなアリス!!!」
「ふぇっ!?」
アリスが言い始めようとした瞬間、チェシャがアリスを思いっきり顔を埋めるように抱き締めた。
(な、ななななななななっ!? チェ、チェシャくんっていきなりどうしたのかな!?)
咄嗟の事で、笛の音よりもチェシャの温かでガッシリとした体の感触しか感じなくなったアリス。
内心、完全にパニックである。
「チェ、チェシャくん〜! 何か増えちゃったんだけど〜!」
そして、遠くで引き付け役をやっていたリムが少しだけ戸惑った声でチェシャを呼んだ。
見れば、訓練所の入口からフェリシア達以外の生徒がぞろぞろと群れをなして姿を現していた。
その人数は、訓練所の入口を塞ぎ切るほど。
「あれほどの人数を操り、笛の音を聞かした人間を……ボクは一人知っているよ」
「奇遇だな……俺も、何故か一人だけ知っている」
チェシャとマザーが思い浮かべるのは一人の人物。
多くの子供を操り、多くの子供を連れて洞窟の中に入っていった人間。
その人間は、大きな笛を持って街のネズミを全て退治したという。
その人物は────
「くそっ……! 今回の敵は『ハーメルンの笛吹き男』じゃねぇか!」
────童話の住人である。
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