番外編
番外編 李凛
僕がこの世界に生を受けた時、既に僕は暗く冷たい土の中だった。
共に眠るのはその腹で僕を育ててくれた女で、多分、僕は忘れられていたんだろう。先に生まれて行った姉さんと兄さんは、僕の事など気にもかけてくれなかった。父さんはどうだったのだろう。
「僕はいつになっても家族に恵まれないんだな」
——瞼を閉じれば思い浮かぶ花園。彼らは僕を人形か何かと勘違いしていた。いつだって家族は僕を見てくれない。この世界でさえ。
赤ん坊のままで地上に出て生きて行くのは容易ではないことくらい僕にもわかる。だから僕は、横で眠る女を木に変えた。禁断の果実。赤い実をつけるそれは、根元に銀の実を付けた。僕はそれをもぎ取ると一心不乱に食べる。次第に身体は大きくなり、髪も伸びて共に眠った棺の中は狭くなった。
だから僕は外に出た。空が高い。薄い青空。すぐ隣には母だった女の木が生えている。ふと、足元に石があるのが見えた。綺麗に加工された石には文字が彫られている。
“愛しい妻プロヴェーテここに眠る”
プロヴェーテ、それが母の名か。
“愛しい息子『グリ』ここに眠る”
グリ?
それが僕の名前であることに、僕はしばらく気付くことができなかった。けれど、石に書かれた言葉の意味を理解した時、僕は涙が溢れてきた。止めどなく溢れる涙。その時、女の悲鳴が耳をつんざく。
気付けば僕は、最低限の衣類に身を包み父と思しき男の前に立っていた。
重厚感のある家具がセンスよく配置された部屋。全体的に赤で統一されたその部屋は、男の執務室と言ったところか。
「その髪、その瞳……そしてその肌。お前はグリなのか?」
目の前の男は、この体と同じ灰色の髪に外の花のような黄の目、土のような肌をしていた。
「多分、そう。土の中、いた。」
まだこの世界の言葉に対応していない僕では、単語を繋げることしかできない。
「そうか……」
男は立ち上がり、僕に歩み寄る。僕は何をされるのか理解できず身構えた。そんな僕を、男は優しく抱きしめる。
「生きていて、良かった……!」
彼がなぜこんな行動をとるのか、なぜ涙を流すのか僕には理解できなかった。
「僕、出て行く。人探す」
僕は男を押しのけると、彼の目を見て言った。彼は酷く悲しげな表情で僕を見つめる。その意味だってわからない。
「……分かった。それじゃあ、父として最後にお前に贈り物をしよう」
彼はそう言うと誰かの名を呼んだ。現れたのは気難しそうな風貌の男で、そう歳をとっているようには見えない。
「彼の名はランス。お前の従者になるはずだった男だ」
ランスは僕に向かって敬礼をして見せる。もし彼の忠誠心がこの家でなく、僕に向くなら彼はとても使えそうだ。
「ランスを同行させなさい」
「……はい」
「ランス、何があってもグリを護りなさい」
「はっ!」
こうして始まったランスとの二人旅。ランスは僕の知らないこの世界のことを教えてくれた。その中で最も有益な情報は、ここから南東に海を渡って行くと
僕が海に出る頃には、家を出てから何年も経っていた。そして、僕についてきてくれる人々も一人二人と増え、今では船一つを動かせるまでに増えた。
五龍大陸に着いたとき、僕にとって一番嬉しい誤算だったのは、龐国の王がこの国にたまたま訪れていた事。何でも張との協定とかで足を運んでいたらしい。彼は外海人が訪れたと聞き僕たちのもとへ飛んできた。僕を見た瞬間の顔は笑ってしまうほど滑稽だったが。
彼は僕に、「一番の宝をよこせば領地を与えてやらなくもない」と言った。もちろん、それは宝の質による、と。
僕は言った。
「一番の宝は僕以外に分け与えることはできませんが、その代わりに僕たちの住む国から持ってきた宝を送りましょう」
それは、色とりどりの石。それも、きちんと加工したものだ。ランスによれば、この大陸では今石が流行っているらしい。案の定龐の王も食い入るように見た後、僕たちに領地と姓を与えてくれた……
僕たちは監視のためか都の近くにある土地を与えられた。
僕の目標は人探し。あの子に会えるまではこの大陸を離れるわけにもいかない。ならば、王の申し出は受け入れるべきだ。
しかし人とは本当に欲深く罪深い。
王は僕の言った“分け与えることのできない一番の宝”に目が眩み、僕の留守中に奇襲を仕掛けてきた。僕が帰ると貧しい人々が、僕の連れてきた駒を武器を持って追いかけ回していた。血を流し助けを乞う僕の駒に、彼らは——。
僕は動けるありったけを連れて領地から出た。必要なものは全てしまって。そうして辿り着いたのは、恐ろしい怪物が住むと噂されていた山。
僕達は再びそこで新たな暮らしを始めた。王はそれが面白くないようで、第二の奇襲作戦に打って出たのだ。
復讐を望む声を説き伏せて、僕は一人、王の待つ天幕へと向かった。
「龐王!お前の望むものを見せにきたぞ!」
僕の声に、王は天幕の中へと招き入れる。
「して、その宝とは?」
ただでさえ線のような目を細くして僕を睨みつける彼は肥すぎた豚のようだ。本当によく恥を晒して生きられるものだ。僕は自分の背に突きつけられた槍を掴む。元の持ち主は、どんなに引っ張っても取り返せない槍に驚いて手を離した。僕は右手で槍を持ち直すと、切れた左手から地面へと血を垂らし呪文を唱える。落ちた血液は黒く染まり、波紋のように広がって行く。
「うわあ‼︎」
最初の悲鳴は僕に一番近い男のものだった。黒い血溜まりから伸びてくる無数の手に足を取られそのまま引き摺り込まれて行く。他にも何人もの人々が同じようにして消えて行った。後に残るのは僕と、青ざめた王だけ。
「僕の宝はこの力。これは誰かに譲渡できるものじゃない。分かったかな?」
ガクガクと頭を縦に振る王は、そのまま這うように天幕から飛び出していった。
残された僕は一人、血溜まりに向かって先ほどとは違う呪文を唱える。すると先ほどまで黒かったそれは白く光り、中からあの日命を奪われた李族の人間が現れた。
僕の力は等価交換。一つの命を治すには一つの命が必要だ。
僕は蘇った彼らを連れて村に戻った。
「グリ様、私達は村には戻りません」
そう言ったのは、ここまで私についてきてくれた忠臣ランスだった。
「村には私の息子が避難しております。もしもの時には息子にランスの名と仕事を継がせると話してあります」
「……そうか、お前は本当にどこまでも僕の忠実な部下だね」
ランスの目的はわかっている。そして、それは僕にとって有益なもの。止める理由などありはしない。
「私達も、ランス様にお供します」
結局、村に帰ったのは蘇らせた一部だった。それでも、みんな喜んでくれた。そう言うものかと、抱擁を交わす家族を見て胸の辺りに痛みが走るのを感じる。さすってみても和らぐこともなく、それでもすぐに痛みは消えた。
——羨ましいな。
そんな感情入れてこなかったはずなのに、僕は彼らをみてそんなふうに思っていた。本当に、厄介なものを持ってきてしまったみたいだ。
感情は自分の心を蝕むだけ。
それなのに、
“凛様”
ここより遠い未来に出会った探し人。彼女に名前を呼ばれるたびに、幸せを噛みしめる。
彼女がその美しい瞳に僕を写す時、
彼女の艶やかな黒髪が風に揺れる時、
彼女の白い肌に触れる時、
僕は堪らなく彼女が愛おしい。
「どこにいるの?僕の愛しい
まだ見ぬ愛しい人に想いを馳せて、僕は今日も日々を散じる。
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