呼び出されて

 呼び出しを受けてしまったチェシャ達は現在、別棟の裏にある空き地へとやって来ていた。


 ご丁寧に人気はない。

 


「呼び出されたのは俺達だけだし、別にアリスは来なくても良かったんだぞ?」


「だ、だめだよ! チェシャくんは私のだもん! 何かあったら嫌なの!」


 呼び出しを受けた三人に着いてきたアリス。

 プンスカと、頬を膨らませてご立腹だとチェシャに向かってアピールした。


「まぁ、安心するといいさアリス。チェシャが君以外の人間に靡く訳がないだろう? 彼は一途で単純な男さ」


「失敬な。俺は金を積まれれば揺らぐほどの意志の弱い人間だぞ」


「そこ否定しちゃダメだよね〜」


「······はぁ」


 マザーのフォローを無駄にする一言に、アリスはガックリと肩を落とした。


「それより、フェリシアってどんな奴なんだ? ぶっちゃけ、絡まれた印象しかないんだが······」


 貴族云々といった世界や学園に足を踏み込んだ事がなかったチェシャは当然、公爵の娘であるフェリシアの事をよく知らない。


 今、チェシャの頭にあるのは「面倒くさそうな腹立つ貴族」という失礼な印象である。


「うーん······フェリシアさんはよくも悪くも『貴族』って感じかな。貴族としてのプライドとか矜恃とか責任は持ちつつも、貴族こそ高貴な存在だ! って思い続けてる」


「本当に面倒くさそうな人間だね」


「私、貴族きらーい」


「リ、リムちゃんも貴族だよね······?」


 リムのストレートな発言に、頬が引き攣るアリス。

 それも仕方ない。自由に我を通してきた童話の住人にとっては、肩苦しい貴族というものは煩わしさしかないのだから。


「まぁ、貴族の矜恃とか高貴とかどうでもいいけどさ────自分で呼び出しておいて、遅くない?」


 現在、呼び出し時間に合わせて到着したチェシャ達が着いてから少しの時間が経っている。

 それなのに、ここにはフェリシアの姿は未だに見えていなかった。


「そうだよね······何かあったのかな?」


「ふふっ、アリスは優しいね。馬鹿にされた相手を心配するなんて」


「だって······何かあったとしたら大変だもん」


 アリスは周囲を見渡し、不安そうに顔を顔を曇らせる。

 先程、拾い子などと馬鹿にされたのにも関わらずフェリシアの事を心配するアリスは、きっと根っこの部分から優しい子なのだろう。


「ほれ! 優しいアリスには俺が特別に頭を撫でてやろう。ほら、かもーんぬ!!!」


「い、今はしないよっ!」


「今はって言ったね」


「うん、後でしてもらう気満々だね〜」


「そ、そんな事ないんだよ!?」


 からかう二人に、アリスは顔を真っ赤にして否定する。

 その仲睦まじい四人の光景は、待ち時間という退屈な時を、アリスという存在で埋めているようだった。


 だがしかし、そんな時間も打ち止めがかかる。


「ふんっ! どうやらちゃんと来たようですね!」


 四人の背後から聞こえる声。

 振り返ると、肩口まで切りそろえた金髪をかきあげながらふんぞり返る少女の姿があった。


 その後ろにはやはり、取り巻きの生徒が数人集まっている。

 何故か、その生徒達も同じようにふんぞり返っていた。


「随分と遅いご登場だな? お前から呼び出したんだろ?」


「相変わらず、躾のなってない口ですわね。平民よりわたくしが先に待っている訳がないでしょう?」


「······あ゛?」


 随分な物言いに、チェシャの額に青筋が浮かぶ。


「······その言い方はいかがなものかと思いますが? ホースキン公爵家として────一人の貴族として、考えなければいけない言動だと思います」


「拾い子が貴族を知ったように言いますわね······分をわきまえなさい」


 同じ爵位のアリスに対しても、フェリシアの態度は変わらない。

 傲慢で不遜で我儘────それを権化しているかのようだった。


 当然、アリスを馬鹿にしたフェリシアの言葉はチェシャ達の耳にも届いてしまっている。

 アリスを大事に思い、その護衛をしているチェシャにとって、その言葉は自分が言われるよりも許せないものであった。


「はぁ······アリスを馬鹿にするのも大概にしろよ? さっさと要件を話さねぇなら······殺すぞ?」


 睨みを効かせ、己の出せる殺気の全てをフェリシアに向ける。

 特段何かをしている訳でもない。ただ単に、殺気という威圧を感じさせているだけだ。


 それを受けたフェリシアは思わず息を飲んでしまう。

 後ろにいる取り巻き達も同じように息を飲み、足を震えさせる者や腰を抜かしてしまう者など、チェシャの殺気の影響は様々であった。


「変わらないね、君の殺気は」


「うんうん〜! ゾクゾクして興奮しちゃう♪」


 だが、そんなチェシャの殺気を近くで受けても飄々としているマザーとリム。

 流石、チェシャと同じ住人の事はある。


 しかし、アリスは違った。


「チェ、チェシャくん······?」


 後ろからチェシャの袖を引き、怯えたような表情を見せた。

 その顔を見て、チェシャはすぐさま殺気を収める。


「わ、悪い······アリスを怖がらせる訳じゃなかったんだ」


 チェシャは単純にフェリシアを怯えさせれば良かっただけ。

 アリスを怖がらせる事など、考えた事もなかったしするつもりもなかった。


 故に、怯えたアリスの顔を覗き込み、その頬を優しく手で包む。

 すると、アリスの表情は徐々に和らぎ、怯えから心配に変わっていった。


「だ、だめなんだよ······? 怖がらせる事しちゃ、チェシャくんが悪者になっちゃうし······チェシャくんのそんな顔、見たくないよ」


 アリスは、チェシャの顔をしっかりと見ていた。

 今までのおちゃらけた顔でも、頼もしい顔でもなく、憤怒を表した歪んだ顔。


 ────それが、アリスにとって怖かった。

 同時に、悲しく思えてきたのだ。


「分かった······そうするから、そんな顔するな」


 頬から頭へ。

 チェシャは手を動かして、そのままアリスの頭を撫でる。


「······うん」


 アリスも、されるがままに頭を撫でられた。

 その時のアリスの表情は、安心したようなものだった。


「────すまないね、うちの猫が迷惑をかけたようだ」


「え、えぇ······」


 マザーが二人に変わって謝罪をすると、フェリシアは先程の驕った態度を見せず頬を引き攣らせている。

 どうやら、まだチェシャの殺気に怖気付いてしまっているようだ。


「それで〜、要件って何なのかな〜? 私、そろそろ戻りたいんだけど〜」


「そ、そうでしたわ!」


 リムが指摘し、フェリシアは当初の目的を思い出す。

 そして、懐から白い手袋を取り出すと、それを思いっきりチェシャに向かって投げつけた。


「······手袋?」


 貴族が白い手袋を投げつける。


 それが意味する事は一つ────


「わたくしを侮辱したあなた方に、決闘を申し込みます!」


 決闘の申し込みである。

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