不思議の国のアリスVSマッチ売りの少女
「不思議の国のアリスが記憶を戻したとなれば、私も本気を出さなければなりませんね」
アンナは懐から大量のマッチ棒を取り出し、宙に投げる。
そのマッチは擦ってもいないのに点火を始め、浮遊し始めた。
「夢の世界で夢を見る為に————『
そして、ゆらゆらと揺れたマッチの火は光り輝き、アンナの正面に数十体もの人の形をした人形が生み出される。
白や黒、赤や青など覆う色は様々であり、弓や剣、槍に棍棒など多種多様な武器を所持していた。
「はぁ、はぁ……」
アンナの息が急に乱れる。
(流石に、同時となると厳しいものがありますね……)
アンナは現在、二つの大規模な権能を行使していた。
一つは『
故郷であるデンマークで謳われた英雄を模し、その姿を顕現させ自在に操るというもの。
先程生み出した生き物とは違い、それぞれが英雄と謳われるほどの実力を持ち、各個体に「相手を倒すという意思」が存在している。
マザーが使用している権能と似ている部分があるが、アンナの権能は違う。
マザーは物体を変換させるだけであり、アンナは火から生み出す。
更に、生み出したものは物体であろうが生き物であろうが無制限————マザーに関しては生き物に変換はできず、有能性はアンネの方が上。
そしてもう一つが、マザーとリムに見せてる『夢』である。
相手の視界に火を見せる事によって、自動的にアンネの想像した『夢』を見させるというもの。
現在、マザーとリムが駆けつけていない原因がアンナの権能であり、今もなおリムとマザーはその場にいない生徒と戦わされている。
どれも、アンナの権能の中では強力であり、それを現在進行形で使い続けている為、こうして体力が削られてきてしまった。
チェシャと戦う時ぐらいの権能であればそこまで消耗しなかったものの————今回の『
(ですが、ここで加減をしている余裕はなさそうですし……っ!)
アリスは
そんな敵を同時に相手にしていて、余裕をこいている場合ではないのだ。
「じゃあ……始めるぞアリス!」
「うん、任せて綾人くんっ!」
アンナが英雄を生み出し、チェシャが突貫する。
そして、チェシャは大きな声で叫んだ。
「『
現れた巨大な鏡の中から、一人の少年が顔を出す。
その姿は今正に突貫しているチェシャとそっくりであり、もう一人のチェシャも同じように突貫していった。
「いくら増えようとも、こちらの方が数は多い!」
二体の英雄がチェシャ達に向かって迎撃を図る。
英雄と呼ばれる事だけはあり、その速さは素晴らしくチェシャ達の後方をあっという間に陣取っていきそのまま斧や棍棒を振り下ろしていく。
「私も忘れないで欲しいんだよっ!」
だが、その斧や棍棒も行く手を阻まれてしまう。
割って入ったのはトランプの兵隊と、処刑人。ロングソードとスペードの槍で防ぎ、チェシャ達の背後を守っていく。
「アリス、右斜め前!」
チェシャが突貫しながらアリスの方を向く事なく叫ぶ。
その声に合わせ、アリスは公爵夫人と女王を背後に回らせリボルバーと鋭利な扇子を後方に放つ。
すると、いつの間にか現れていた英雄達の首に直撃し、そのまま地に沈んでしまった。
「一撃で……っ!?」
「そっちは作り出してるだけだけど、こっちは呼びだしてるんだもん! そりゃあ、こっちの方が地力は強いよね!」
そして、アリスはそのまま公爵夫人を使いリボルバーでそのままアンナを再び狙っていく。
アンナはマッチを一本擦って大きな盾を生み出してそのリボルバーの進路を遮るが————
「あぁーらよっと!」
「ぐっ!」
盾の横から、チェシャが顔を出し、アンナの横っ腹に思いっきり蹴りを放った。
ガードも間に合わず蹴りを食らってしまったアンナはすぐさま弓を持った英雄にチェシャの背後を襲わせる。
「それは、見えている」
チェシャは迫りくる弓矢を首を捻る事によって躱し、背後を見ずに横一線に剣を抜いた。
すると、横から迫って来ていた英雄が一刀両断され、また一体と沈んでいく。
「おいおい、あの時の俺が本気だったと思うなよ? 権能をフルで使えば、この人形ぐらい普通に倒せるんだから」
チェシャがカツカツと靴を鳴らしてアンナに近づく。
その全てを、チェシャは使用して立ち向かっている。
一度の物体に対しての無敵を誇り、自分とアリスの未来を見て先読みし、自分の幻影を顕現させて同能力で英雄を相手にしていく。
正に、チェシャの権能のオンパレード。
いくら英雄と謳われようとも、童話の登場人物には勝つのは難しかったようだ。
「いいえ、それはまだ分かりませんよ……?」
お腹を押さえながらアンナは立ち上がり、再びマッチの火を擦った。
現在、チェシャ以外の相手は全て英雄が相手をしている。アリス自身も魔法で応戦し、権能を使って呼びだした不思議の国の住人にも戦わせ身を守っており、相対するのはチェシャ一人。
「私に一撃を食らわせた程度で調子に乗らないでいただけますか? 私はまだまだ全然やれます……アリスを倒して、今度こそ私は避けられない未来を書き換えてみせますっ!!!」
火の中から現れたのは巨大な一角獣。
それは銀と白の体毛に覆われ、先端に数メートルもの伸びた角を生やしていた。
「はぁ……っ! これが、私の最大! 英雄級ではなく本当の伝説の存在です! これなら、貴方を倒す事もアリスも倒す事も可能!」
『キュィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!』
一角獣が咆哮を上げる。
幻想的な、絵になるような光景ではあるものの、圧倒的迫力と威圧がチェシャを襲う。
「さぁ、どうしますかチェシャ猫!? 流石のあなたでも、この
アンナが勝ち誇ったような表情を向ける。
獰猛に、目は血走っており、勝ちに急いだような————そんな顔をしていた。
……だからこそ、アンナは知っていても意識を向けられなかったのだろう。
「まぁ、流石に俺でも勝てなさそうではある……正直、見ているだけで足が震えてしまう」
しかし、そう言っているチェシャの足は震えていない。
それは、自分が一人ではないから。
相棒が、傍にいるから。
そして────
「だけど、そいつに勝てないからお前に勝てない訳じゃない」
「……ぇ?」
チェシャの言葉に、アンナは疑問符が浮かび上がってしまう。
その言葉の意味を、理解する為に、理由を聞く為に口を開こうとする————が、
「だって、アンナちゃんが生み出したものを相手にしなくても、アンナちゃんを倒してしまえば、私達の勝ちなんだから!」
ガコッ、と。
そんな鈍い音がアンナの耳に響く。
その音の正体が、自分の頭から聞こえたものだとは気づかず、アンナの視界が真っ暗に染まってしまった。
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