マザーVSチェシャ(2)
教師の介入が入ろうが、チェシャは駆ける足を止めず、マザーはビー玉を放り同じ徹甲弾を放ち続ける。
『ぐあっ!』
『せ、先生っ!?』
そんな声が聞こえたが、チェシャ達は気にした様子もない。
通り抜ける徹甲弾。チェシャとマザーの距離が近づいていく。
だが、それを許すまいとマザーは再びビー玉を放る。
「かぼちゃの馬車に乗るのは何人がいいだろうか? 大丈夫、大きく作れば問題ないさ」
すると、ビー玉は徹甲弾ではなく、大きな壁へと変わり、チェシャとマザーを隔てるようにそびえ立つ。
そして、別の壁が横を塞ぎ、次は背後を塞ぐ。
あまりにも巨大過ぎるが故に、チェシャは四方を簡単に塞がれてしまった。
「更にプレゼントをしよう。今度は、綺麗なドレスも添えて」
最後に放ったビー玉。
それは、小さな箱に蓋をするかのように、壁の上に大きな壁を乗せた。
これでは何処にも退路がなくなった。陽の光を完全に塞がれたチェシャは密室に閉じ込められる。
だが────
「この程度で勝ったつもりなら落胆だぞマザー!?」
指を鳴らし、背後に巨大な鏡を顕現させる。
『不幸に貶める者の一つ』────『
これなら、厚い壁でも容易に壊せるほどの力を持っている。
故に、チェシャはトランプの兵を目の前にそびえ立つ壁へと向かわせる。
だが────
「かはっ!?」
チェシャの肺が、急に暴れ始める。
喉を押さえ、地面に倒れ込むと、何度も何度も首を掻き毟る。
(息が、できねぇ……!?)
息を吸おうとしても、喉が待ったをかける。
だが、それでも一度取り込んだ空気がチェシャの肺を傷つかせた。
主人の異変故なのか、トランプの兵は壁を壊す事なく鏡と共に姿を消す。
そして、チェシャは地面に倒れ込んだまま苦しみ、もがき、やがて────
♦♦♦
「君の権能は姿を曖昧にする事で成り立っている」
チェシャの様子を想像しながら、マザーは箱の外で楽しそうに笑う。
本来被るべき三角帽子がない事が今日に限って寂しく感じてしまうが、それでも久方ぶりの昂る高揚感が何とか紛らわせてくれた。
「その場にいるはずなのに君の実体はそこにいない。だが、君はそこにいる────では、実体は何処にあるのか? それはボクにも分からない……が、常に近くに潜んでいる事だけは確か」
自ら自作した箱の中の音が消える。
一度大きな声で何か喋っていたようだが……それはダメじゃないか、とマザーは笑う。
「では、どうすればいいか? 実体は何処にいるのか分からない。ならば、倒す方法を外部ではなく内部にすればいい────例えば、空気を全て酸素に変えるなど、いかがだろうか?」
チェシャが倒れた理由。
それは至ってシンプルであった。
四方を囲み、密室を作り上げて窒素、二酸化炭素を全て酸素にする。
単体で取り込めば猛毒でしかないその気体は確実にチェシャ呼吸を封じ、やがて死に至らしめる。
それが、マザーが考えた『猫のように笑う者』の攻略法。
きっと今頃、中ではチェシャが呼吸できずにもがき苦しんでいるに違いない。呼吸と止めればまだいいが、何せ先程大声を出したばかりだ。
一刻も早く空気を肺に入れたいだろう。
だが、それが封じられている。
後数分もすれば、きっとチェシャは死ぬ。
「〜〜〜〜♪」
だが、チェシャが死に向かっている事を、マザー気にもしない。
それどころか、鼻歌を歌いながら呑気にチェシャが閉じ込められた箱を眺めている。
『お、おい……あいつって、あんな事できる奴だったか?』
『今の何の魔法……? というか、あの子って魔法があまり使えない落ちこぼれじゃなかったの?』
『転入生も訳が分からない……あいつの攻撃が全部すり抜けてたぞ?』
静かになった事によって、マザーの耳に生徒の声がよく聞こえた。
口々に驚きと疑問。ざわめき、いつしかこの訓練場にいる生徒全てがこちらを見ている。
(矮小な人間……ボクと彼を同じ土俵で見ないで欲しい)
それが何とも不快だったマザー。
この世界。人の身であったとしても、自分とチェシャは特別な存在なのだ。
それは向こうで培ってきた全てが、マザーにとってかけがえのないものであったからであり、そもそもただの人間ではないのだから。
フェアリーゴッドマザーとしてのプライドと、友人を馬鹿にされたような気がして、今すぐにでも徹甲弾をぶち込んでやりたい気分になる。
────だが、今は楽しいお遊びの時間なのだ。
別の事に気を取られている訳にはいかない。
何故なら────
「あぁーらよっと!!!」
背後から声が現れる。
だが、マザーは振り返る事なくビー玉を背後に放って透明な防弾ガラスを出現させた。
その直後、金属とガラスがぶつかり合うかん高い音が響く。
「……ふむ、殺せなかったのか。正直、今のは自信があったのだが」
「いや、中にいた俺は間違いなく死んでるよ────もちろん、それが今の俺って訳じゃないけど」
「なるほど……そういう事か」
マザーは振り向き、そのままチェシャから距離を取ると、懐から再びビー玉取り出す。
「今のは流石に焦ったわ……『助言する者』で見てなかったら、今頃本当に死んでた」
そう言いながらも、冷や汗一つかいていないチェシャ。
────チェシャの『助言する者』は先を見通す権能である。
助言する為に他者を導く結果を教える。その為には、幸せや最適解を事前に知っておかなければならない。
故に、チェシャはどう選択すればその者に幸せを与えれるかを見る。
そして、今回は自分に助言をした。
だからこそ、『
「ボクとしてはようやく勝てると鼻歌まで歌っていたのだがね……」
「友人の死を喜ぶな。それより、殺そうとすんじゃねぇよ。冷たくない? 俺達って、友達だよね?」
「友人は全力で屠るべし」
「童話の誰も言ってねぇよ、そんな格言!!!」
手を鳴らし、チェシャは背後に巨大な鏡を出現させる。
鏡の中から現れるのは馴染みのトランプの兵。その等身は優に三メートルを超えており、スペードの槍が輝いていた。
それに対し、マザーは取り出したビー玉地面に放り、続いての変化をもたらした。
二つの車輪に乗る五門の砲身。それは十八世紀半ばから西洋で用いられる砲の一つで────
「オルガン砲って……もうちょっと女の子らしい物作れよ……」
「うむ……ではファンシーに妖精でも出してみた方がいいかな?」
「お前自身が妖精じゃねぇか……」
ガックリと肩を下げるチェシャ。
砲を向けられているにも関わらず、その表情に一切の焦りがない。
「…………」
「…………」
両者が睨み合う。
マザーは砲を放つ為、チェシャはスペードの槍を投擲する為に。
動き出すまで、何故かしばらくの静寂が訪れた。
そして────
「あーはっ♪ お姉ちゃんも交〜ぜて!」
かつ、かつ、と。
ヒールの音を鳴らし、誰の近づかなかった二人の間に一人の少女が現れる。
ライトブルーの髪を伸ばし、首から金の十字架をぶら下げる。
その少女は、睨み合う二人を見て、口元をその整った顔立ちに似合わず歪ませた。
「世界一強いのは、私なんだからァ〜☆」
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