エピローグ

 あの騒動から丸一週間の月日が経った。

 どうやら、夢を見せられていたチェシャ達はそれぞれ『外でサボっていた』という扱いになっており、アンナ含めてこっ酷く教師に怒られてしまった。


 自分達は別に悪くないのに、どうして人間に怒られなきゃならん、と内心悪態をついていたチェシャだが、そこはアリスによって宥められ、今ではすっかり忘れてしまっている。


 そして、フェリシアにも同様に怒られる事になった。


 アンナの権能は『夢』を見せるだけで、現実の世界の時間が止まっている訳ではない。

 故に、チェシャ達が必死に戦っている間にも他の人はそれぞれの生活を送っている訳で、フェリシアに決闘時間をすっぽかされたと思われてしまったのだ。


『どういう事なのかしら!? 決闘に来ないなんて、貴族として恥ずかしくありませんこと!?』


 メインで怒られたのはアリス。

 何せ、決闘を受けていたのはアリスであり、貴族として決闘は神聖で、逃げたといっても過言ではないような行いは、相手を愚弄するような行為なのだから。


 だけど────


『フェ、フェリシア様……実は私がアリス様を……』


 あの時の堂々とした態度とは裏腹に、オドオドとした態度に戻ったアンナがアリスを庇ったのだ。

 もちろん、本当にアンナが原因でアリス達は決闘場所に行く事ができなかった訳なのだが、アンナは自らそれを自白した。


 フェリシアも初めはに憤慨していたが、徐々に落ち着き何とか事なきを得た。

 結果的には決闘自体がなくなり、チェシャ達はそれから変わらぬ平穏な日常を過ごしていた。


「綾人くんっ! 一緒にご飯を食べに行こー!」


 とある平日の事。

 午前中の座学が終わり、アリスは自分の護衛であるチェシャにご飯を誘う。


 ────あれから、特に変化のなかった日常だが、一つだけ……大きく変わった事がある。


「お、おいっアリス! いや、公衆の面前で抱きつくってどういう事!? お兄さん、過度な愛情を見せびらかしたくない主義なんだけどなー!」


 アリスがチェシャの胸元にいきなり抱きつき、ご飯を誘っているにも関わらずチェシャを動かせようとしない。

 その事に、チェシャは動揺した。


 ……あの一件以降、アリスはチェシャに対してのスキンシップが激しくなった。


 もちろん、原因は記憶を取り戻した事であり、呼び方も『チェシャ』から『綾人』に変わってしまった。


 記憶を取り戻すまでの時間────十五年。

 それまでの間、アリスは本当の意味でチェシャとは出会う事ができなかった。

 それが今、ようやく再会できた事によって今まで溜め込んできた感情が爆発してしまっているのだ。


「えー……綾人くん、あの時私の事好きって言ったのに」


「そ、それはそうなんだが……」


 しどろもどろになるチェシャ。

 二人の最後の時────確かに、チェシャもアリスも言葉を交わし、互いの愛を確かめ合った。

 その感情は、今でもチェシャの中では変わっていない。


 大事にしたい。

 愛している。

 大好きだ。

 側から離れたくない。


 それは、チェシャとてアリスと同じ気持ちで、できれば出会えなかった間の時間を一刻も早くアリスと埋めていきたいと考えている。


 だけど────


「ほほう? ボク達の知らないところでは君達はいつの間にかのか……ふふっ」


「うんうん、愛っていいね〜! 押されているチェシャくんもかっわいい〜♪」


「そこっ! ニヤニヤするな!」


 基本的に、チェシャの周りには仲間がいる。

 そんな仲間であるリムとマザーが終始ニヤニヤした表情を向けているのだ……こんな状況で、埋めていけるものかとチェシャは内心愚痴る。


 だけど、アリスだけは違うようで────


「チェシャくん……私、結婚しても貴族だけど、チェシャくんもなってくれるよね?」


「おい待て気が早い。何段階ぐらいすっ飛ばした発言なのかね?」


 アリスは、本当に我慢できないようだった。

 溢れるチェシャに対する想いが、爆発して段階を何段か踏み外している。


「おーおー、お熱いねぇ〜!」


「これはこれは……ボク達は完全にお邪魔虫だね。だがしかし、お構いなく。ボク達は二人の仲を決して邪魔しないよ」


「邪魔しなくてもいるだけで恥ずかしいんだなー、これが!」


 誰が見られた環境で堂々と愛を育めるだろうか? そチェシャはその事を言ってやりたいぐらいであった。


「でも、さ……チェシャくん」


 アリスはそんなチェシャをも構わず、腰に手を回してギュッと力を込める。


「私……嬉しいな。もう一度チェシャくんと会えて、こうして温もりを感じる事ができて……あの時の私、手が冷たかったから」


「…………」


 想いを噛み締めるように、もう離したくないと言っているかのように、アリスはチェシャを離さない。

 そんな気持ちが伝わってきたのか、チェシャも二人が見ている中、口元を綻ばせてアリスの頭を撫でた。


「俺も、さ……アリスに会えてすっげぇ嬉しかったよ。アリスは覚えていなかったけど、正直────アリスの言葉を聞いて、もう一度離したくないって思った」


 あの時、アリスが言葉を投げかけてくれなかったら、今頃チェシャは第二の人生を別の場所で生きていただろう。

 だけど今は、こうして離したくないと、守りたいと思いここまでやって来た。


 そして……に、もう一度出会えたのだ。

 それが、嬉しいくない訳がない。こうしてたじろいでいるが、本当は飛び跳ねそうなほど喜んでいる。


 何せチェシャは────


「この際、ちゃんと言っておくけど……俺はアリスの事が大好きだよ。それだけは、あの時の俺と変わらねぇ」


「うん…アリス私も、綾人くんの事が大好き」


 言いたい事、やりたい事、まだまだ沢山ある。

 だけど、今はこの言葉だけで充分だ。


 だから────



「これからも、ずっと一緒だ……アリス」


「うん、そうだね……私のチェシャ猫くん」



 最後は、綺麗な言葉で童話の物語を締めくくればそれでいいのだ。



『お終い』、と。

 ページの最後にでも記しておこう。

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