学園到着
それからしばらくして。
チェシャとアリスを乗せた馬車は王都へと到着し、チェシャの身長を悠々超えた学園の門を潜った。
敷地はかなりの広さで、端の塀が一本の線に見える。
初めて訪れるチェシャにとって、どの建物がどんな目的で作られ、何の施設なのかが検討がつかないが、とりあえず見た感想は「金かけてんなぁ……」といった知能がしれてしまうようなものであった。
そして、学園の中へ入ったチェシャはアリスを起こし、受付らしき場所で制服を受け取ると、アリスに連れられて学内を歩いていた。
「それにしても、アリスの父さんって仕事早くね? 昨日決めたはずなのに、もう制服が用意されてある」
「まぁ、お父さんは決めた事はすぐに実行するタイプだからね〜。サイズ合ってた?」
「それも疑問だな。ピッタリ過ぎて怖いわ」
アリスに「チェシャくんの制服姿見たいな! 雇い主の命令です! 今すぐ着替えるんだよ!」と言われ、トイレで着替えを済ませたチェシャは現在アリスと同じ学生服姿。
サイズは本当にピッタリ。いつの間に自分のサイズを測ったのかと、疑問に思わずにはいられなかったチェシャである。
「それで……確か、今は休み期間中だったっけ?」
「そうだよ〜! ちなみに、明日から授業開始だね♪」
「わぁ……ここについてもゆっくりできないのねぇ……」
タイミングが良いような悪いような。
チェシャにとっては悪かっただろう。
「正直ほとんど話も聞いてない、何をしたらいいか分からん。今何処に向かってるのかも知らん。主様? ご教授お願い致しますよ?」
「もちのろん! ちなみに、今は私とチェシャくんのお部屋に向かってます!」
「……おやおや、どうやらわたくしめの耳はおかしくなってしまったようですな。今、私とという言葉が聞こえたのですが?」
「ふぇ? 言いましたけど何か?」
先を歩くアリスが振り返り、可愛らしく首を傾げる。
「ちょ待てよ。私とって事は同じ部屋って事じゃないのかね、うぅん?」
「その通りなんだよチェシャくん! チェシャくんは、私と同じ部屋なのです!」
ドヤァ! と言わんばかりの顔で、言い放つアリス。
その顔に、若干苛立ちを覚えてしまった専属護衛であった。
「おーけー、真面目に話し合おうアリスさん」
「話し合っても決定事項だから意味ないけど、別にいいよ〜」
その場で膝をつき、正座の状態でチェシャはアリスを見上げる。
それにつられてか、アリスも同じようにその場で正座をしてしまった。
ここは学内の廊下。生徒や講師が通る場所であり、誰かが足を踏んだ場所だ。
そんな場所に、公爵家の令嬢が座るなんて考えられない。
────そう、アリス達の横を歩く生徒達が思った。
「俺はまだまだ子供の男の子な訳でして、性欲真っ盛りなお年頃な訳ですよ」
「そんな真顔で性欲とか言わないで欲しかったんだよチェシャくん。私、一応女の子だよ? デリカシー何処行っちゃったの?」
気づけば、廊下で正座をするチェシャとアリスを遠巻きに眺める人集りができてしまった。
その人集りをを見て、専属護衛の直球過ぎる言葉に、少しばかり羞恥を覚えたアリス。
だが、チェシャは未だに気づかない。
「そりゃあ、女の子と同じ部屋であればその性欲も滾るし、風呂上がりのアリスとか、寝起きのアリスとか、寝静まった時のアリスとか見ちゃったら……半紙並の理性の壁が壊れてしまう恐れがあるんだ」
「薄いよ!? チェシャくんの理性の壁が薄すぎるんだよ!?」
「それに、アリスは間違いなく可愛い。そこらの女なんて比べるのが失礼だと思ってしまうぐらいに……アリスはとても魅力的なんだ」
「か、かわっ!?」
「だからこそ、俺は別室を所望する! 分かっていただけたかねお嬢さん!?」
力説し終わったチェシャがアリスの顔を覗く。
アリスは、口をパクパクさせながら顔を真っ赤にしていたが、どうやら分かってくれたのだと、チェシャは一方的に理解した。
本当は、ただチェシャの発言に顔を赤くしただけなのだが。
「……ん? 何かやけに人が集まってるな? ……どして?」
「……多分、チェシャくんの所為だと思う」
「どして!?」
恨めしげな目で睨むアリスに、チェシャは信じられないと驚く。
故に、そうではないのだと否定する為にチェシャは周囲のざわつきに耳を澄ませた。
『ねぇ、あの人誰なのかしら?』
『さぁ? けど、あの『魔姫』を地べたに正座させるなんて、只者じゃねぇな……』
『加えて、公爵家の娘だ……アリス様と一体どう言った関係なんだ?』
どうやら、アリスが地べたに正座している原因がチェシャの所為だと思い、周囲はざわついているようだ。
チェシャは原因が分かり「あながち間違ってないな」とアリスの言葉に納得した。
「なぁ、アリス? 『魔姫』って何?」
「どうしてチェシャくんがそれを知ってるの?」
「知っていると言うよりかは聞こえたが正しいな。あそこでざわついている奴らが言ってた────アリスが魔姫だって」
このまま座らせたのだままだと一向に人集りが掃ける事がないと思ったチェシャはアリスに手を差し出して立ち上がらせる。
そのついでに、人集りから聞こえた単語も聞いてみる事にした。
すると、アリスは急に自慢げに胸を張り、再びのドヤァを見せた。
「私、実は魔姫の一人なんだよ! こう見えて、すっごい人なんだよチェシャくん!」
「何がどう凄いのかが分からないから聞いたんだが……」
会話のキャッチボールが上手くできない事に肩を落とすチェシャ。
アリスのボールは遥か頭上を超えてしまったようだ。
「だから褒めて! そして、甘やかして欲しいんだよ!」
「うん、絶対にアリスには聞かない。それに褒めない」
どうか、ちゃんとボールを返して欲しい。
そう切に願ったチェシャであった。
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