アリスの変化

 ここで、チェシャがやって来る前のアリス・チェカルディの話を軽くしようと思う。


 チェカルディ公爵家の一人娘として生まれたアリスは、学園では孤高の存在として周囲に認識されてきた。

 貴族としては王族に続くトップでありながら、入学当初から魔法の才能に長けており、容姿もさる事ながら学力の面でもトップの成績を収め、魔法の才に溢れる魔姫よ呼ばれるようになった。


 学園でアリスの周囲に集まる生徒の数は数え切れないほど。

 貴族としてお近づきに、容姿に惹かれて接点を持ちたいなど、目的は様々だが────その全てを、アリスは外面で躱してきた。


 当然、その外面の仮面は他の生徒でもすぐに分かった。

 口調も、纏う雰囲気も違う、どれだけ話しても大きな壁を作られているようで親密になれたという実感を殆どの生徒は得られなかった。


 それでも未だにアリスに近づく生徒がいるのは諦めていないからか、それとも愚鈍なのかは分からない。


 しかし、今日のアリスは違うと、多くの生徒は感じてしまっただろう。

 その原因は一つ────


「うがー! 仲良くしたいとは思うけど、いい加減チェシャくんから離れるんだよアルカちゃん!」


「え〜! 嫉妬してるのアリスちゃん? いいよ〜、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで〜♪」


「ふふっ……多分、嫉妬しているのはそういう事ではないと思うぞ、リム?」


「おうおう、もっと言ってやれアリス! このままじゃ俺が昼飯にありつけない!」


 楽しそうにアリスを囲む三人。

 リムがチェシャを後ろから抱き締め、それを引き剥がそうとするチェシャ、その姿を見たアリスが立ち上がって怒り、マザーが外から楽しそうに笑う。


 この前まではこんな空間は存在しなかった。

 今までは一人で食べるアリスの元に他の生徒が寄ってくるだけであって、こうして自然と卓が完成している事などなかった故に、皆は驚きを隠せない。


「それより〜、アリスちゃん……私の事はアルカじゃなくてリムって呼んで欲しいなぁ〜! ううん、リムお姉ちゃんって言って欲しい!」


「同い年なんだよ! 私達、同い年だからリムちゃんにする! どうしてその名前なのか分からないけど!」


「ふむ、ではボクの事もマザーと呼んでくれ。君にはその名前で呼ばれたいな」


「お母さんはもっと嫌だ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれアリス! 私の名前は母という意味でのマザーじゃない! いや、確かに母から文字取った名前なのだが!」


「マザーが焦る姿って久しぶりに見るなぁ……」


 しかし、今の光景は今までのどれにも当てはまらない。

 アリスは楽しそうに、外面の仮面を剥がして自然に輪の中に入っている。


 それほどまでに目立っていなかったマザーとリムがどうしてその輪を作っているのか? そんな光景を遠巻きに箸を進めながら見ていた生徒達は疑問に思った。


 だが、全ての歯車の中心は多分茶髪の少年の所為だ。


「アリスさんやい。頼むから俺に向かって氷の魔法を放つのはやめてくれませんか? 足元が寒くて仕方ないんですけど?」


「だって! チェシャくんは私の物なのに、リムちゃんに抱きつかれてるんだもん!」


「お前の物じゃねぇよ馬鹿野郎」


 アリスの専属護衛になったという平民の少年。

 貴族であるアリスに軽口を叩いているのにも関わらず、様子を見るにアリスから信頼を寄せられている。


 チェシャがやって来てから、アリスの笑顔が多くなった。

 それに加え、マザーやリムという目立っていなかった少女達が圧倒的な力を見せつけ目立ち、自然と輪に加わってしまった。

 どう考えても、一番の要因はチェシャだろう。


『ちっ……調子乗りやがって』


『平民のくせに生意気な……』


『アリス様の隣は、俺にこそ相応しいというのに』


 そんなチェシャに対して、一部の生徒からは妬みと恨みの視線が注がれる。

 それはきっと、ひょっと出の少年が今まで高嶺の存在だったアリスの傍に現れて信頼を得てしまったからだろう。


 そこに実力差が存在していようとも、何処かで驕っている生徒には関係ない事だった。

 だが、他の生徒は違うようで────


「ちょっと、あなた達」


 四人が楽しく談笑していると、不意に一人の少女の声が横から聞こえた。

 チェシャ視線を横に動かすと、そこにはアリスと同じ金髪を肩口まで切り揃えた少女と、その後ろに集まる何人かの姿があった。


「……どうかされましたか?」


 アリスが表情を渋らせ、すぐ様外面の仮面を身につける。

 ほぅ、と。チェシャはアリスの切り替えの速さに感嘆の声を漏らした。


「あなたには用はありませんわ。用があるのはそちらのお三方ですので」


 そう言って、少女はアリスの顔など一瞥もせずにチェシャ達に顔を向ける。

 それを受けたチェシャ達は────


「だってさ、マザー」


「いやいや、リムに言ったのだろう」


「お姉ちゃんはチェシャくんに言ったんだと思うなぁ〜」


 全力でスルーしようとしていた。


「あなた達御三方に言ったのですのよ!!!」


「「「うげー」」」


「なんですかその反応は!?」


 心底嫌そうな顔をする三人に少女は憤慨する。

 だが、声を荒あげてしまった少女を、後ろにいた生徒達がなだめた。

 なだめられた少女はハッ、と我に返り咳払いして落ち着きを取り戻した。


「ごほんっ! ……申し遅れました。わたくし、セルフィ・ホースキンと申します────公爵家の次女、そして魔姫の一人です」


「ほほう……?」


「へぇ……」


「魔姫、ねぇ……?」


 公爵という単語ではなく、魔姫という単語に反応した三人。

 その顔は、新しい獲物を見つけた猛獣のような鋭い目付きだった。


「お三方の先程の訓練所での試合……拝見させて頂きました。素晴らしい、その一言ですわね。あれほどの力をお持ちなど、全く想像しておりませんでした」


 目を伏せ、思い返すようにチェシャ達を褒めるセルフィ。


「褒められて悪い気はしない人は挙手ー」


「はい」


「は〜い♪」


「それに比べ、アリスは俺達に説教だぜ?」


「「ぶーぶー」」


「待って! この流れで責められるとは思わなかったんだよ!?」


 そんなお褒めの言葉に対し、何処までもマイペースな三人。

 その所為で、アリス外面の仮面が剥がれてしまった。


 だが、そんな四人の反応を無視して、セルフィは言葉を続ける。



「ですのでお三方には、わたくしを守る栄誉を与えて差し上げます!」


「「「……は?」」」


 いきなりの言葉に、三人は同時に呆けた顔をしてしまった。

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