魔姫
「魔姫っていうのはね、この学園で魔法に長けた者に与えられる名前なんだよ」
髪を乾かしながら言うアリスの言葉を、荷解きをしながら耳を傾けるチェシャ。
夕刻を過ぎた現在、チェシャは自分の根城ともなる部屋へとやって来ていた。
部屋はリビングが一つと、それぞれの部屋が一室ずつ。六畳以上はあるだろうその部屋は、自室にするには十分な程……そんな割り振られた部屋で、これからの準備をしている。
「ちなみに、最も魔法に長けた者が全員女の子だったから魔姫って呼ばれてるんだけど────ぶっちゃけ皆が勝手に言ってるだけで、特に役職とかじゃないんだぁ〜」
「ふぅん……それで、アリスもその内の一人だと?」
「えっへん! そうなのです! 褒めてくれてもいいんだよ!?」
「いや、結構です」
「どうして!?」
結局、同室である事が覆らなかったチェシャは、なるべくアリスを視界に入れないよう心がける。
だが、褒めてもらえないと分かったアリスは荷解きをしているチェシャの後ろから抱きついてきた為、チェシャの頭からどうにも煩悩が離れなかった。
それでも、雇い主に手を出す訳にはいかないと、布巾で鼻血を拭いながらチェシャは平常心を心がける。
「いやいや、そんな「すげー」みたいな事言ってるけどさ……お前、昨日誘拐されたばっかだろ?」
「うっ……! そ、それは……たまたまなんだよ!」
「へー」
「不意をつかれたからで────本当は凄い子なんだから!」
「へー」
「信じてないなこんにゃろー!!!」
うがー、と。チェシャの襟首を掴んで思いっきり揺さぶる。
(可愛らしく否定しているけど、本当に説得力ないんだよなぁ……)
実際、アリスの話が本当であれば、魔姫と呼ばれるアリスは凄い存在なのだろう。
王都に構えるこの魔法学園。
王都の中であるにも関わらず巨大で、今日一日学園を回っただけで多くの生徒とすれ違った。
それだけで、この学園は多くの生徒が在籍していると分かる。
才ある若者を育成する場には、素質を持った人間がゴロゴロといるはず────その中で最も優秀ともなれば、それは凄い事だ。
だが、昨日の誘拐然り、今のアリスの雰囲気然り。
どうにもアリスが、そこまでの実力者とは思えないチェシャ。
(彼女は強かったんだけどなぁ……)
首を揺さぶられながら、チェシャはかつての想い人を思い出した。
「でもいいもん! 明日は定期測定があるんだから、そこで私の実力を見せてあげるんだよ!」
「またしても初めて聞く単語……それって、俺もやる感じ?」
「もちのろん! チェシャくんは私の専属護衛だけど、一応ここの生徒として通ってもらうからね〜! れっつ、とらい♪」
「可愛く言っても全然やる気が出ない件について」
そんな催しがあるならもっと早く教えて欲しかった。
報連相がしっかりしてないと、涙が零れそうになったチェシャであった。
「まぁ、いいや……とりあえず、俺ってば明日からどうすればいい訳? 一応、アリスと同じクラスだって事は分かったけど……」
制服を渡された際、何時にどのクラスに行け────それまでは聞かされた。
だが、この学園がどういうシステムで動き、どんな学問を学ぶのか、何も説明されてないチェシャはアリスに尋ねる。
「明日は私と一緒にクラスに行けばいいんじゃないかなぁ? そこで自己紹介して、皆と仲良くなって、お勉強すればおっけー♪」
「具体的な部分は明日誰かに聞こう。うん、そうしよう」
チェシャはアリスに聞くという行為を放棄した。
どうにも頼りない雇い主である。
「でもさ、俺って変な目で見られないかな? ほら、俺って平民+スラムの出だろ? 貴族さん達にイジメられない? 返り討ちにしていい?」
「うーん……確かに、見下しちゃうような子はいたりするけど……一応、私って公爵家の人間だし、学園では有名な実力者だし、私の背中にいれば大丈夫だと思うよ?」
「護衛が雇い主の背中に隠れちゃダメでしょ」
「あ、それと返り討ちもNGなんだよ! 規則はしっかり守るように!」
「ぶーぶー!」
反撃が許されない事に、チェシャは口を尖らせ可愛らしくないブーイングをする。
「ダメなものはダメ! 私の目が白いうちは許さないんだよ!」
「黒いうちはの間違いでは?」
白だとやりたい放題である。
「まぁ、いいや……イジメられたらアリスに泣きつき、公爵家の権威を盾にすればいいんだろ?」
「男らしい理解が欲しかったけど……はぁ、別にいいよ。元々、私が無理にお願いしちゃったからね」
そう言って、アリスはそのままチェシャから離れ、そのままチェシャに与えられたベッドに横になった。
白い寝間着から覗く太ももに目が奪われてしまうチェシャだが、すぐ様理性を総動員させて顔を逸らすことに成功する。
「チェシャくんと同じ部屋で同じ学校に通う……ふふっ、楽しみになってきたなぁ……」
そして、枕に顔を埋めながら、チェシャの耳にギリギリ聞こえるかのような声で呟く。
「楽しみなのは結構だが……それ、マイベッドなんだけど? 何? 襲ってくれって事?」
「公爵家の娘に手を出せる度胸があるならどうぞ〜♪」
「今日は雑魚寝か……」
からかうように笑うアリスを見て、今日の寝る場所がどうやら決まってしまったようだ。
「私のベッドがあるけど……そっち使う?」
「ばかちん。使ったらアウトじゃねぇか」
クスクスと面白そうに笑うアリス。
どうやら、少しだけ動揺するチェシャを見て完全にからかい体勢に入ってしまったようだ。
それがどうにも悔しいチェシャ。
恋愛経験なし、想い人と似ているアリス。
その全てが、思春期男子であるチェシャにとっては辛く慣れないもの。
だが、一方的にマウントを取られるのも、チェシャ猫としてのプライドが許せない。
故に、チェシャは反撃に出る事にした。
「じゃあ、私と一緒に寝ちゃう?」
「よし分かった。一緒に寝るからそこを動くなよ」
「……ふぇっ?」
想定外な返答に、口を開けるアリス。
だが、チェシャはお構い無しに立ち上がり、そのままアリスが横になっている己のベッドへと向かった。
「え、えっ!? 本気なのチェシャくん!?」
「本気も本気。さぁ、一緒に寝ようじゃないかアリス」
何とも男らしい表情。
その決意と覚悟を決めたかのように見えるチェシャの顔に、からかうような様子は消え、逆に動揺してしまうアリス。
「ちょ、ちょっと待ってだよチェシャくん!? 流石に、ダメだと思うんだよ! こういうのは、もっと順序を追って────」
「アリスから誘ってきたのに、今更なしは許さねぇぞ? 俺だって、男だしな」
「ッ!?」
ベッドの上に乗り、寝転がるアリスの顎をつまんで笑いながら覗き込む。
互いの顔が至近距離にあり、アリスの可愛い顔立ちがわなわなと表情を崩し、双眸がチェシャの顔から逸らそうと必死になる。
「あ……あぅ……」
アリスの顔は真っ赤。
口はパクパクと開き、心臓の鼓動が数段階早くなる。
今まで、異性とここまで顔を近づけたことがなかったアリスは、この状況を上手く交わしきれない。
それに加え、相手は何処か気になり始めた少年。風呂上がりのアリスの顔が更に熱くなってしまう。
そして、数秒の時間膠着状態が続き、そして────
「何か言う事は?」
「……からかってごめんなさい」
アリスは、チェシャにしっかりと謝った。
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