番外編 ***

 第四世界・花園————一年を通して様々な花が咲き乱れるこの地は桃源郷とも呼ばれるほど美しい。しかし、ここに暮らしているのは主に、愉悦に浸り生き物であることを放棄した奴らばかりだ。そんな国と呼ぶにはあまりにも分断された空間で、俺は生を受けた。

 自ら生み出すことを諦めたこの空間はあまりに退屈で、俺は一月ひとつきに一度訪れる蒸気機関車トワイライトムーンに乗って門の国にある研究所に入ることを目的として生きてきた。

 そして、その日はある日突然やってくる。父とのありふれた喧嘩で、俺は家を飛び出した。

 見下ろす三つの月があまりにも不気味で追われるように花畑を駆け抜ける。その時、突然どこからか汽笛が聞こえてきた。心の奥底に眠っていた何かを掻き立てるその音に、気付けば俺は蒸気機関車トワイライトムーンへと乗り込んでいた。

 浮かび上がり俺の住んでいた空間がどんどん小さくなって行く。小さく、丸く。窓の外に広がる真っ白な世界には吊るされたように幾つもの球があった。俺のいた花園もその一つ。その合間を蒸気機関車は走り抜けて行く。


「キミは何処へ向かうの?」


 突然声をかけられ前の席を見れば、俺と歳の変わらない子供が座っていた。白い髪に黄色い瞳、透き通るような白い肌と、足元まで覆うような翡翠の散りばめられた服。それはまるで、神の如き神々しさで、俺は息を飲む。


「あれ、聞こえなかった?それとも、通じない?」


 首を傾げるソイツに、頬が熱くなるのを感じた。


「お、オレは……」


 何処へ行くと言うのだろう?不意に鉛のような父の言葉が脳裏を掠めた。“お前に研究者など務まらない”、“お前はここで生まれ、育ち、死んでゆくのだ”。


 ——違う‼︎違う違う違う違う違う‼︎

 オレは研究者になるんだ。そして、故郷の奴らみたいな腐った生き方じゃなく、人間らしく生きるんだ‼︎


「ふふっ、その目はきっと僕と同じ、研究所ソニア・ガーデンかな」


「同じって……お前も研究者を目指しているのか?!」


「ああ、……故郷は酷く退屈でね」


 生まれて初めて出会った友人。生まれて初めて出会った理解者。

 それが彼、****だった。


 アイツは言った。


「私は知りたいんだ!私が*****で生まれた意味を!だから、……最後の実験をするんだよ」


 そう泣きそうな顔で言ったアイツを止めることなんて俺には出来なかった。アイツの苦労や葛藤をいつも隣で見てきた俺には————。

 こうして俺は今日もアイツの帰りを待つ。アイツが戻ってくるのは何年先か何百年先か……何億年先か。その頃俺は生きているのか死んでいるのかも分からない。ただ、馬鹿で愚かでどうしようもなく愛せるアイツをただ待っていたかった。

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