王子

 私達が二人の家に着いたとき、すでに二人は家の前で待っていた。


「遅かったな」


 腕を組んで仁王立ちするヂョウは眉間にシワを寄せている。特に細かく時間を決めていたわけではなかったが、彼女なりに張り切っていてくれたのだろう。


「ごめんなさい、皆んなを見送ってきたの」


「みんな?」


「ええ、私達李族は都に住む事になったのよ」


「都に?!」


 宙の隣で大人しくしていたテンは都と言う言葉に目を輝かせ私たちを見る。

 膝を折って目の高さを合わせ撫でると嬉しそうに微笑む姿が可愛らしい。


「…………もしかして、最近都で起きた反乱て……李族の仕業なのか?」


「え、ええ……リンがね」


 宙は何か考え込むように俯くが、急かす天に連れられ案内が始まった。


 改めて二人の案内のもと始まった観光はとても楽しい。昨日は素通りしてしまった屋台やお店、人々の生活が垣間見えるような路地。二人が案内してくれた場所はこの街の姿を映しているみたいだった。


「あー!昨日のお客さん!」


 突然の大声に四人揃って足を止め振り向けば、昨日の簪屋がいた。下手に関わるのも面倒を招きそうだと再び歩き出したが、簪屋は私たちを追いかけてきた。


「いやはや昨日は失礼いたしました!」


 突然態度が変わった簪屋に、一同訝しむ。誰よりも先に反応したのは凛だった。


「自覚があったんだな」


 私達より一歩前に出て牽制する。簪屋も背の高い凛に冷ややかな目で見下ろされて怯んだ。が、どういうわけか引き下がらない。


「あのー、もしかしてお客さんは李族の方……ですか?」


「……それがどうした」


「いえ、少しばかり小耳に挟んだものでして……」


 なるほど、そういう事か。多分この男は新しいこの国の王が李族であると知っていたのだ。そして、どこで聞いたのかは知らないが、その李族の特徴は色が他と違う事。要するに私達から金が取れると思ったわけだ。


「貴方には関係のない事です。失礼します」


 残念ながらこの男に支払う金など一銭も持ち合わせてはいない。


「そんな!お待ち下さい!……ケッ!王と言ったって結局は田舎もんなんだな。あんな安いごみ同然の簪で満足できるんだからよお」


 その言葉に足を止める。安い挑発だと分かっていても宙が大切にしていた物を貶すなんて。許せない。


「おっさん今なんて言った?」


 けれども先に怒りが頂点に達したのは宙だった。彼女は簪屋に掴みかかる。


「何するんだ汚いガキめ!」


 そう言って手をあげようとしたとき、凛が振り上げた拳を掴んだ。


「いい加減にしろ盗人が。人から奪った物を売り捌くような人間の店で何が買えると?」


 その眼光は鋭く、とうとう簪屋は何も言えずにへたり込んだ。道行く人々は凛の言葉にざわめく。

 ——もうこの男もこれ以上ここで商売はできないだろうな。

 その時、私たちに向けられた鋭い視線を感じて路地を見れば、宙より少し幼く見える赤髪の少年が目に入った。この国で色付きの髪を持つと言うことは李族なのだろうか?凛に視線を向ければ、彼も気づいたようで、少年を見ていた。


「あ!梓雨ズーユー!」


 天の言葉に宙が走り出す。私たちも追いかけるように後に続いた。


 正午の強い日差しの下、この街で暮らしている二人や凛のように私は走れない。どうしたって引き離されるし、目眩がして私はその場に倒れ込む。合わせてくれていたのか天はすぐに私に気付いて日陰へと連れて行ってくれた。


「だめね、足引っ張っちゃって……」


「お姉ちゃん大丈夫?今お水持ってくるからね」


「あ、待って天——!」


 立ち上がろうとして視界がグラリと歪み、私は再びその場に座り込む。今は大人しくしているのが最善策だ。一人きりで道を眺める。ここは小さな通りで、比較的貧しい人々が暮らしているらしい。


「あんた、人攫いか?」


 突然の声に驚いて顔を上げれば、屋根の上から誰かが降りてきた。赤い髪に雪のように白い肌、幼さの残る顔立ち。彼はつい先ほど宙が追いかけて行った梓雨だった。


「あなたなぜここに……」


「いいから答えろ!あんた、人攫いなのか?!」


 物凄い剣幕に私は「違うわ」とだけ絞り出す。彼は少しほっとしたように肩を落とし、そのまま私の隣に立った。


「アイツを連れて行くな」


「アイツ?」


 聞き返す私に梓雨は恥ずかしそうに頬を染める。


「もしかして……宙の事?」


「?!……な、なんでお前っそれを!」


 初心な反応に思わず笑みが溢れる。年頃の少年のような彼の振る舞いはどう見たって宙の簪を盗むようには見えなかった。


「どうして、宙の簪を?」


 私の問いに、宙は目を見開いて悲しそうな顔をした。


「アイツここの生まれじゃないんだ……ヤン国って知ってるか?」


 楊と言えば、この国から東に行った所にある豊かな国だ。確か翡翠がよく取れる事で有名な……。


「宙と天は楊国の人間なんだ。あいつらは貴族って言ってたけど、多分、ヤン然宇ランユーの子供だ」


「然宇って……現国王じゃない!」


 けれど彼らの髪は代々栗色だったはず。二人の髪は色が暗すぎる。……婚外子なら、あるいは色が変わるかもしれない。近親婚を繰り返すあの国で、他所の血が入れば遺伝子的に強い方が残るだろう。


「この間楊の奴らがこの街に来たんだ。行方不明の王子を探してるって。盗み聞きだけどさ、王子が病気らしいんだ」


 つまり、跡取りを探しているという事だ。それも、一度は捨てた二人を。


「王女は、王が託した簪を持ってるって言ってた。だから……」


「分かったわ。……困ったわね」


 宙や天を失いたく無かった梓雨の気持ちはよく分かった。けれど、他国のそれも不明な点が多々ある楊国が相手となると、扱いが難しい。

 記憶を遡ってみても、これまで私が関わったことのある国はここを除いた他四つのうち二つだけ。北のヂャンと西のディン。残りの楊とチェンはこれまでの歴史からも関わること自体が少なかった。

 情報が少なすぎるため、この問題に迂闊に首を突っ込むわけにもいかない。例え、この国の王の妻だったとしても。いや、むしろだからこそ私の立場では簡単に介入もできないだろう。


 ふと梓雨を見ると、どこか諦めたような顔で街を見ていた。


「俺さ、こんな不器用だから宙にも嫌われて……それでも、アイツには幸せになってもらいたいんだ」


 あまりにも真っ直ぐで純粋な彼の心を聞いて、このまま見過ごすなんて出来ない。


「とにかく、あんたらが二人を連れて行かないというなら、もういい」


 ————じゃあな。梓雨がそう言いかけた時、通りの向こうから悲鳴と“人攫い”という言葉が響いてきた。

 弾かれたように走って行く梓雨の後に続く。私の背中を押すように強い日差しは雲に隠れた。


 けれども、私達がついた頃には何も無かった。荒れた通り、腰を抜かす人、怪我をしている人その中に凛がいた。慌てて駆け寄ると、凛は血が流れる腕を押さえ街の門の方を強く睨みつけていた。


「凛!何があったの?!」


雷麗レイリー!無事だったんだね……それが、よく分からないんだけど、変な奴らが突然宙を連れて行ってしまったんだ」


「はぁ?!お前何やってたんだよ‼︎」


 凛に掴みかかることもできずに、梓雨は地面を叩く。


「天は?!」


 私が辺りを見回すと、少し離れた場所で茫然と立ち尽くす天の姿があった。


「お姉ちゃん……どこ行ったの?」


「どこ行っちゃったのおおおおお‼︎」


 泣きじゃくる天を私は抱きしめることしかできない。

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