クィーン・グリムヒルド

 チェシャとマザーの間に割って入ってきたのは、ライトブルーの髪をした少女だった。

 見た目麗しい顔立ちであるにも関わらず、獰猛に笑みを浮かべる少女は何処か既視感がある。

 そして、麗しい少女の印象を大きく変えているのは、恐らく両手で担いでいるメイスだろう。


 第三者の介入。

 チェシャとマザーの中間に歩いていく少女が何者なのかは分からない。


 だが、チェシャとマザーはそれを気にもしない。


「…………」


「…………」


 ただただ、チェシャはトランプの兵を使ってスペードの槍を投擲し、マザーはオルガン砲のロープを引いた。


「鏡よ鏡、この世で一番のはだぁれ?」


 迫り来る砲弾と、スペードの槍。

 少女は驚くべき事に、避ける動作もメイスを構える事もしなかった。


「もちろん────わ・た・し♪」


 激しい轟音が訓練場に響く。

 巨大なオルガン砲や、投擲されたスペードの槍の威力は凄まじく、大きな土煙を上げながら少女の体を正確に捉えた。

 のだが────


「まぁ……当然だよね」


「おいおい、こいつもいるのかよ……」


 土煙が晴れた先。そこには、五体満足で立っていた少女の姿があった。

 その姿を見て、チェシャは目を見開いて驚きを露わにする。


 見た事のある力。

 そして、容姿こそ違うが、その喋りも口調も全てがチェシャの記憶の人物に合致する。


 そう、その人物は────


「もうっ、マザーちゃん! こぉ〜んなに楽しいことをやってるんだったらお姉ちゃんに教えてくれてもよかったのにぃ〜!」


「こうして介入してくるから呼ばなかったのだよ────


 ────クィーン・グリムヒルド。

 世界で一番美しくなるが為に、白雪姫をその手で殺そうとした后。

 その役割を与えられた少女。かつて、チェシャが女の子である。


「マザーが言ってた他の奴って……こいつの事?」


「あー! 知らない人にこいつって言われたー! ちゃんと教育────あれ? もしかしてチェシャくん?」


「お、おう……相変わらずで何よりだ、リム」


「リムお姉ちゃん、でしょ! チェシャくん!?」


「あ、はい……リムねぇ……」


 目を輝かせ、リムはズカズカとチェシャの元に歩み寄る。

 対するチェシャは何故か気負わされてしまい、小さく片手だけを上げて久方ぶりの再会を見せた。


「久しぶりだねぇ〜! 元気にしてた?」


 軽い調子でそう尋ねながら、リムはチェシャに向かってメイスを振り上げた。


「言葉と行動の違いが凄すぎる!? マザーの時はちゃんとしんみりしたはずなのに!?」


「さぁ! 久しぶりの再会を喜ぼぉね〜、チェシャくん〜♪」


「素直に喜べないっ!」


 対するチェシャは、再会相手にメイスを向けられて涙目でトランプの兵を動かす。

 トランプの小さな手はメイスを振り上げるリムに向かって正確に拳を振るっていく。


 それを見たリムは、チェシャに振り下ろそうとしていたメイスの軌道を変え、トランプの兵の拳を迎え撃った。


「鏡よ鏡、この世で一番力が強いのはだぁれ?」


 そして、トランプの兵の拳はメイス弾き飛ばされる。


「もちろん────わ・た・し♪」


 そして、迎え撃ったメイスの軌道をそのままにし、遠心力を使ってチェシャの脳天めがけて振り下ろした。

 だが、チェシャの体を捉えることはできず、チェシャの体を通り抜けて地面へとメイスが振り下ろされた。


 再び訪れる激しい轟音と共に、チェシャの足元には大きなクレーターができてしまう。

 どうやら、リムの力に訓練所の足場は耐えきれなかったようだ。


「まだまだいっくよぉ〜♪」


「何度来ても同じだわボケぇ!」


 リムはメイスを何度も振るうが、チェシャには当たらない。

 だが────


「かぼちゃの馬車のお通りだ。道を開けろ、灰かぶり姫が舞踏会へと向かう為に」


 リムの背後。そこから、かぼちゃの造形をした荷台が猛スピードでリムとチェシャに向かって迫ってきていた。


「えぇい、くそっ!」


 チェシャはリムのメイスを避けると、リムの空いた胴体に向かって蹴りを放つ。

 大した感触はなかったが、チェシャは反動で荷台の進路から己の体を外し、安全圏へと向かう。


「あらあらぁ〜!」


 そして蹴られたリムは取り残されるが、振り向きざまに合わせたメイスで荷台を破壊していく。


「おや? 君の権能なら避ける必要などないはずだが────もしかして、みたいな制限でもあるのかな?」


「目敏い女は嫌われるぞ!?」


「ボクも女の端くれだ……その言葉は、流石に傷つくよ」


 そう言いつつ、マザーは中に向かってビー玉を放り、その姿は少しサイズの大きい手榴弾へと変わっていく。

 チェシャ達の近くへと転がり激しい爆発が起こるものの、二人に対した外傷は与えられなかった。


 続いて、リムはマザーのいる方向へ思い切りメイスを振りかぶる。

 マザーとの距離は離れている。その場でメイスを振り下ろしても、リムのメイスはマザーに当たる事はないだろう。


 しかし────


「鏡よ鏡、この世で一番腕が長いのはだぁれ?」


 リムの腕が大きく伸び、メイス間合いにマザーが入ってしまう。


「ちっ」


 マザーは軽く舌打ちすると、その場に転がる石ころつま先で小突き、巨大な壁へと変貌させた。

 直後、鈍い音が響き渡り、リムのメイスが弾かれる。


「あはっ! 久しぶりに楽しいねぇ!!!」


「それに関しては同感だが、君の乱入で楽しさ半減だ」


「感動の再会って戦闘から始まるもんだったっけなぁ……?」


 三者三葉に、顔を歪ませる。

 それぞれが均等に距離をとり、隙間のない戦闘に久しぶりの静止が訪れた。


 だが、始まろうと思えばすぐに始まるだろう。

 チェシャは剣を鞘に戻して指を鳴らし、マザーはビー玉を手元で弄び、リムはメイスをその肩に担いだ。


 一触即発の空気が三人の間に流れる。

 もはや、周囲の生徒も教師も口を開かずに離れた場所で立ち尽くすのみ。


 だけど、そんな空気の中に一人の少女が割って入った。


「こらー! チェシャくん、何やってるの!」


 少しばかりの憤怒を乗せた表情で、金髪を靡かせたアリスが現れた。


「アリスさん……? 怒っていらっしゃるので?」


「怒ってるんだよ! それはもう、激おこプンプン丸なんだよ!」


 アリスはそのまま小走りでチェシャの元に駆け寄る。

 即発の空気を作っていたチェシャはアリスを見ると、ふと我に返り、走り来るアリスに慄いた。


 そんな時────


「あはっ! もしかして一緒に遊んでくれるのかなぁ〜♪」


 割って入ったアリスに、リムは肉薄した。


「……え?」


 悦を浮かべた顔でメイスを握り、無防備に背中を向けたアリスにメイスを振るおうとする。

 いきなり標的にされたアリスはその場で驚きの声を上げ固まってしまった。


「鏡よ鏡、世界で一番力が強いのは────」


 このままでは、アリスは戦闘を好むリムの餌食になってしまう。

 だが────


「アリスに手ぇ出してんじゃねぇよ、リム」


「君はかつての友を傷つける気かい?」


 チェシャが振りかざすリムの足を掬い、頭をそのまま地面に叩きつけ、マザーが小さな鎖を生み出し固まるアリスを勢いよく抱き寄せた。


「あがっ!?」


「きゃっ!」


 女の子らしからぬ声を上げ、リムは苦痛で顔を歪める。

 二人の反応の速さは素晴らしいの一言。それに加え、己の役割を理解しているかのように息のあった動きであった。


 顔を地面に叩きつけられたリムは、チェシャの手をどかそうと乱暴にメイスを振るうが、やがて動きは止まりそのままメイスを手放した。


「はぁ……少しは落ち着いたかリムねぇ?」


「ごめんねぇ……チェシャくん……」


 チェシャはリムの頭から手を離し、そのままリムを起こして顔についた土を布巾で叩く。

 冷静になったのか、リムはしゅんとした顔でされるがまま顔を拭かれていた。


「……全く。君の戦闘狂いも理解していたが、ここまで酷いとは」


「だってぇ〜、久しぶりに遊べて気持ちが昂ってたんだもん〜」


「気持ちは分からない事もないのだが、事前に決めていただろう────、と」


「……うん」


 マザーに怒られ、先程よりもしゅんとしてしまったリム。

 どうやら、チェシャの知らない所で二人の取り決めがあったようだ。


「え、えーっと……どうなってるの?」


 そんな中、一人だけ現状についていけてないアリスは再び立ち尽くしていた。

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