自己紹介
「えー、チェシャって言います。右も左も分かりませんが、これから仲良くしてくれたら嬉しいです」
翌日。
学園が始まった今日この日、ついにチェシャは学び舎へと足を踏み入れた。
周囲の興味の視線が、昨日着たばかりの制服を身に纏ったチェシャへと注がれる。
自己紹介などいつぶりだろうか? 中学三年までしか学校に通っていなかったチェシャにとっては、酷く久しぶりで緊張するものであった。
「みんなー、仲良くしてあげてねー」
のほほんとした口調で話すのは、隣に立つ女性。
周りの生徒とは違い、一人だけフォーマルな服装をしている事から、きっとこのクラスの教師なのだろう。
(すっごい頼りなさそう……)
随分と失礼な事を思うチェシャである。
「平民……?」
「変わった名前……」
「田舎臭い野郎だな……」
そして、教室全体がざわめき始める。
口々馬鹿にしている生徒もいるのは、きっと学園に通う生徒の大半が貴族だからだろう。
学園に通う為には、入学金を納める必要があり、その金額は破格で、金に溢れている貴族しかおいそれと払えない。
故に、貴族ばかり偏ってしまうのは仕方がないのだ。
(アウェーな空気になりそうなのは予想してたんだが……まさか予想通りとは……)
チェシャはガックリと肩を落とす。
息がしにくい生活になりそうだな、そう思ってしまった。
(誰かいないのか……!? イケメンな男子が現れた事に黄色い歓声をあげる女子は!?)
だが、見渡すもそんな生徒は一人もいない。
それが余計にもチェシャの涙を誘った。
(……とにかく、大人しく過ごそ)
涙を堪えながら、チェシャはそう思った。
結局はアリスを護衛できればそれでいいのだ。穏便に平穏に、それとなく生活していれば、要らぬやっかみも荒波を起こさないだろうと、注がれる視線とざわめきを受けてひっそりと決意する。
「チェシャくん! なんで私の護衛なんだってアピールしないの!? せっかくのアピールチャンスだよ!? アピールしないと夢は掴めないよ!?」
「こらこら。俺の決意を返せこんちくしょう」
中央の席で立ち上がり、ビシッと指を突き立てて怒るアリス。
その瞬間、周囲が一気にざわめきを強めた。
「アリス様の護衛……!? っていう事は、この人が専属護衛なの!?」
「この俺じゃなくてこんな平民を……? 何をお考えなのだアリス様は……」
「ふんっ! こんなヒョロい奴がアリス様の護衛など、図に乗りやがって……」
驚き三割、苛立ち七割のざわめき。
それだけで、チェシャの始めの印象は最悪になってしまったのだと分かる。
元々、アリスの護衛の話はクラスでも話題になっていた。
公爵家という貴族のトップにいるような令嬢が、一人の護衛もつけていない。
この学園に通う大半の貴族は同じように護衛をつけており、その為終始護衛ができるよう護衛と主人は同じ部屋に割り振られる────なんて話があるのだが、チェシャは知らないし、これはまた別の話。
つまり、護衛をつけるというのはこの学園に通う貴族の生徒の中では当たり前。
それなのにアリスはつけていない────であれば、誰をつけるのか? 若しくは、自分が護衛になれるのでは? などなど。
色々と話題が絶えない事だったのだ。
それが見ず知らずの人間……それも、平民が護衛になったとなれば、驚かない訳がない。
驚く連中も、公爵家と関係を作れる機会を潰されたという怒りを持つ連中も現れるわけで......それが余計にもチェシャの涙を誘った。
「アリスさんはようやく護衛をつけたのねー。うんうん、よかったよかった」
そこで一人、マイペースな雰囲気を作る教師に、何故か苛立ちを覚えた。
(後でお説教だばかちんめ……!)
そして、一人おもちゃを自慢するかのようにドヤ顔を見せるアリスに、後の説教を確定させたチェシャ。
「じゃあ、あそこの空いてる席に座ってねー」
「……うっす」
先生に促され、チェシャは指を指された空いている椅子の所まで足を進める。
この教室はチェシャが知っている教室とは異なり、教壇がある場所を生徒が見下ろすように作られている。
故に、席に向かうには数段に分けられた階段を登っていかないといけないのだが────
(うわぁお……視線が痛い)
階段を登る度、横を通り過ぎる生徒から妬みという鋭い視線が注がれる。
それがなんともいたたまれない。
そんな事など知りもしないアリスとは少し離れた場所────窓側最上段に空いた席に、チェシャは向かう。
すると、二人がけの席にはもう一人別の生徒が座っていた。
(綺麗な人だな……)
アリスと同じくらいまで伸ばしたサラリとした銀髪。
何処か大人びた顔立ちは同じような雰囲気を感じさせるが、それがなんとも美しい。
アリスと同じぐらいの美貌を持つ少女……そんな人と隣とは、女性経験が薄いチェシャにとっては別の意味でも気まずかった。
「よろしくお願いします」
慣れない敬語で隣の女子に挨拶をする。
隣同士でやっていくのだから挨拶は自然。すると、少女はその整った顔立ちをチェシャに向けた。
「よろしくお願いするよ」
興味深そうに向けられる視線。
どうにも体だけではなく中まで見透かされているような目に、やりづらさを感じるチェシャ。
「チェシャくん……だったかな? 珍しい名前だね」
「えぇ、まぁ……よく言われます」
当然、童話の世界で生まれた名前は、この世界では珍しい。
聞かれてしまうのも無理はないかと、安易に納得してしまったチェシャだが、少女の次に放たれる言葉がチェシャの動揺を誘った。
「不思議の国のアリス────そこで、貴族に飼われている猫と同じ名前だ……果たして、それは偶然なのかな?」
「ッ!?」
目を見開き、静かに驚く。
この世界に不思議の国のアリスなどという言葉を知る人間などいない。
故にこそ驚く。
「どうし────」
「どうして、などという疑問はこの際不要だろう? もし君が、ボクの知っている人物であればボクはこう名乗るのだから────」
そして、少女は己の胸に手を当てて、チェシャの言葉を上書きした。
「シンデレラ……灰かぶり姫にかぼちゃの馬車を与えた、フェアリーゴッドマザー────昔のように、マザーと名乗らせてもらうよ」
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