浴びる視線

「魔法を行使するには、イメージ力が必要なのー」


 翌日。座学の授業にて、変わらずフォーマルな格好をしている教師────メルティアが黒板に『イメージ』と可愛い字体で書いていく。

 今回の座学は魔法学。魔法学は魔法の基礎から始まり、成り立ち、応用、魔法の種類をメインとした講義となっており、今回の議題はどうやらイメージという事らしい。


「魔力があるだけじゃ魔法は発動しないわー。どんな魔法を発動させるか、どんな魔法を生み出したいか、そこをイメージしないと魔力は現象として引き出せないのー」


 そんな講義を、チェシャは欠伸をしながら聞いていた。

 隣には、マザーが熱心に耳を立てノートらしき薄い本に要点を纏めていく姿がある。

 離れた席にはアリスも座っており、こちらもマザーと同じく真剣な表情で聞いていた。


(マザーはともかく、アリスが真面目に聞いている姿っていうのは、違和感を感じるよなぁ……)


 なんて失礼な事を考えるチェシャ。

 マザーは元々好奇心旺盛な性格をしており、研究に明け暮れる日々を送っていたので、新しい『魔法』という存在が気になり、こうして真面目に講義を受けるというのは想像がつく。


 だが、アリスは違う。

 童話の彼女は少し抜けていて、本当に勉強なんてしてたのか? などと疑う機会が一緒に過ごしていて多かった。

 故に、チェシャのよく知る向こうのと似ているこの世界のアリスが、こうして熱心に聞いている姿がチェシャにとってかなりの違和感だった。


(まぁ、アリスは公爵家の人間だし、上には上のプライドや矜恃があるのかもな)


 貴族だからこそ、下にいる者の模範とならなければならない。

 そんな考え方が、今のアリスにはあるのかもしれない。


 そう思い、チェシャは感じた違和感を振り払った。


「ではー、イメージとは一体何なのか、どうやって養われるのか、そこを今日は説明していきますー」


 講義は淡々と進み、イメージから始まる魔法学の本筋へと突入する。

 マザーは興味があるのか、目を輝かせながら時折納得したかのように首を縦に振っていた。


 その姿は、子供みたいでとても可愛らしいものである。

 のだが────


(こいつ、よくこんな状況で集中できるよなぁ……)


 などと、チェシャはマザーを見て苦笑いする。


 チェシャがそう思った原因。

 それは、周囲の視線によるものだった。


 チェシャとマザーに視線を向ける周りの生徒達。

 それは以前と同じように、興味と疑問と侮蔑。あの定期測定以来、チェシャ達はそんな視線が常に突き刺さっていた。


 それが気になって仕方ないチェシャ。

 気にするまでもないと一蹴すればいいのだが、流石にずっと視線を浴び続ければ気にならない訳がない。

 チェシャが講義に集中できない理由の一つに、こういった理由が存在する。


 故に、この状況で真面目に講義を受けているマザーは凄いものだと、思わず感嘆してしまった。


(まぁ、ほっとこ……)


 チェシャは結局、問題を先送りするかのように、腕を寝かせて顔を埋める。

 そして、チェシャは微睡みの中へと潜っていった。



 ♦♦♦



「チェシャくん! また寝てたでしょ!?」


「寝てないっす」


「寝てたんだー!」


 講義が終わり休み時間。

 即座にチェシャの元に駆け寄ったアリスは、寝てしまったチェシャに向かって憤慨を見せる。

 ポカポカとチェシャの体を叩くその姿は、一言愛らしかった。


「寝てしまうのはもったいないよチェシャ。何せ、ここの知識は向こうになかったものばかりだ……知識が溢れるこの空間の一分一秒を無駄にするなど、自らの成長を怠るようなものさ」


「大袈裟じゃね?」


「大袈裟でも小袈裟でもなんでもいいから寝たらダメなんだよー!」


「やっぱり、アリスって馬鹿だろ?」


 小袈裟など聞いた事がないと、チェシャは怒るアリスを見て笑う。

 公爵家の娘に堂々と馬鹿だと言えるのは、きっとこの学園ではチェシャぐらいなものだ。


「みんな〜! お姉ちゃんがやって来たよ〜♪」


「必殺! アリスガード!」


「ちょ、何するのチェシャくん!?」


 聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、チェシャはすぐ様アリスを目の前に突き出した。

 そして、突き出されたアリス驚くものの、やがて現れた声の主によって抱きしめられてしまった。


「アリスちゃ〜ん♪」


 声の主こそクィーン・グリムヒルド。

 自ら姉を名乗り、世界一を求める少女である。


「も、もうっ! 抱き締めるのはナシなんだよ! そのたわわが、私のHPをごっそり削ってくるんだよ!」


「切実な想いが聞けたな」


「うむ、アリスはお世辞にも大きいとは言えないからね」


「そこ! ちゃんと聞こえてるんだからね!? 後でお仕置────や、やめっ! リムちゃん、ほっぺをすりすりしないで〜!」


「すりすり〜♪」


 抵抗こそするものの、体格差があるリムの抱擁から離れなれないアリス。

 それに加え、肉弾戦が得意なリムと魔法が得意なアリスとでは、筋力差があり過ぎる。

 この抱擁が終わるのは、きっとリムが標的を変えた時だけだろう。


「君もしょっちゅうここに現れるな。別にボクは構わないが」


「え〜! だって、もう隠す必要もないし〜、このメンバーの方が楽しいんだもん〜♪」


「来ても構わんが、とりあえずアリスから離れてやってくれ。そろそろアリスの胸HPが尽きそうだ」


「待ってチェシャくん、その胸HPについ詳しく教えて欲しいんだよ。事と次第によっては怒るんだよ」


 胸HPとは何なのか? それはきっと、アリスが聞いてしまえば確実に怒るようなチェシャ自作の言葉に違いない。


「それにしても、ここは視線が凄いね〜! ゾクゾクしちゃうというか、殴り飛ばしたくなっちゃうっていうか〜」


 リムは周囲を見渡す。

 すると、こちらを見ていた生徒は一瞬にして顔を逸らしてしまった。

 中には未だに忌々しそうに見てくる生徒もいるが、表立った行動は見せない。


「これぐらい派手に騒いだんだ。きっと、うるさいって感じで見てたんだろうさ」


「ふふっ、本当はどうしてか分かっているのに、君ははぐらかそうとするね……どうしてだい?」


「変に荒波を立てないようにっていう気遣いと優しさ」


 ここで声を大に指摘しても要らぬ火種が生まれるだけだ。

 プライドが高い貴族が苛立っているのだ……そこに油を注いでしまえば、誰かに迷惑がかかってしまう。

 これは、そんなチェシャなりの気遣いであった。


「そういえば、さっきフェリシアちゃんに会って〜」


「会って?」


「校舎裏に呼び出されちゃった〜」


「だってよアリス」


「えっ!? 私なの!?」


「ううん〜、私達皆の事だったよ〜♪」


 そんな用事を軽い調子で言うリム。

 その言葉を聞いて、チェシャもマザーもアリスも、それぞれ大きさは違うがため息を吐いた。


「早速荒波が立ったね」


「そういう用件は、先に言えよリムねぇ……」


 その用件は一体何なのか?

 それは分からないが、とりあえず面倒事なのは満場一致で確信した。



 ♦♦♦



(ふふっ、権能を見せた三人の元に集まる一人の少女ですか……)


 チェシャ達がため息をついていた同時刻。

 そんなチェシャ達の姿を、遠巻きに眺めていた人間がいた。


(まぁ、あの名前であの容姿ですから、十中八九不思議の国のアリスでしょう)


 どうしてその名前を知っているのか?

 残念ながら、その問いを尋ねる者は、この場にはいなかった。


 その人間は、薄らと徐々に笑みを深めていく。


(一度は諦めてしまいましたが……なるほど、私は再び近づけるかもしれませんね)


 そして、その人間は最後にチェシャ達を一瞥すると、そのまま背中を向けて歩き出した。


「今度こそ、自在作家ストーリー・テラーに近づく為に────」



 新たな火種は、チェシャ達の知らぬ場所でも生まれてしまったのであった。

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