アリスと童話の三人
アリス・チェカルディは苛立っていた。
それはもう、食堂で並ぶ食事の味が全く感じれられなくほどに。
「…………」
理由は三つ。
一つは、自分の専属護衛が定期測定でやらかしてしまったからだ。
訓練所を破壊し、教師に怪我を負わせる。無理矢理のように連れてきてしまったのだから、学園では全面的にチェシャのサポートをしよう。必要なら頭も下げるつもりであったアリスだが、まさか早々に頭を下げる羽目になるとは思わなかった。
それが要因の一つ。
二つ目は、周囲の視線である。
『ねぇ……あの人達ってさっきの人達だよね?』
『あぁ、訓練所を破壊しまくった奴らだろ? 地面にクレーターなんて、どんな魔法使ったらできるんだよ?』
『けど、流石はアリス様だよね……そんな三人がアリス様には逆らわずに従っていたんですもの……』
先の一件で注目を集めてしまった三人。
興味や恐怖、嫉妬や疑問などその視線は様々で、その中にはアリスも含まれてしまった(※アリスに至っては感嘆だが)。
別に視線を浴びるのはアリスにとって慣れているので問題ない。
ただ、自分が三人を従えてるという風に思われているのが気に食わないのだ。
(だって、みんな平等! お友達なんだもん……!)
その思想は貴族にとって危険ではあるが、違う目から見れば優しい少女である。
そして、苛立ちの三つ目は────
「だぁーっ! いい加減に離れろリムねぇ!」
「い〜や〜!」
目の前で繰り広げられる光景だろう。
茶髪で特に特徴にある顔ではないが自分の好みのどストライク。それでいて、自分を助けてくれたという王子様的要素がオプションで付いた専属護衛。
そんな少年が、初めて顔を合わせる少女に抱きつかれているのだ。
ライトブルーの長髪に、アメジストのような双眸。可愛いより美人寄りの整った顔立ちが自然と視線を集めてしまい、何処かおっとりとした雰囲気が優しく包み込んでくれるお姉さんのように感じる。
アリスにとって、彼女は初対面だ。きっと、別のクラスの生徒だと思うのだが、何故か食堂で同じテーブルを囲っている。
「マザー、ヘルプ! リムねぇを引き剥がす為に協力要請だ!」
「ふむ……案外、嫌そうに見えないのは気の所為かな?」
「ばっきゃろー! こんな美少女さんに抱きつかれて喜ばない男が何処にい────だぁからっ!!! いい加減離れんかいリムねぇ!?」
アリスが苛立っている理由はこれだ。
自分の専属護衛が少女に抱きつかれており、口では嫌々と言っておきながら、激しい抵抗は見せない。
腹が立つ。どうして本気で抵抗しないのかと、嫌ならもうちょっときっぱり断って欲しいなど、チェシャに対する苛立ちが込み上げてくる。
何より、あの双丘がアリスを余計に苛立たせるのだ。自分より遥かに育ちきった双丘が、惜しげもなくチェシャの腕に当たっている。
それが満更でもないのか、少しばかりチェシャの鼻の下が伸び、抵抗が僅かに止まってしまう。
「…………(むすぅー)」
今日はチェシャに食堂に案内して、二人っきりで楽しい食事をするはずだったのだが、何故か追加メンバーが増えている。
今日は一体なんなのだと、チェシャは頬が自然と膨らんでしまった。
「すまないね、アリス。リムが騒がしくしてしまって」
そんな時、隣に座るマザーがアリスに申し訳なさそうに口にする。
アリスは、謝られるとは思っていなかったのか、膨らんだ頬が萎み、少しばかり動揺してしまう。
「だ、大丈夫だよ! 気にしないで!」
「そうかい? てっきり君は苛立っているように見えたのだが……」
「本当に大丈夫だよ! 後で、この苛立ちはチェシャくんにぶつけるから!」
「くくっ、そうか……では、存分にいじめてあげてくれ」
面白いと、笑うマザー。
ミスリルのような透き通った銀髪に、琥珀色の双眸。リムと同じ可愛いより美人系。だが、アリスと同じ体躯であるにも関わらず、何処か魅惑的な雰囲気を感じてしまう。
リムと同じく、歩けば視線を引くような紛れもない美少女。
アリスは同じクラスであるマザーの存在こそ知っていたものの、実際に離した事は殆どない。
寧ろ、今が初めてと言ってもいいはず……なのだが────
(なんか、懐かしい感じがする……)
マザーと話していると、目の前の騒がしい光景を見ていると、何処か懐かしく思えてしまう。
それが不思議に感じてしまったアリスであった。
「そ、それで……チェシャくんと二人って、会った事があるの? すっごく仲良さそうに見えるから……」
だが、そんな疑問は気の所為だと振り払い、アリスは別の疑問を三人に向かって投げかける。
「うーん……どうなんだろうな? 会った事があるって言われれば、あるって言える。それこそ一緒に旅をしたくらいだからな」
「だが、会った事がないと言われれば、ないとも答えれるね。ボクとリムは違うが、チェシャに至っては完全に初対面だ」
「私もチェシャくんとは初対面かな〜? それこそ、アリスちゃんとも初対面だよね〜」
「え……あれ……?」
三人の言葉に、アリスは疑問符で埋め尽くされてしまう。
会った事があると言いながら、会った事がないと言う。しかし、今見てるやり取りは完全に初対面とは思えないほど親しげであった。
それが不思議で堪らない。
加えて言えば、いつの間にか自分も自然に親しい輪の中に加えられているようだった。
「まぁ、アリスが気する事はないよ」
「だって、私達はアリスちゃんが作ってくれた関係だからね〜。会っていようが会っていなかろうが、私達がこんな関係なのは変わらないよ♪」
「わ、私……?」
どうしてそこで自分の名前が出てきたのか? 追加で疑問要素が増えてしまった。
だけど────
(あれ……? 嬉しいって思っちゃった……)
ポカポカと胸に湧き上がる嬉しいという感情。
それは自分が作ったという言葉のおかげなのか? それは分からない。
「でも、これから仲良くしてやってくれよアリス。こいつら結構良い奴で、お前の事を大事に思ってるからさ」
しかし、最後に優しい笑みを向けて紡いでくれたチェシャの言葉が、何故か心にストンと落ちていった。
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