夢
「さぁ、チェシャくん! 今から西に向かってレッツゴーなんだよ!」
天井に向かって拳を突き上げ、白いワンピースを靡かせながらアリスは後ろをついてくるチェシャの手を引いた。
元気溢れる様とはこの事を言うのだろう。目を輝かせ、その足取りは浮つきを通り越してスキップである。
「なぁ……アリス?」
「どうしたのチェシャくん? 元気ない顔して」
「いや、ちょっと疑問でさ……」
そんなアリスに対し、チェシャの顔は渋いものだった。
それが不思議で堪らないアリス。
だが、チェシャは心配も心配だった。
「アリスの故郷がある国には西に向かわなきゃいけないのは分かる。そうだよね、ここは日本でアリスの国はスウェーデンだもんね」
「うぬ? そうだよ? だから西に行こうって話なんだよ」
「だけどよ? ここは空港だぜ? もう一回言うけど、ここは空港だね? 成田の成田だぜ?」
そう、今アリス達がいるのは日本にある空港だ。
平日ど真ん中にも関わらず、多くの人が空港の中を行き交っている。
そんな中、アリスとチェシャはロビーのモニターがある前に立っていた。
いや、正確に言えば厚めのパーカーを羽織ったマザーや、ラフなシャツを着ているリムもその場にいるのだが、人混みに酔った彼女達は会話には参加していない。
「なるほどなるほど……チェシャくんは私が飛行機代を持っているか心配なんだね────安心して欲しいんだよ! なんと私はちゃんとお金を持ってます! なんなら、皆の分も余裕で払える額を手にしているのです!」
そう言って、ドヤ顔で通帳の残高を見せるアリス。
確かに、その桁の数であれば四人分の飛行機代など余裕で払えるだろう。
だが────
「パスポートは?」
「ほぇ?」
「だから、国を跨ぐんならパスポートがいるだろ? それはどうするつもりだよ?」
アリスの表情が一気に固まる。
「ボク達はここの人間とは違うからね……ボクの場合は元いた家に戻ればあるが、家はバチカンだ。どちらにしろ、パスポート問題は解決しないね」
顔を青白くさせたマザーがアリスに向かってそう言う。
続いて、同じように酔って青白くしたリムも口を開く。
「私達、何年もこっちに戻ってなかったからね〜……遺品として処理されちゃった可能性もあるし〜……」
アリス達童話の住民となった者達は個人差はあるものの、何年も現世から離れ、童話の世界に紛れ込んでいた。
その為、現世では死んだ者────もしくは、行方不明者として扱われている。
故に、手元には身分を証明するものなど持っておらず、元いた家に戻っても処分されている可能性があるのだ。
「という訳で、俺達はパスポートを持ってなっしぶる……それに、俺はパスポートなんてそもそも作ってなかったしな」
「じゃあ今までどうやって国を渡ってきたの!?」
「侵入した」
「船を作った」
「脅して連れてきてもらった〜」
「まともに渡った人がいないよ!?」
童話の住人はそもそも、これまで人間の常識から外れてきたのだ。
まともに過ごしてきた人間は殆どいないだろう。
「そうは言うがアリス……お前も一緒だろ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
事実、チェシャの不幸に貶める者の権能で日本へとやって来たアリスは何も言えなかった。
「ど、どうしよう……私、お家に帰れない……」
その場にしゃがみこみ、しょげてしまうアリス。
アリスにとって、今日という日は特別だった。
誕生日であり、自分が消えてしまった日。
あれから家族にはもう五年も会えていない。
何度も帰ろうとしたが、その度に他の住人からの妨害が入ってしまい帰れず、今日こそはと息巻いていたのだ。
だが、それが難しーくなってしまった。
まぁ、アリスが少しおっちょこちょいだっただけではあるのだが……。
「そんなに落ち込むなよ。これから何が起こるかは分からんが……国を渡る方法なんていくらでもある。直行便は少し難しいがな」
「その通りだよアリス。途中までついて行くつもりだったが……この際は仕方ないだろう。ボクが戦闘機でも作って送ってあげようじゃないか」
「私も〜♪ 道中襲われちゃったら体を張って守るからね〜」
皆が落ち込むアリスを慰める。
優しく笑って元気づけるように、その瞳に安心しろと訴えている。
「みんな……」
それぞれ目的が違うはずだ。
マザーは権能の研究する為にドイツへ、リムは武闘会に参加する為にギリシャに。
そうにも関わらず、自分の目的の為についてきてくれるという。
その事に、アリスは嬉しさが込み上げてきた。
「アリスが人間らしく生きようって思っているのは分かる。だが、とりあえずは俺達ができる事で目的を果たそうぜ? 今回は無理かもしれないが、次は絶対に人間らしく行動できるさ」
「チェシャくん……」
「帰るんだろ、国に? アリスが家族に会うまで……俺はちゃんと守ってやるからさ」
そう投げかけるチェシャ。
その顔を見て、アリスは心臓の鼓動が早くなり、顔が一気に真っ赤になる。
自分を理解してくれて、自分の為に支えてくれる存在。
友人などという枠に収まらない、大切な人。
そんなチェシャに言われて、アリスは────
「ありがとう……本当に、ありがとうねっ!」
♦♦♦
「…………」
アリスは自室で目が覚めた。
白い天井。装飾品の類いがそこまで置かれていない部屋で、背中に伝わるふかふかなベッドの感触が伝わってくる。
「あれ……今のは?」
先程まで見ていた光景は眼前にはない。
あんな見慣れないものばかりの場所ではなく、今は見慣れたものばかりの場所。
でも、見慣れていないはずなのに知っていると思わせてくる自分がいる。
どういう事か? それは寝起きのアリスには分からなかった。
あんな顔をした少年も少女も見た事がない────ただ、知っている。
自分の存在の大部分を占めるような、親しい間柄だったような気がした。
大切な、愛しい存在だったはずなのだ。
でも見た事がない。でも知っている。
夢なのか? 夢じゃないのか?
夢じゃないような気がするし、夢な訳がないとも思える。
そんな矛盾を抱えた想いが脳内を掻き混ぜた。
それに────
「……えっ?」
自分の頬に、冷たい感触が流れていたのを感じた。
驚き、自分の頬に手を当てたアリスは────
「泣いてるの……私?」
何故か泣いていた。
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