貴族からのお誘い

 突然の勧誘。

 いきなり現れたフェリシアの言葉に、呆けた声が漏れてしまった三人。


 そして、まず先に口を開いたのはアリスであった。


「突然ですねフェリシアさん……もう少し説明をしてもいいのではないですか?」


「あら、説明など不要ではなくて? 何故なら、この私の護衛として雇うと言うのですよ? これ以上ないくらいの名誉ですわ」


 胸に手を当て、何もおかしくないと告げるフェリシア。


「それに、別にわたくしはあなたと話している訳ではありませんので、口を挟まれる道理はございませんわ」


「しかし、フェリシアさんの指名した中には私の専属護衛も含まれています。それなのに堂々と勧誘など、目に余りすぎる行為なのでは?」


「決めるのはあなたではなく、ご本人次第なのでは? まぁ、このわたくしの護衛になれるのですから、断る理由もないと思いますが」


 一方的な言葉に自信に、アリスの苛立ちが募る。

 だが、フェリシアはそんなアリスの苛立ちなど気にもくれないで、鼻を鳴らすばかりだ。

 その表情は、まるで断られるなどと思っていないように見える。


 事実、フェリシアはこの誘いを断られるなど微塵も思っていなかった。

 自分は公爵家の人間であり、魔姫と呼ばれるほどの魔法の才もある。そして、教師や自分の学年からは絶大な人気がある────それは、日々寄ってくる生徒の数で理解していた。


 それが自信の源なのだろう。

 相手が同じ公爵家の人間であり、魔姫と呼ばれる人間であったとしてもだ。


 それに────


「あなたみたいなより、公爵家の血筋を引いたわたくしに仕えた方が、いいに決まってますもの」


「ッ!?」


 フェリシアの言葉に、アリスは言葉が詰まった。


 ────拾い子。

 それは、養子として家族に迎え入れられた貴族の子供を指す言葉であり、貴族階級では侮蔑の言葉にあたる。

 養子であろうが、その一家が認めれば血筋など関係なくその一家の人間になれるのだが、血筋を重んじる貴族からは、列記とした貴族ではないと冷めた目で見られる事が多い。


 アリスは、その拾い子。

 子供に恵まれなかったチェカルディ家に迎え入れられた子の一人なのだ。


「…………」


 アリスは俯き、唇を噛み締めながら拳を震わせる。


 自分でも分かっているのだ。

 貴族の中では、拾い子である人間より血筋を引いた人間の方が印象やコネがいいのだと。

 アリスは世間的にはちゃんとした貴族であり、周りもそうと分かって近づいてくるのだが、同じ立場の人間と比べられれば靡いてしまうかもしれない。


 故に、不安より悔しさが募り始めてくる。

 マザーや、リムがいる空間が奪われてしまう事や────


(チェシャくんがいなくなっちゃう……っ!)


 自分の大切なチェシャが自分ではない人間の隣に立つ事が、嫌で嫌で仕方ない。

 せっかく見つかった専属護衛。それだけじゃない、チェシャという存在に出会えたのに、もう離れてしまう事が辛くて堪らないのだ。


 だが、人のいいアリスは口を開かない。

 抵抗も反論の言葉ももいくらでも並べられる。

 しかし、アリスの優しい部分が「どうするのかは私じゃなくて本人が決める事」なのだと、口を閉ざしてしまうのだ。


「さぁ、お三方────わたくしの護衛……なってくれますわよね?」


 再度、答え合わせをするかのようにフェリシアがチェシャ達に尋ねた。

 アリスは目を瞑り、その返答を我慢しながら耳を澄ませる。


 そして────


「受ける訳ねぇだろ、ばーか」


「この人間は頭のネジが足りないようだ。サンドリヨンですら、しっかりネジはついていたよ」


「世界一な私が誰かに仕えるなんて有り得ないなぁ〜」


 チェシャ達は、その言葉を一蹴した。


「なッ!?」


 フェリシアは、三人の言葉を聞いて驚きの声を上げた。

 後ろにいた生徒も信じられないと言わんばかりに、大きく目を見開き、「アホか」とでも言っているかのような三人の顔を見る。


「ど、どうしてですの!? このわたくしの護衛ですわよ!? こんな拾い子より、高潔な貴族の血を引いているわたくしの護衛になる方が名誉であるのは明らかだというのに!? ま、まさか報酬が欲しいのですか!? それぐらい、望めばいくらでも……ッ!」


 信じられない。

 その言葉だけがフェリシアの頭を埋め尽くす。


 断られるはずもないと思っていた。

 自分の護衛など名誉ある事で、なりたいと思っている人間は数多も存在している。

 そんな状況で、わざわざ自分が赴いて誘ってあげた────それにも関わらず、それを断るなんて。


 しかも相手は平民が二人に、なんちゃって貴族が一人。

 得られる利益は大きく、断る理由が存在しないはずなのだ。


「黙ればーか。そんな捲し立てなくても、俺達の答えは変わらず「ノー」だ」


 それでも、チェシャ達の答えは変わらない。

 得られる利益を理解していないのか、堂々と虫でもあしらうかのように断る。


「そもそも、ボク達は人間如きの命令に従う訳もない。お願いするなら頭を床に擦り付けて初めて一考するぐらいだ」


「はぁ!? あなた、一体誰にもの言ってますの!?」


 あまりの傲慢な態度に、フェリシアは激昂する。

 自分は貴族────それも公爵家の人間であるにも関わらず、平民が「頭を擦りつけろ」などと、不敬以外の何物でもない。

 だが、そんなフェリシアの姿を見ても、三人は飄々としていた。


「俺はアリスを守りたいから専属護衛をしているだけであって、護衛の仕事が欲しい訳じゃない。そりゃあ、始めは仕事が欲しいから受けたが────お前みたいな奴を守るぐらいだったら、アリスの父親に金貰ってひっそりと暮らすわ」


「そうなったら、お姉ちゃんも一緒に暮らす〜♪」


「こら、リムには家族がいるだろう……せめて週六ぐらい顔を見に行く程度にしておけ」


「来すぎじゃい馬鹿。俺ん家がただの溜まり場になるだろうが」


 激昂するフェリシアなど気にしない様子で会話を繰り広げるチェシャ達を見たアリスはぽかん、と口を開いている。


「まぁ、そんな怒んなや貴族様────」


 そして、チェシャはフェリシアと後ろの生徒に向かって、軽い調子で口にする。


「そもそも、アリスを馬鹿にしたお前のお誘いなんか、どんな理由や物を詰んだって俺達は首を縦に振らねぇよ」

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