フェアリーゴッドマザー

 シンデレラ。

 不思議の国のアリスと同じグリム童話。虐められていたシンデレラが舞踏会に行きたいと望み、不可思議な者達に助けられて舞踏会に参加、王子に見初められるといった話である。


 その中で灰かぶり姫、サンドリヨンと呼ばれる少女を助けた一人に、フェアリーゴッドマザーという存在がいた。

 有名な部分では『かぼちゃを馬車に変えた』というお話だろう。


 その人物は魔女と呼ばれ、妖精と呼ばれ、老婆でありながら少女の姿であったとも伝えられる未知な存在。


 そんな女性。

 それが────


「お前、マザーなのか……?」


「やっぱり、その口ぶりはボクの知っているチェシャ猫と同じだ────やはり、君はチェシャのようだね」


 目を見開くチェシャを見て面白そうに笑うマザー。

 チェシャ自身、自分と同じような転生者がいる可能性は考えていた。アリスがそうなのでは? と疑ったように、どのような原理と条件が揃えば転生するか分からないが、可能性としては十分。


 だが、こうも早く出くわすなどと微塵も考えていなかったのだ。


「まぁ、そうだが……マザーだって全然気づかんかったわ……」


「それもそうだろう。ボクの容姿は昔と全然違うからね。もちろん、こちらの姿も好きだが、やはり向こうでの体が恋しいよ」


「気持ちは分かる」


「君は対して変わらないだろう……今も向こうもフツメンだ」


「懐かしの再会でも俺は拳を容赦なく振るうぞコラ?」


 誰がフツメンだと、チェシャは額に青筋を浮かべる。


「でも、君との再会は素直に嬉しいよ。これでも、君はボクの出会った中で特に仲の良かった者の一人だからね」


「……そうだな」


 嬉しそうに頬杖をつきながら笑うマザーに、チェシャも少しだけ口元を綻ばせる。


 自在作家ストーリー・テラーを求める童話の住人は、とにかく優しく言えば仲が悪かった。

 全てが敵で、油断すれば背中から刺される……仲のいい者達ではない限り、チェシャが童話のアリスと出会う前の時と同じく、集団行動など滅多にしない。


 だが、童話の住人の中には稀に自在作家ストーリー・テラーを求めない者もいた。

 故郷に帰りたかった童話のアリスや、そのアリスを守る為に動いたチェシャなど。

 殺傷を好まない者達もいた中で、そういった者達は自然と惹かれあったのだ。


 自分達みたいな童話の住人という異端者を理解し、なおかつ背中を襲わないからこそ気を許せる。

 そうした中で、チェシャは童話のアリスと共にマザーと出会ったのだ。


 それこそ、数週間の間共に旅した事があるくらいには────


「ふふっ、君がここにいるという事は……?」


「まぁな……首を一思いに切った。アリスが死んだし」


「そうか……彼女も逝ってしまったのか……」


 悲しいような、悲しくないような。

 そんな曖昧で無表情な顔をマザーは見せる。


「っていうか、お前が先に死んだんだろ。俺達と別れた直後に死にやがって……アリス、めっちゃ泣いてたからな? 一生懸命墓作ってたんだからな?」


「仕方ないじゃないか。研究の最中に後ろからグサッ、だ────サンドリヨンも、卑怯なやり方するものだと驚いたよ」


「あれ? シンデレラじゃないの?」


「まさか。シンデレラはアリスみたいにいい子で大人しいよ。野望を抱えているのはサンドリヨンの方だね、灰かぶり姫は相変わらずよく分からない」


 自分の死を懐かしむように語る二人。

 だが、その表情に憎しみと未練の欠片などなく、本当に割り切ったのだと分かる。


「それで……今のお前の立場ってどういう立ち位置? 貴族様? 敬語使った方がいい?」


「馬鹿な質問だ。君に敬語を使われては悪寒が走ってしまう」


「んだとコラ?」


「そもそも、ボクは君と同じ平民だ。親が入学金を工面してくれ、才能なしと皆から距離を置かれる……そんな女の子さ」


 両手を広げ、マザーはやれやれと肩を竦める。


「いや、才能なしは嘘だろ? お前だったらそこにいる有象無象────瞬殺じゃね?」


「本当に馬鹿だね君は。集団生活で過ごすこの学園で権能など使う訳ないじゃないか────これ以上、浮いた存在なるのは御免だよ」


「それもそうか……」


 そう言われて、チェシャは納得する。

 確かに、魔法がありふれているこの世界で、魔力を使わない権能は珍しい────というより、未知の力だ。


 そんな力をおいそれと使ってしまえばたちまち注目を浴び、権能欲しさに色んな貴族から目をつけられるかもしれない。

 そうなれば、今の暮らしは破錠してしまうだろう。


 後ろ盾があるチェシャとは違い、今のマザーには何もないのだ。


「そうは言いつつも、実際にボク以外にも転生している人間は存在している」


「嘘? マジで? 会いたいような会いたくないような」


「安心するといい。君も知っている親しい人間だよ。だからこそ、裏でよくして発散している────故に、こうして今まで我慢してきたんだ」


 だが、と。

 マザーは獰猛な笑みを浮かべて、チェシャの顔を覗き込んだ。


「それももう限界だ。君がやって来た以上────ボクは


 顔こそ昔とは違うが、それでも今見せるマザーの表情は、昔よく見た彼女のそれであった。

 何度も何度も向けられてきた。


 自らの成果ちからを見せびらかしいたい、優位だと証明したいような傲慢。


 争い事な嫌いな童話のアリスは頑なに断ったが────


「いいぜ……久しぶりに。俺も、流石にこの世界は生きにくい」


 チェシャは違った。

 それは童話の住人としての性なのか、なんとも血の気の多いチェシャ。

 同じように、獰猛な笑みを浮かべてマザーに言い放った。


「ふふっ」


「ははっ」


 二人は同時に笑い出す。

 懐かしいようで、嬉しくて、旧知の存在と出会えた事に喜ぶ。

 これは二人にしか分からない事なのだろう。


 故に────



「あらあら〜、二人はすぐに仲良しさんになれたんですね〜」



「「ッ!?」」


 教師が嬉しそうに頬に手を当てて笑う。

 二人はその声に驚き、慌てて周囲を見渡すと、クラス全体の視線が自分達に集まっている事態に気づいた。


 ざわざわと再び場が荒れ、口々に親しく話す二人に疑問と興味が注がれる。


「仲良しは結構だけど、先生の話はちゃんと聞いて欲しいな〜」


 どうやら、久しぶりの再会が嬉しくて、周りに気づかず話し込んでしまったらしい。

 その事実に、二人は何とも気まずそうに俯いた。


「いかん……初日から最悪な印象だ……」


「この視線は流石のボクも厳しいものがあるね……」


 そして、二人は一気に静かになり、その後に教師の声が教室に響いた。


「むすぅ〜〜〜〜!!!」


 なお、一名頬をパンパンに膨らませて不機嫌アピールをしている女の子がいたのだが、チェシャは残念ながら気が付く事ができなかった。

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