定期測定
『荒れ狂う風よ! 我の目の前に立ちはだかる敵を薙ぎ払え!』
『深淵の業火よ! 一面を焼き払い、熱を帯びろ!』
『激しい濁流よ! 敵を全てその水で沈めよ!』
時は過ぎ、チェシャ達は学園敷地内にある訓練場の隅でだべっていた。
訓練場は向こうの世界でいう東京ドームと同じくらいの広さ。そこでは教師陣が見守る中、同い年の生徒が喧騒という名の魔法合戦を繰り広げていた。
時にチェシャの肌に熱を運び、冷たい風が頬を撫でる。
激しい轟音が広がる中、多くの生徒が何ヶ所かに分けられた場所で試合を行う。
「定期測定というものは、学期末に行われる実力を生徒と教師が見直す為の行事だ」
「ふーん……それがこのイベントだと?」
「学園では実力という曖昧なものを求める。実力を成績として反映する事によって、生徒の向上心を上げるという面もありつつ、将来どの立場で送り出すかという明確な答えが欲しい故────なんて考えもこの定期測定にはあるのだろう。この学園に通う生徒は、大半は騎士や魔法士といった職に就くだろうからね」
運動着に着替えたマザーが胡座をかくチェシャに説明する。
その説明は分かりやすく、チェシャでも容易に理解できた。何処ぞの雇い主とは違うなと、チェシャは隣にいない主人を思った。
「もう一個聞いていい?」
「何でも聞きたまえ。ボクは説明好きだからね」
「魔姫って何?」
ずっと気になっていた事をチェシャは尋ねる。
以前、アリスに聞いてみたのはいいがいまいち納得ができず、なぁなぁになっていた話。
それがチェシャの中で未だに引っかかっていたのだ。
「この世界では、科学ではなく魔法が主流となっているのは知っているだろう?」
「まぁ、ライカの記憶のおかげでそれは知ってる」
「この学園では、魔法の才に最も長けた人物がそう呼ばれたりしているんだ。魔法に長けた────魔法といっても様々な種類はあるが、ここで長けたと定義する最も大きな部分は『実力』だ」
マザーは指を立てながら、チェシャ隣に腰を下ろす。
「こういった定期試験で圧倒的な実力を見せたり、学園行事や外部で大きな功績を挙げる。明確な基準こそないが、そういった場所で他の生徒に認められ、『強い』と知らしめた者が魔姫」
「じゃあ、その一人がアリスだと?」
「現在、学園には五人の魔姫が存在する────その全員が女性である事から魔姫などと呼ばれているのだが、彼女はその内の一人なのは間違いない」
「へぇ……」
チェシャは少しだけ感嘆とした声を漏らすと、視線を動かして訓練場の中を見る。
分けられた中央、そこには明るい金髪を靡かせた少女が、一人の男子生徒と対峙している姿があった。
『あーっはっはっはー!!! チェシャくんに私が本当は凄い子なんだって認めさせてやるんだよ!』
腕を組み、獰猛な表情で氷の雨を降らすアリス。
魔法行使にあたって重宝される無詠唱────その難度は高い筈なのだが、アリスは大量の氷の雨を降らせつつも、その無詠唱で魔法を行使していた。
その威力は一言凄まじい。対峙している生徒も、涙目で防戦一方だ。
「まぁ、確かにそう言われてみればそんな気もする……」
「無詠唱で、あそこまでの威力を出せる人材はこの年代ではそういない。誰がどう見ても、彼女は才能ある人物だろうね」
今、この訓練場で最も目立っているのはアリスだ。
控えている生徒がいるものの、参加している生徒の中では明らかに抜きん出ている。
(だから護衛もなかなか決まらなかったのか……)
護衛は基本的に、主人より秀でていなければならない。
それは護衛が主人よりも弱ければ守られてしまう恐れがあり、逆に主人を危険な目に合わせてしまう可能性があるからだ。
故にこそ、護衛対象で主人でもあるアリスの護衛をする為には、アリスより強ければならない。
だが大人ならいざ知らず、同年代の者の中でアリスより実力がある者などそういないのだ。
だからこそ決まらなかったのかと、チェシャは改めて納得する。
「……それにしても、運命的な巡り合わせじゃないか。まさか、君があのアリス護衛する事になるとは」
「やっぱり、マザーもそう思う?」
「もちろん、確証はないがアリスが転生しているのであれば、間違いなく彼女だろう。口調も性格も容姿全てが似ている────容姿がどうして似ているのかというのは疑問だが、それはきっとアリスは主人公だからだろうさ」
そう言って、少し感慨深そうにマザーはアリスを眺める。
きっと、今まで何か思う部分があったのだろう……何せ、マザーはチェシャと同じくらい向こうのアリスとも仲が良かったのだから。
『チェシャく〜ん! 見た!? ねぇ、私の実力ちゃんと見た!?』
「本当に、アリスとそっくりだよ……」
試合が終わり、中央にいるアリスがチェシャに向かって大きく手を振っている。
それを見たチェシャも、同じように感慨深く笑ったのであった。
「……さて、ボク達も始めようか」
「ん? まだ呼ばれてないけど……やんの?」
この定期測定の試合は教師の立ち会いの元、指定された同じ学年の生徒と行う事になっている。
まだ呼ばれていなかったから、こうしてマザーと控えていたのだが────
「ボク達が教師の都合など考えるような人間じゃないだろう? したい事を行い、欲望と気分のままに動く────それが、童話の住人さ」
「今は違うけどな」
「なに、軽いウォーミングアップとで言っておけばいいさ」
そう言ってマザーは立ち上がり、訓練場の隅にある空いたスペースへと歩いていく。
その後ろを、チェシャもついていった。
「本当にウォーミングアップかどうか怪しいけどな……」
「久しぶりのお遊びだ……その喜びに比べれば、教師からの説教は些事だよ」
マザーは振り返り、チェシャに向かって妖艶に笑う。
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