童話のアリス
目の前で繰り広げられる光景はアリスの知らない力ばかりが飛び交っていた。
魔法で再現できないような、どの属性にも属していないような、どういった原理で干渉しているのか? 全く検討がつかない。
だけど、知らないだけであって見た事があるような……そんな力であった。
「……チェシャくん」
頭に響く痛みなど気にせず、アリスは呆然と魅入ってしまう。
薄い痛みから徐々に激しい痛みへと変わっていき、涙が零れてしまうが何故かアリスは目が離せない。
チェシャの体が透け、見た事のないものがアンナによって生み出される。
攻防。その中で、アンナは狼狽える様子なく余裕の表情を見せ、チェシャに至っては余裕がないように見えた。
間違いなくチェシャが押されている状況。
本来であれば、アリスもこのまま加勢に向かった方がいいのだろう。
「…………」
だけど、足が動かない。
それは、激しい頭痛の所為ではない。
チェシャの姿を見て、何かを答え合わせするかのように頭を巡らせる。
巡らせた頭から湧いてくるのは、誰かの声だった。
『お、俺は! 絶対に諦めねぇ……ッ! アリスを、自国に帰してやるんだ……ッ!』
必死に、力強く声をかける誰か。
『全く……アリスはドジだなぁ。俺、アリスから離れられなくなるんじゃね?』
優しく、困ったような声を向ける誰か。
『大丈夫……俺が、アリスを守ってやるから。お前は安心して目的を叶える事だけ考えていろ』
頼もしくも、安心するような声を投げかけてくる誰か。
その全てが、大量の濁流のように襲いかかる。
頭がパンクしてしまいそうなほど、声だけでなく色々な情報が頭から流れ込んでくる。
「……そっか」
その情報の中、アリスは納得したような声を漏らした。
────どうして、自分はこの光景に既視感があったのか?
それは己が守ってもらった事があるからだ。
────どうして、チェシャを側に置きたかったのか?
それは、いつも側にいてくれたからだ。
────どうして、チェシャを見ていると安心するのか?
それは、昔からチェシャが頼もしく思ったからだ。
────どうして、チェシャの事が頭から離れないのか?
それは、己がチェシャという────鷺森綾人という存在が……大好きだったからだ。
「わ、私……っ!」
零れていた涙は溢れ出す。
どうしてその涙が出てしまったのかは、分からない。
頭痛によってか、チェシャに再び会えた事の喜びか、もしくはその両方か。
────そんな事、分からない。
『それさえ分かってしまえば、後は容易ですね……避けられない状況で同時に攻撃してしまえばいいのですから』
『……くそっ』
そんな最中、目の前ではチェシャが槍に突き刺されて追い詰められてしまっていた。
ご自慢の権能も破られ、アンナがとどめを刺そうと余裕を見せてチェシャに語りかけている。
(あぁ……ダメっ!)
アリスはその光景に手を伸ばす。
記憶にある自分はいつもチェシャに守られてきた。
どんな時も、のらりくらりと襲いかかる敵を躱し、時には交戦し、最後には笑みを浮かべた。
だけど、今は違う。
あの最後の時のように、追い詰められている。
────もしかしたら、今度は自分ではなくチェシャが消えてしまうのでは?
チェシャの泣きそうな顔が、もう一度自分の視界に入ってしまうのでは?
「そんなの、は……嫌だ!」
二度目の人生があるのなら。
守られてばかりの人生はしないようにしよう。
チェシャが傷つく事なく、あのような最後を迎えないように、二人でしっかり足を踏み出して乗り越えるのだ。
『さぁ、あなたを倒して早くアリスをお相手しなければいけませんね』
そう言って、アンナがマッチの火をつける。
そこに浮かび上がるものが何であれ、次でチェシャは倒れてしまうかもしれない。
だから、踏ん張れ。
かつての自分を思い出して、その役割を全うしろ。
「
────不思議の国のアリスは、目を覚ました。
♦♦♦
「んなっ!?」
アンナは、チェシャの背後を見て驚愕の色を見せた。
一人の少女を中心に、横一列に生み出された小さなドアから、いくつもの生き物が現れたのだ。
トランプの兵、時計を持った兎、斬首用の大剣を持った処刑人や公爵夫人、大きな扇子を広げる女王、そして不気味な笑みを浮かべる猫。
いきなり現れたソレが、一斉にアンナに向かって襲いかかってきた。
トランプの兵はスペード模様の槍を投擲し、公爵夫人が懐から取り出したリボルバーでアンナのこめかみを狙う。
「これは予想外……ッ!?」
アンナはチェシャから距離を取り、マッチから浮かび上がられるものを剣ではなく大きな盾に変え生み出した。
甲高い金属がぶつかる音が響き、スペードの槍は姿を消してトランプの兵の手元に戻っていった。
「……ふぅ。余裕など見せず、早く終わらせてしまえばよかったですかね?」
アンナは盾を消し、正面を見据える。
未だに牙を向ける生き物は健在で、アリスがそんな生き物に守られながらチェシャの元へと駆け寄っていた。
「綾人くんっ!」
アリスは、チェシャの元に駆け寄ると、すぐ様貫いていた槍を引き抜いた。
チェシャの体に痛みが走るが、身動きが取れない状況から抜け出せた事にチェシャは安堵を見せる。
そして────
「今、綾人って……」
「うんっ! 綾人くんだもんね! 綾人くんは綾人くんだもんね!」
綾人、と。
アリスはその名前を連呼した。
その名前は、この世界のアリスには言っていない名前。
その名前を告げたのは、前世で一度だけ。
つまり、そう言う事なんだろう。
(あぁ……そっか)
チェシャの心の中で、何かが込み上げてきた。
嬉しいと喜びの掛け合わせようなもの。こんな状況にも関わらず、そんな感情に浸ってしまう。
だから────
「おかえり、アリス」
「ただいま、綾人くんっ!」
そう、言葉を交わすのが大事なんだと、そう思った。
「……ふふっ、今話しかけてもよろしいでしょうか?」
笑みを浮かべ、ゆったりとチェシャ達に向かって歩くアンナ。
「悪いな、待ってもらって」
「いえ、今更不意をつくような真似はいたしませんよ。感動の再会を邪魔するのは、流石に失礼だと思いまして」
「……本当、お前がどうして敵なのかがよく分からなくなるよ」
「仕方ありません……それが、私が生きる為ですから」
チェシャは立ち上がり、アンナを真っ直ぐに見据える。
アリスも立ち上がり、チェシャの横へと並んだ。
「おい、アリス────」
「大丈夫なんだよ……今度は、私も戦う」
そう告げるアリスの瞳は、何処までも力強かった。
「もう、守られてばかりは嫌……チェシャくんと、最後まで笑っていたい。ずっと隣にいたいんだもん────だから、私もチェシャくんを守る。優しいだけの私は、もうお終いにするんだ」
「……そっか」
アリスを一瞥し、複雑な気持ちを抱いてしまうチェシャ。
だが、その表情には笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、久しぶりのタッグだ────足を引っ張るなよ、アリス?」
「何言ってるの? 私は
そして────
「それじゃあ、童話の再現を始めよう。仕切り直しだ、マッチ売りの少女」
童話の三人が、今衝突する。
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