決闘

 貴族の人間から手袋を投げつけられた。

 その意味は、神聖な決闘を申し込むという意味である。


 神聖と呼ばれるくらいなので、決闘というものは滅多に行われない。

 決闘とは、互いの主張が平行線も平行線────引き下がれなく引けない場面で互いの主張を押し通す行為。

 だが、基本的には話し合いか問答無用の武力行使によって解決してしまう為、昨今はあまり使われてこなかった解決方法だ。


 使われない理由は至って単純────面倒だからだ。

 互いにルールを決め、勝敗による条件を提示し、誰かの立ち会いの元に行わなければならない。

 それなら、さっさと解決に向かった方が早いし手間もない。


 それに、手袋を投げつけるという申し込み方法も、昨今では滅多に見かけない。

 手袋を投げつけるというのは、馬鹿にされ、侮辱され、己の品位とプライドを傷つけられた者が挑戦状と仕返しと怒りいう意味合いを含めて叩きつける。

 そもそも、貴族としての格や分を弁えている存在が当たり前になってきたからこそ、前提として侮辱する人間が少ない。故に、手袋を叩きつけるという行為までは至らない。


 だからこそ、アリスは驚いていた。

 まさか、堂々と手袋を叩きつけるほど怒っていたとは思わなかったからだ。

 もしくは、フェリシアが短気で考えなしだったのか。


(まずは冷静に対応しなきゃ……!)


 決闘は手間がかかる面もあるが、その勝敗による要求は必ず遵守される。

 それは第三者が介入しているという点で嘘がつけないという事や、神聖な決闘で約束を反故にすれば周りから白い目で見られてしまうなど────他にも理由はあるのだが、とにかく勝者の要求を必ず呑まなければならない。


 だからこそ、アリスは慎重に冷静になる。

 まずは勝者の要求や決闘方法を確認してからでも、遅くはない。

 受諾────、決闘という土俵に上がらなくて済むのだ。


「チェシャくん、とりあえずお話を聞いて────」


「なぁ、投げつけるのはいいが、こんな白い手袋を地面に落としたら汚れるぞ?」


 アリスの言葉を遮り、チェシャは叩きつけられた土埃をはらった。


「チェシャくん!?」


「ん? どうしたアリス? そんな「何やってるの馬鹿なの!?」とか言いそうな顔をして」


「何やってるの馬鹿なの!?」


「どんぴしゃり!?」


 流石、アリスの事ならなんでも分かっているチェシャである。


「あははははははははっ!!! 受けましたわね! 決闘を受諾しましたわね!?」


「???」


 チェシャが手袋を拾った瞬間、フェリシアが豪快に高笑いをした。

 その姿からは貴族令嬢としてのお淑やかさは感じられない。


 しかし、チェシャはそんな高笑いよりも「受諾」という言葉に疑問を持った。

 まだ、自分は「決闘をやる」とも言ってないはずなのに、と。


 そんな疑問を、リムが肩を叩いて説明する。


「ちなみに〜、投げつけられた手袋を拾うと決闘を受けるっていう意味になります〜♪」


「……リムねぇ、わざと後で教えたな?」


「そんな事ないよ〜」


 そのいつもの笑顔がその返事を嘘っぽくさせてしまった。


「あ、あー……なんかごめんな、アリス? 俺、またお前に迷惑かけるかもしれん」


「気にしないで。私の方こそ教えてなかったもんね……それに、チェシャくんのサポートをするって約束したばかりだから」


 確かにそんな約束をした。

 だけど、早々にサポートさせるような事をしてしまうとは思っていなかった。

 それが申し訳なく思うチェシャであった。


「それに、余程酷い内容じゃなきゃ、こういった貴族同士の諍いは学園内だけで収まるんだよ。もちろん、今後の人生や当主の許可なく家に不利になる決闘はダメだけどね。ようは、本人同士の喧嘩の範疇だったら問題なし!」


「ふむふむ……おかしい。アリスがちゃんとした貴族に見える」


「ねぇ? 真面目に話聞いてくれたのかな? かな?」


 多分、そこまで真面目に聞いていなかったのだろう。

 チェシャはアリスをからかえてご満悦の表情をしていた。


「それで? その決闘の内容はどうするつもりなのかな?」


 チェシャとアリスに変わってマザーがフェリシアに質問する。

 すると、顎に手を当てたフェリシアは少し考え込んで口を開いた。


「決闘内容はシンプルにいきましょう────わたくしとそこのアリスによる一対一の魔法戦。殺傷はなし。相手が気絶、戦闘不能、もしくは降参すれば勝利という事で。わたくしの要求はただ一つ────わたくしを馬鹿にした事をちゃんと頭を下げて謝ってもらいますわ」


「意外と優しいな」


「うん、もっと凄い要求だと思ったんだよ」


「小心者なのかな〜?」


「いや、仮にも彼女は貴族だ。大事にせず自分の自尊心を満たしたかったのだろう」


「馬鹿にしてますの!?」


「「「「馬鹿にしてない」」」」


「その態度が馬鹿にしていると言っていますの!!!」


 心外だと、チェシャ達は肩を竦める。

 実際に、チェシャ達は馬鹿にしていない。むしろ、彼女に対する評価が上がったぐらいだ。

 他人を馬鹿にし、貴族としての矜恃とプライドを他人にも強要し、我儘な人間だと思っていた。


 だが、意外と大事にならないように、公平であろう決闘方法を提示し、勝者の要求は「謝罪」のみ。

 本人にとっては謝罪の意味合いは大きいが、正直な話を言えば「チェシャ達が自分の護衛になる」ぐらいの要求をすると思っていたのだ。


 短気で先走りがちな残念なお嬢様だと思っていたが、そこの分別はしっかりとできる人間なんだな、とチェシャは違う目で見始める。


「……んで? どうするよアリス?」


「うん、別にそれぐらいだったら受けてもいいよ────私が勝ったら、チェシャくん達に今後、迷惑をかけない事!」


「ついでに謝罪も要求してやれ」


「それと、謝罪してもらうから!」


「更に、バストアップの方法も」


「そのたわわな胸になる為の秘訣を────って! 何言わせるのチェシャくん!?」


 如何に真面目な話でも、からかう方向にどうしても向いてしまうチェシャであった。


「あなた方……一体、何を言ってますの?」


「気にしないでくれたまえ。決闘内容はそれでいいだろうか?」


「わたくし、バストアップの方法は知りませんわよ……?」


「それは別に教えなくてもいいんだよ!?」


 ────こうして、少し展開とは違うが決闘内容が決まっていった。


 決闘は、明後日の放課後に行われる。

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