決闘当日

「……で? ちゃんとやって来たにも関わらず、等の本人が来ないってどういう事よ? ナメてんの? 馬鹿にしてんの?」


「た、多分お腹壊しちゃって遅れてるだけだと思うな……」


 ────翌日。

 決闘の日を迎えたチェシャ達は訓練所にやって来ていた。


 決闘を受けるのはアリス一人。

 しかし、敗北した時の要求に関わっている為、チェシャを含めた童話の住人も一緒に、はっぴにペンライト、大きな旗を持って訓練所まで足を運んでいた。


 だがしかし、待ち合わせ場所で待ち合わせの時間に来てもフェリシアの姿はない。

 その事に、苛立ちを覚えてしまうチェシャであった。


「全く……約束を守るのは人としてどうかと思うね。ボク達でさえちゃんと守っているというのにさ」


「本当だよね〜! お姉ちゃんも、流石に感心しないなぁ〜♪」


「あはは……」


 チェシャの苛立ちにマザーとリムも同意する。

 だが、アリスに至っては終始苦笑いだ。


「ねぇ……チェシャくん?」


「なんだアリス?」


「ずっと気になってたんだけど……」


 学生服を翻し、チェシャの姿を引き攣った顔で見つめる。

 どうしてそんな顔をしているのか? それを疑問に思ったチェシャだが、おでこに巻いたはちまきをきつく結んでアリスを見つめ返した。

 とりあえずは話を聞くようだ。


「私、確かに頑張らないといけないんだよ……今日は、貴族としてもアリス個人としても負けられない戦いだから」


「おう、頑張れアリス! 俺は応援している!」


「うん、ありがとうねチェシャくん……でも────」


 アリスが大きく息を吸って、溜め込んだ言葉を吐き出した。


「なんで皆、!?」


 その叫びは訓練所に響き渡る。

 思わず耳を塞いでしまったチェシャ達は、何を言っているのか分からないような惚けた顔を向けた。


「い、いや……そんなおかしな格好しているか?」


「気づかないなら重症レベルだよ! いつもの大好きなチェシャくんじゃないんだよ! どうして普通の格好で来なかったの!?」


 アリスは顔を染め、目尻に涙を浮かべながら抗議する。

 一瞬告白紛いな事を言われたような気がするが、とりあえずそんなアリスを見てしまいもう一度自分の格好を確認するチェシャ。


 ・学生服の上から羽織ったピンクのはっぴ。

 ・赤、黄色と光るマザーの権能お手製のペンライト。

 ・『アリスふぁいと♡』と大きく書かれた旗。


「……特段おかしなところはないな」


「きっと、はっぴが曲がっているからだろう。ほら、こっちに来いチェシャ」


「あれ〜? ペンライトの色が違った〜?」


「そんな事じゃないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 アリスの悲痛な叫びが木霊する。

 どうやら、アリス想いは三人に届いていないようだ。


「オタクだよ! 何処からかどう見てもオタクだよ! 皆私のファンなの!? 応援するなら普通でいいじゃん! どうしてそんな派手派手で恥ずかしい事するの!?」


 それはアリスの心からの叫びであった。

 応援してくれるのは嬉しい。もちろん、チェシャや友達のマザーやリムが応援してくれれば自分も心強いし、頑張ろうという気が湧き上がる。


 だが、だが……だ。

 想像してみて欲しい。応援してくれる三人しかいないギャラリーがピンクのはっぴを着て、ペンライトを振り回し、ふと見れば大きな自分を応援する旗が見えてしまう光景。


 恥ずかしくはないだろうか?

 例えるなら、授業参観に一眼レフ三台を装備して授業中に大声で応援する親のようなものだ。


 だからこそ、アリスは恥ずかしかったのだ。

 それはもう、


「アリスに頑張って欲しいからだ」


「アリスに勝って欲しいからだね」


「アリスちゃんに負けて欲しくないからだよ〜♪」


「複雑な気分なんだよっ!」


 応援してくれるのは嬉しいが、ここまではして欲しくなかった。

 そんな半分半分の気持ちが、アリスに羞恥を与えてしまったのだ。


「まぁ、俺達がこんな格好してたら……緊張とかしないで済むだろ?」


「そ、それはそうなんだけど……」


 だからといって、そんな格好をする必要があるのか? そう思わずにはいられないアリス。

 だが、チェシャは不意にアリスの頭を撫でると、もう一度優しい笑みを向けた。


「大丈夫。アリスは勝てる。根拠はないけど、確信はあるさ────何故なら、アリスはなんだから」


「……えっ?」


 チェシャの言葉に疑問を持つアリス。

 前にもあった疑問────自分は、今までチェシャ達には会っていなかったず。

 だけど、その疑問よりも先に「嬉しい」という気持ちが入ってしまった。


 何故なのか?

 その事を疑問に思ってしまったアリスは、思わず口からそんな言葉が出てしまった。


(き、聞かなきゃ……!)


 前々から聞こうと思っていた事。


 どうして自分の事を知っているような素振りを見せるのか?

 どうして自分の知らない言葉が分かってしまうのか?

 どうして自分は関わった事のないマザーとリムとこんなに仲がいいのか?


 どうして────チェシャが側にいると、こんなにも安心して胸が高鳴ってしまうのか?


 今はそんな場面でも流れでもなかったが、聞いてしまいたいと思った。

 だからアリスは、その疑問を口にする。


「あ、あのね! チェシャく────」


「どうやら、待ち人来たり……のようだね」


 が、その言葉はマザーによって遮られてしまった。

 マザーの声に合わせ、皆が一斉にマザーの見つめる先を見つめる。


 訓練所の入口────そこにいたのは、数人の男女。

 その中には、アリスと同じ金髪をしたフェリシアの姿もあった。


「遅いよ〜! お姉ちゃん達、すっごく待ったんだから〜!」


 リムがぷりぷりと怒った素振りを見せながらやっと現れたフェリシア達の元に近づいていった。

 きっと、文句の一つでも言いに行くのだろう。


 しかし────


「我が炎は業火にあらず────」


「え、えっ……? なんで詠唱を始めちゃってるのかな〜?」


 そんなリムに向かって、フェリシアが手をかざし魔法の詠唱を始めてしまった。

 それに続き「荒れ狂う水流よ────」「強固な存在を見せつける礫よ────」「何者をも切り裂く風刃よ────」などと、周りの取り巻きも詠唱を始める。


「ちょ!? 鏡よ鏡、世界でいちば────」


 そして、


「────絢爛とした灼熱は闇夜に降り注がん」

「────敵を呑み込め」

「────強固な存在を穿て」

「────大きさも残さず切り刻め」


 無数の魔法が、一斉にリムに向かって降り注いだ。





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